第47話「自ら選んだ結末」
「ランデリック王子」
「レイリーン以外にここへ入ったものはいるか」
入り口にいた兵に問えば、誰もいないと答えが返ってきた。ランデリックは引き続き誰も入れるなと告げ、神聖な祈りの間へと足を踏み入れた。
「レイリーンッ!」
扉を開くなり、床に倒れるレイリーンを見つけ、慌てて駆け寄る。そっと抱き起せば、レイリーンは血の気がなく、呼吸も小さくなったまま意識を失っていた。
「一体何があったんだ」
強力な結界を張った代償なのかと、ランデリックは外に視線を送るが、外の景色はいつもと変わらなかった。ただ城のまわりだけやけに強い魔力を感じたので、おそらく強力な結界が張られていることを知る。しかし、結界が国全体を覆っているかと問われれば、妙な違和感を感じる。前聖女様がいた頃に感じた安心感が、今はないのだ。それに、眺めた空がやけに青く映ったような気がした。
「な、なんだ?」
倒れたレイリーンに気を取られ、気が付かなかったが、祈りの間に無数の破片が散らばっていた。
「金属の破片? いや、こっちは宝石か?」
キラキラと輝く砕け散った何かを拾い上げたランデリックは、部屋中に散らばる全てに目を配る。少しかき集めて掬い上げれば、僅かな魔力を感じた。
「まさかこれはッ」
抱きかかえたレイリーンを再び床に置くと、ランデリックは目を見開きながら、散らばっている破片を拾い集める。
「全てアクセサリーなのか……」
数百はあったのではないかという欠片に、ランデリックは崩れるように膝をつく。そのアクセサリーの数々が何であったのか分かってしまったからだ。
そう、これは全て魔法増強アイテム。
レイリーンは、この全てのアイテムを使用して結界を展開したのだと知った。そして、その反動でレイリーンは瀕死の状態に陥っていることも理解できた。
「レイリーン、君は聖女ではなかったのか……」
拾い集めた欠片を握り締め、ランデリックは全てを知ってしまった。聖女様が魔法増強アイテムなど使用するはずはない。今までの魔法も全てアイテムに頼っていたのかと、握り締めた欠片が砂のように砕け散る。
普通の人間では、数個も手に入れることさえ難しい。だが、レイリーンの家は大富豪。金に物を言わせ、世界中から集めたのだろうと、ランデリックは遅すぎる後悔に床に手までつく。
【貴殿は本当にその女が聖女だと信じているのか?】
【偽者と本物の区別もつかぬような者が国を治めるか】
突如頭を過った赤髪の男の言葉が蘇る。
あの男の言ったことが正しかったというのか……。本物の聖女はアリアだったというのかっ。
「馬鹿な、そんなはずは……」
あんな地味で、ろくに魔法も使えない女が聖女だったなどと、誰が信じられる。ランデリックは拳を床に叩きつけながら、涙していた。
どんなにレイリーンを信じたくとも、真実はここにある。
「だから魔物が攻めてくるのか……、くッ」
レイリーンは偽物だった、だから結界が消え、それを知った魔物が攻めてくる。全てが繋がり、ランデリックはぐったりとしているレイリーンを再度抱きしめながら、ライアール国の滅亡を覚悟して、とめどなく涙を流した。
■■■
ヴォルフガングからレイリーンが偽物だと知らされ、現在ライアール国には新たな結界が張られていないことを知ってしまった。
「では、地上からも魔物が攻めてくるというのか」
結界が消えたということは、空からだけではなく、地上からも魔物が攻め寄せると、アシュレイがヴォルフガングに迫れば、私からお菓子を奪い取って「パクッ」と口に放り込む。
まだ食べるの?! というツッコミはとりあえず飲み込むけど。
「地上はかろうじて残っている」
「残っている、のか」
「アリアが張った結界だ。消えかけてはいるが、まだ効力は持続している」
よって、地上から群れでの侵入はありえないと断言した。大聖女マリアの作る結界は完璧だった、よってアリアの作る結界も完璧だと言い切る。
「それはいつまで継続する?」
「20日だ」
明確な日数を提示され、アシュレイは時間がないことを把握する。ワイバーンが到着するのが1、2日。どうにかしてワイバーンを撃退しても、今度は地上から無数の凶悪な魔物たちが攻め込んでくる。そうなれば、もう太刀打ちなどできない。
ライアール国は、そのまま悲惨な結末を迎えることになるだろう。
「アリア、ライアール国に再び結界を張ってくれないか」
消えかけている結界を修復して欲しいと、アシュレイは懇願してくるが、それは今は叶えられず、目を伏せてしまう。
「ごめんなさい。それは出来ないの」
「なぜだ」
「結界魔法は、私の生存する国にしか張ることが出来ないのよ。例え今、ライアール国に戻ったとしてもきっと無理だわ」
唇を噛み締めて、私はライアール国に再び結界を張ることは出来ないと正直に話す。
昔、隣国のアラステア国にも結界を張ってあげようとしたときに、魔法は一切発動せずに、結界を張ることが出来なかったことがあると話す。
それを証明するかのように、ヴォルフガングも口を開く。
「国外追放は、その国との契約を破棄することだ。アリアの結界魔法はライアール国には二度とかけられぬ」
諦めろと、ヴォルフガングは冷たく言い放った。
契約破棄したのはライアール国、しかも最愛の娘を侮辱までしおってと、ヴォルフガングは全て自業自得の結果だという。
「ならば、このままライアール国を見捨てろとッ」
「では聞くが、救う価値はどこにある?」
深紅の瞳が輝きを見せ、アシュレイを射抜く。最愛の娘に恥をかかせ、罪を課し、追放までしてくれたそんな国を救う義理は、ヴォルフガングにはないとはっきりと言っていた。
それでもアシュレイには救う義務がある。ライアール国とは昔から友好な関係を築いてきていた。交流も盛んに行われ、互いにいい関係だった。それを見捨てることなどできないと、アシュレイはヴォルフガングに頭を下げていた。
「救う手立てがあるのならば、力を貸してほしい」
誠にドラゴンだと言うのなら、ワイバーンを説得できるのではないかと考えたのだ。魔物の頂点に君臨すると伝えられるドラゴンならば、攻め入ってくる魔物たちを何とかできないかと、協力して欲しいとアシュレイは、深く頭を下げる。
ライアール国を救うために、どうか手を差し伸べて欲しいと。
「断る」
頭を下げたアシュレイに、ヴォルフガングは要請を蹴った。『断る』と返されたということは、やはりヴォルフガングにはライアール国を救う手段があるということ。国が一つ滅亡するかもしれない事態を、このまま見過ごすわけにはいかないと、アシュレイは躊躇いもなく地面に膝をついた。
「ヴォルフガング殿、どうかライアール国を救ってほしい」
土下座するようにアシュレイが頭を下げるが、ヴォルフガングは菓子を口に運ぶのを止めない。
「このままでは、多くの民が犠牲となる」
「愚かな王と、王子が選んだ道だ」
「……確かにそうかもしれない、だが、アリアを連れ出した俺にも責任がある」




