第46話「聖女レイリーンの正体」
お茶を飲みながら、私はヴォルフガングを睨む。どこぞの令嬢でもない、貧素な私を妻に迎えるなど、可愛そうだと言ってみせた。国中の笑いものにされると、眉を下げる。
「アリアは、世界一美しい。俺様が保証する」
(親バカなのね)
自分の子供は可愛い。妙な先入観が見せる幻は、さぞ可愛い姿に映るのだろうと、哀れみさえ感じた。現に私を育ててくれた両親も、可愛い、可愛いと言ってくれたし。
「そう言ってもらえると、嬉しいわ」
心にもない言葉を吐き出しながら、楽しそうな父親の気分を害さないように気を遣う。
「アシュほどの男などそうそうおらぬ、俺様が口添えを……」
「アリアはいるか?!」
ヴォルフガングが仲を取り持つなんて戯言を言い出せば、叫ぶような声がした。
声の主はアシュレイだ。
「ここにおります」
何事かと、席を立ち場所を知らせる。アシュレイ自らが探しに来るなど、緊急の用件なのだろうと、自然と緊張感が走る。
「ヴォルフガング殿も、ここにおりましたか」
「茶と菓子をいただいている」
「丁度いい。ライアール国が大変なことになった」
息を切らせたアシュレイは、魔法文書を握りしめて、顔色を真っ青に染めた。
魔法で飛ばすことのできる文書は各国に飛ばされ、ライアール国の危機に対する応援要請依頼の文面が綴られていた。
東の空よりワイバーンの群れがライアール国に向かっており、数日のうちに攻め入られると。
「どうして……」
魔法文章を読ませてもらった私は言葉を失う。結界が張られている国に魔物が攻め入るなど聞いたことがないからだ。
「俺にも分からない。だが、各国で部隊を率いて、現在ライアール国に向かっているとの情報も入っている」
「それでは、アラステアも部隊を?」
「ああ、ローレンに指揮をとらせ、編成を組んでいる」
当然アシュレイも出ると話す。
でも相手は空を飛ぶ魔物。地上部隊がどれほどいたとしても、不利な戦闘になることは分かっている。太刀打ちするなら魔法を得意とする魔術師。
それも飛距離の出せる魔法が使えなければ意味がない。
「相手がワイバーンなら、地上から攻撃するのは難しすぎるわ」
「それは分かっているが、魔術師には限りがある」
「ライアールに侵入を許すと言うの」
空中で撃退できないことが分かっていると言うことは、ワイバーンたちを国に引き入れ、地上戦に持ち込むしかない。そうなれば、多くの民が犠牲となり、応援に向かった部隊だって、無事では済まない。
「全てはライアール国に張られている結界次第だ」
今現在、結界がどうなっているのか分からない。聖女の結界があれば魔物が攻めてくることなどないと、アシュレイは額に汗を流しながら、一刻も早くそれを確かめる必要があると意気込む。
聖女の結界を破ることのできる魔物など聞いたことがない。つまり、ライアール国で何かが起きている、それは聖女様に何かあったと考えるのが正しい。
幸いアラステア国はライアール国に一番近い場所にある。それを確かめるのならアシュレイたちが適任だと、今すぐにでもここを立つと言われる。
(レイリーンは何をしているの?)
聖女ならば、しっかりと国を守りなさいと怒りさえこみ上げてくるが、もしかしたらそのレイリーンに何かあった。私は顔色が悪くなる。
(ライアール国で、一体何が起こっているの?)
確かにレイリーンは治癒魔法を得意としていた、だけど、彼女が聖女であると確かめたことはなかった。でも、私は聖女じゃない。だったら、やっぱりレイリーンが聖女……、そこまで考えた私は、「もしかして、他に聖女様がいたのでは?」と、息を飲んだ。
もしも結界が張られていなかった場合、それは十分に考えられること。
本当にレイリーンが聖女ではなかったのなら、結界の消えたライアール国に魔物が攻め入ってくるのは納得がいくけど。
「……まさか、そんなこと」
最悪の事態を想定してしまい、思わず声が漏れたけど、ここでとあるものが視界に映り、私はそれを細い目で見た。それはヴォルフガング。
危機的状況を知らせるアシュレイの話にも耳を傾ける様子もなく、この話題に一切口を挟むこともなく、まるで他人事のようにずっとお菓子を頬張っている。
確かにヴォルフガングには関係のない話だけど、魔物の頂点に君臨するとさえ謳われるドラゴンともあろう人が、ワイバーン襲撃に興味を持たないの? と、不信感が生まれる。
国が一つ滅ぶかもしれない由々しき事態だというのに、眉一つ動かさず、耳も傾けない。
私は何かあると、ヴォルフガングがつまんでいるお菓子を取り上げる。
「何をするっ」
「何を知っているの?」
根拠などないけど、絶対何か知っていると、睨んでみる。そうすればヴォルフガングは、不貞腐れるようにそっぽを向く。
「あのような国、滅んでも構わないではないか」
ぶっきら棒に吐き捨てた言葉に、やっぱり何か知っていたと、私はテーブルに手をつくと、思いっきり身を乗り出す。
「どういう意味なの!」
「あの国は、アリアに酷い仕打ちをしてくれた。俺様が直々に滅ぼしても良かったのだがな」
「滅ぼすって……」
「しかし、結界が崩壊していたのでな、手を下さずとも滅ぶと放ってきたまで」
「崩壊していたって、結界がなくなっていたの!」
まさかそんなことあり得ないと、私はテーブルクロスを握り締める。だって、聖女レイリーンがいるでしょう。どうして結界が消えるなど。
震える手を机に置けば、ヴォルフガングが正面を向く。
「あの聖女は偽物だ。神聖な結界など張れるわけないであろう」
真面目な顔でそれを口にした。それを聞き、私とアシュレイは完全に言葉を失い、アシュレイは、「やはりアリアが本物だった」と、奥歯を噛んだ。
アリアを連れ出すことで、ライアール国に何か起こるかもしれないとは考えたが、まさかレイリーンという女性が偽物であったなど想定外。
ライアール国の結界を消滅させてしまった原因の一つは、俺だと、アシュレイは拳を強く握り締めた。
■■■
「ランデリック王子! 大変でございます」
魔物襲撃に対する対応に追われている中、一人の侍女が部屋に飛び込んできた。
「どうしたっ!」
「レイリーン様が、……レイリーン様が祈りの間よりお戻りになりません」
侍女は朝から祈りの間に一人で入ったと思われるレイリーンが、半日以上経過しても戻らないと早口に報告する。
そこは神聖な場所のため、聖女以外誰も入ることが出来ず、どうしたものかと婚約者であるランデリックに助けを求めに来たのだと言う。
祈りの時間に門番が向かった時には、すでに扉の鍵が開いており、早朝にレイリーンがこちらに向かう姿を見たものもおり、室内にいることは分かった。ライアール国の危機に、聖女様は一番に祈りを捧げてくれているのだろうと、通常通り見張りについたのだが、何時間経過してもレイリーンは出てくる気配もなく、声を掛けても返答もなく、魔力の気配もなければ、物音もなく、怖いくらいの静寂が続いたという。
聖女様に何かあったのではと、急ぎランデリックに知らせに来たという。
「レイリーンが戻らないだと」
「外から声を掛けておりますが、お返事がないのです」
「何があったのだ」
反応がないと言われ、ランデリックは部屋を飛び出した。強力な結界を張るので、本日は会えないと言っていたレイリーン。
夜明け前に廊下を歩く姿を見たものがいるというが、祈りの間より出てくる姿を見たものはなし。おそらくレイリーンはまだ祈りの間にいる。
室内で何か起こったと、ランデリックは息が切れるのも構わずに祈りの間に走る。




