第40話「まさか、捨て子?!」
「おお、我が愛しの娘レイリーン、許しておくれ」
「一体何をなさっていたの?」
到着予定日より、5日も遅い到着に腹の虫が収まらない。父親の到着が遅れたせいで、どれだけ辛い思いをさせられたのかとレイリーンが責める。
「魔物が現れたせいで、足止めを喰らってしまったのだよ」
優秀な魔術師を雇ってはいたが、あちこちに出没する魔物に苦戦させられたのだと説明すれば、レイリーンはますます腹を立てる。
「お父様の到着が遅いので、結界が弱まってしまったのよ」
「すまぬ。しかし、良質なものばかり持ってきたぞ」
「それは本当ですの」
父親が重たい箱を数個レイリーンの部屋に運ばせると、レイリーンの機嫌は突然良くなる。
ドサッと置かれた箱は、かなりの重さがあると思われ、レイリーンは急いで箱に近寄ると、瞳を輝かせて父親を見る。
「開けてもよろしくて?」
早く中身がみたいと急かせば、父親は満足そうに笑みを浮かべて「開けなさい」と許可した。
ゆっくりと開かれる箱の中身は、全て輝くばかりのアクセサリー。200を超えるアクセサリーの数々に、レイリーンの心は踊る。
それから別の箱には、美しい色とりどりの宝石も含まれていた。
「こんなにたくさん集めてくださったの?」
「愛する娘のためだ、ありとあらゆるところから集めたさ」
「お父様、大好きですわ」
ずっと欲しかったアイテムを大量に用意してくれた父親に、レイリーンは抱きついてお礼をする。愛しい娘に喜んでもらえ、抱きしめてもらった父親は、だらしない顔をしながら「なんと可愛い娘なんだ」と、世界一の可愛さだと親バカを発揮していた。
娘のためならばいくらでも出せると、父親はもっともっと集めなければと、収集威力をさらに増す。
「聖女とは、大変な役目であるのだな」
レイリーンから手紙を受け取ったとき、父親はなんと難しい役目なのだと心を痛めていた。
ライアール国は大きい、ゆえに聖女の役割も大きく、魔力がすぐに失われてしまうのだと、書かれていた。
確かにこのような大きな国を支えるためには、それだけの力が必要であり、毎日苦労をしているのだろうと、父親はレイリーンを優しく抱きしめてあげた。
幼いころから治癒魔法が使え、周りからも聖女様ではないだろうかと、大勢の者に声を掛けられ、我が家も聖女だと信じて育ててきた愛しの娘。成長と共に美しく、可愛く育ったレイリーンは、怪我人を簡単に治し、日常魔法も得意としており、まさに聖女様だと皆が褒めたたえてくれた。そんな中、聖女様が亡くなったとの訃報が届き、ついで新しい聖女様が見つかったとの情報も届く。てっきりレイリーンにお声がかかるかと思っていたのだが、国が認めた聖女様が現れたのならば、わざわざ可愛い娘を差し出すこともないだろうと、父親はレイリーンに何も告げずにいたが、新しい聖女様は地味で、平凡で、日常魔法も使えないなどという噂が耳に入り、やはりレイリーンが本物だと確信し、娘に事情を説明したが、仕事が立て込んでおり、今すぐ城に向かうことは難しいと言えば、一人で大丈夫だと言ってくれた。
国の危機に聖女が城に出向かないなどいけないと、レイリーンは一人で城に向かうと言った。
泣く泣く一人で城に向かわせたが、ライアール国はレイリーンを聖女と認め、ランデリック王子とも婚約したと報告があり、なんと嬉しかった事か。
だが、聖女としての役割は大変だとも書かれており、怪我人の治療や結界、城下町の安全のために魔力が大量に必要なのだと、切に書かれていた。だからこそ娘の為に、集められるだけのアイテムを集めた。
「わたくしはこの国を守る聖女ですもの、頑張らなくてはいけないわ」
「ああ、可愛いレイリーン。どうか無理はしないでおくれ」
髪を撫で、父親は国の為に頑張る健気な娘が愛しすぎると、自分ももっとアイテムを集めて、レイリーンに届けなければと誓う。
聖女としてりっぱに役目を果たせるように、父親として出来ることは何でもしたいと考え、可愛い娘が苦労などしないように、幸せになれるようにと、世界中からかき集めようと決めた。
そう、レイリーンに届けられた装飾品は、全て高価で強力な魔力増幅アイテムだった。
■■■
祈りの間に溢れた光は数分も経たないうちに消滅はしたが、何が起こったのか分からず、私もクレアも呆然としていた。
静まり返った空間は穏やかな空気が満ちていたが、突如その静寂を壊す音が響く。
「見事な結界魔法だ」
ドカッと物凄い音とともに開け放たれたドアから、顔を見せたのは赤髪の男だった。
「だ、誰?」
本当に知らない人で、私はクレアを守るように立ちはだかる。聖女様に何かあったら困るでしょう!
ここは神聖な祈りの間で、一部の人間しか入れない場所。入り口には兵士がいたはずなのに、どうやって、どこから入ってきたのかと、恐怖さえ感じる。それにアシュレイだって入り口に待機していたはずなのに、本当にどこから現れたのかと、自然と体に力が入る。いざとなったら攻撃魔法を打てるように、私はすぐにでも詠唱を唱えられるように構えたが、赤髪の男は、一瞬でその姿を視界から消した。
「会いたかったぞ」
「なっ、なに?!」
本当に一瞬の出来事だった。気が付いたときには、赤髪の男に抱きつかれ、がっしりと抱きしめられていた。知らない男に抱きつかれ、私はゾッとしながらも必死でその腕を振りほどこうとしたんだけど、ビクともしない。
「ちょっと何なの! 離してっ」
あげく頬まで擦り寄せてきて、頭を撫でられる。気色悪い行動に、全力で引き離そうとするけど、馬鹿力でまったく全然離せない。
こうなったら魔法で吹っ飛ばそうかとも思ったんだけど、
「酷い扱いを受けさせ、辛い思いをさせてしまった……。すまぬ」
と、いきなり謝罪をしてきた。
「え、っと……」
「辛かったであろう」
赤髪の男は涙ながらにそう言いながら、私の頭を何度も撫でる。一体何を言われているのかよく分からないが、男は強く抱きしめたまま「二度とあんな思いはさせぬ」と、さらに言葉を重ねる。……が、男に身に覚えが、心当たりが見当たらず、私は一旦冷静になる。
「誰かとお間違えでは?」
見たことも会ったこともないので、ひとまず人違いだと伝える。燃えるような赤い髪と、宝石のような紅い瞳、そして、アシュレイ王太子にも引けを取らないイケメン。
一度会っていたら絶対忘れないほどのインパクトあり。
つまり、初対面。
「俺様が我が子を間違えるはずなかろう」
(・・・・・・)
「会えずとも、間違えることなどない」
(……は、ぁ?)
この人、今、何と言ったの?
耳を疑うような台詞が飛び出したような気がして、時間が止まった。それから冷静に思考を巡らせ、私にはちゃんと両親がいるのでと、しっかりと訂正する。やっぱり、誰かと間違えていると。
「やはり人違いです」
「いや、我が娘で間違いない」
「私にはちゃんと両親がいますので」
「娘をここまで育ててくれた礼はするつもりだ」
男は真面目にそれを口にした。
(育ててくれた? それってどういう意味なの?)
もしかして私って捨て子だったの?!




