第4話「地下牢への訪問者」
緊急事態に私の姿がなかったと、周りから非難の目が向けられる。同時に治癒に当たっていたレイリーンは、女神のようだったと褒めたたえられていた。
「レイリーンは、聖なる力で街の人たち全員を救ったのだぞ」
ランデリック王子が声を強めてそう口にしたが、
(それ、私です)
とは言える雰囲気ではなく。
「皆様を救うのは、聖女の役目として当然ですわ」
両手を組んで、いかにも自分が街を救いましたオーラを出すレイリーン。さすがに米神に筋が……。
「お言葉ですが、魔物を……」
倒したのは私ですと、言いそうになった口を慌てて塞ぐ。あんな化け物を一人で倒したなんて知れたら、今度こそ本当に兵器か化け物扱いされる。
牢獄へぶち込まれるか、処刑されるかもしれないと考えたら、絶対に言えないと口を閉じる。
「魔物がどうしたんだ」
言いかけた口を閉じてしまい、ランデリック王子が睨むように私を見る。
「いえ、……魔物が怖くて……」
「聖女ともあろう者が、逃げたと言うのかッ」
「……、も、申し訳ありません」
こうなったら、何が何でもレイリーンに聖女を譲る! 私は辛酸を舐めるように、グッと歯を食いしばって頭を下げる。
「聖女が逃げるなんて、信じられません!」
レイリーンの悲鳴のような甲高い声が部屋に響き、みんなが私を冷たい視線で見る。
仮にも聖女として扱われていた者が、一番に逃げ出すなんて、自分だけ助かろうとしたのか、とか、囁く声が全部耳に届く。
「彼女は聖女様ではなかったのか?」
「やはり、どこの馬の骨とも分からないものなど聖女様には……」
「負傷者を見捨てたのか」
ひそひそと聞こえてくる非難の声が痛い。
「アリア、お前を救助放棄にて牢獄へ入れる」
王様から下された命令に、私は反論など出来なかった。いや、しなかった。下手に足掻いたところで、きっと私の悪は払拭できないと理解したから。
だって、周りの人たちも街の人たちも、レイリーンの魔法が全てを救ったと信じてしまったから。たぶんレイリーン自身でさえ、自分が救ったと勘違いしている。
だけど、ここで強力な魔法を見せたところで、結局恐れられて牢獄行きは変わらないだろうと、どちらにしても状況は変わりそうもなく、私は静かに俯く。
「ランデリック王子、この方はもはや聖女ではありません」
王子の隣に立ち、レイリーンがそう発言した。それを聞いた者たちも皆その言葉に納得する。
(はぁ~、完全に悪者なのね……私……)
「人々を放って一番に逃げるなど……」
「なんて酷い方なのでしょう」
「父上、僕はレイリーンと婚約いたします」
私との婚約は破棄し、ランデリック王子はレイリーンと婚約をするとここで断言した。当然、王様も王妃様も大賛成。
ランデリックは階段を降りると、私をビシッと指さす。
「お前は偽聖女だ。よって、婚約は破棄する」
「……」
「異論はないな」
(初めから、私は聖女じゃないって言ってたでしょう!)
とはさすがに口にはできず、
「……はい」
と、小さく返事を返した。王子自ら破棄してくれるならむしろ本望。
勝手に婚約者に仕立て上げたのはむしろそっちなのに、理不尽な扱いを受け、私はいっそ追放してくれればいいのにと、ぼやきたくなる。
憧れの王子様なんて、所詮物語の中だけ。私には不釣り合いすぎたし、全然全く好きにならなかったし、むしろ聖女でもないし、何もかも初めから間違っていたのよ。と、気持ちはどんどん落ちていく。
「アリア=リスティー、お前の処分は追って出す」
そう言い渡されて、婚約はスムーズに破棄され、聖女のお役目も終えた。望んでいた聖女脱出は、案外簡単に幕を閉じた。
思い通りにはなったけど、まさか牢獄に入れられるなんて、ここまでは想定していなかった。
暗くて冷たくて、寒くて、一人ぼっちの地下牢獄。
膝を抱えて座り込んだ私は、「いっそ脱獄を」と考えて、すぐに思い直す。それこそ本物の罪人になってしまうと。
檻を破壊して逃げることなんてたぶん容易いし、城中に睡眠効果の魔法を放てば、簡単に逃げられるけど、世界規模で指名手配者になるのはどうかと思う。
「生きていけなくなるじゃない」
悪いことなんて何もしてないのに、犯罪者扱いにされるのは困る、だから、ここから脱獄することができない。
「このまま追放してくれたら、いいのに……」
国外追放、これなら絶対静かに暮らせる。
上部にある小さな天窓を見上げて、私は人生で何度吐いた分からないため息を吐く。
「目が覚めたら、森の奥に居たらいいのに」
そう願って、膝を抱えたまま一人静かに眠りについた。ひっそりと自由に生きたいと。
三日後、朝一番になぜかランデリック王子が訪問してきた。
しかもご友人付き。
「アシュレイ、これが聖女失格の女だ」
「確かに聖女にしては、やけに平凡だな」
(何この人! 初対面なのに超失礼なんだけど!)
いきなりやってきて、牢の向こう側から覗くなり、私を平凡呼ばわり。そこは間違ってはいないけど、面と向かって言われるとやっぱりムッとするでしょう。
たしかに聖女様は、眩い光を纏ったようなイメージがあるのは認めるけど、私は聖女じゃないの! そもそもそこが間違ってるわけで、平民なの、平凡で当然なのよ、と、反論したくなる。
ダークブルーの、少し長い髪を横に結った男の身なりが高貴なことから、どこかのお偉いさんだとは思ったけど、
「こちらは、アシュレイ=アラステアだ。アラステア国の王太子殿下だ」
まさか王太子様だとは。
ムスッとして床に座る私に、王太子殿下に膝をつけとランデリックに言われ、両手につけられた魔法制御装置のついた枷を床に置き、何となくひれ伏す。
「そこまでしなくていい」
丁寧に両手を床について頭を下げたら、アシュレイは顔を上げるようにいい、なぜか手招きする。
「アシュレイ、こいつは罪人だ。近寄るな」
「少し近くで見たいだけだ」
「何をするか分からない、触るなよ」
「分かっている」
まるで見世物。私は床に座ったまま牢獄の中央から動くことを止めた。女が捕まっているのがそんなに珍しいのと、自然と目が細くなる。
「名は?」
アシュレイが声を掛けてきたが、答える気なんかない。どうせ罪人となった偽聖女を馬鹿にしに来たんでしょうって、私は視線さえ逸らす。
そしたら、ランデリックが苛立ちを込めて「答えろ」って、怒鳴ってきたから、仕方なく名を名乗る。
「アリア=リスティーです」
「アリアと言うのか、少しこっちにこないか?」
何に興味があるのか分からないが、アシュレイは再び手招きをして私を呼び寄せる。
(罪人がそんなに珍しいの?!)
心境を声に出すならコレ。
罪人なんか見に来て楽しいのか? それとも罪を課せられた元聖女が珍しいのか? どちらにせよ見世物に変わりはない。
太々しい態度をとってそうそうに帰っていただこうと思ったんだけど、アシュレイは「少しでいい、話がしたい」と、なぜかとても優しく接してくる。
そんなアシュレイに、私が素っ気ない態度をとると、コツコツとランデリックの足音が強く響き、苛立ちを募らせているのを知らせる。これ以上怒らせるのは良くないと考えた私は、仕方なく檻に近寄る。
「な、に……?」
これで満足かと睨めば、突然腕を伸ばされ、アシュレイは私の腕を檻の外から掴んだ。そして、舐めるように腕を見ながら、ゆっくりと持ち上げていく。
「どこだ……」
何かを探しているのか、アシュレイはポツリとそう囁くと、檻の外から器用に突然服を捲って腕をさらけ出した。
(なんなのこの人! 変態なの?)