第39話「伝説の魔物と待ち人来たる」
「レイリーンが見つかったというのに、ライアール国が滅ぶなど、虚言を申すな」
内乱罪で裁かれたいのかと、ランデリックが強気に出るが、ヴォルフガングは鼻で笑うように、声を出す。
「偽者と本物の区別もつかぬような者が国を治めるか、……随分と堕ちたな」
ライアール国はそのような国ではなかったはずだと、若干の落胆を見せつつも、ヴォルフガングは、忠告はしたと告げる。
「忠告だと、それこそ馬鹿げている」
「その上、聞く耳も持たぬか」
「貴様、僕を誰だと思っている!」
魔物ごときに忠告される筋合いはないと、ランデリックは怒りを露にするが、ヴォルフガングは呆れたようにため息を吐き出すと、窓辺に足をかける。
「まあよい、全てが明らかになる前に、この国は滅んでいるのだからな」
ククッと喉を鳴らして笑ったヴォルフガングは、精々黒き聖女を崇めればいいと窓から外へと飛び、落下した。
「バカなッ」
この高さから飛び降りるなど、たとえ魔物とは言え自殺行為だと、ランデリックが窓まで走り寄れば、目も開けられぬような突風が窓から吹き込んできた。
謁見の間にあった布は舞い上がり、椅子や机も動くほどの風。そして、その暴風の中で見たものは、巨大な翼だった。城を覆うような巨大な翼と胴体の影が、ランデリックに震えを起こす。
「まさかアレは……」
城から遠ざかっていくその姿は、書物で見たドラゴン(竜)そのもの。実物など見たことはないが、空を覆うほどの翼に、巨体、太く長い尾、それに大きな口元、まさに伝説の生き物とされているドラゴンで間違いないと、飛び去る後ろ姿に、足が竦んだ。
太陽の方角へ飛び去っていったため、色までは把握できないが、黒く映るその影は魔物最強と言われるに相応しかった。
「現存していたのか……」
「父上ッ」
伝説の生き物だと思っていたドラゴンが生存していたとなれば、国など一瞬で滅ぶだろうと、王様は腰を抜かし床に座り込み、慌てたランデリックがそれを支えるが、恐怖は拭えない。
「あの男、ドラゴンだったのか」
ただならぬ気配は感じたが、まさかドラゴンだとは見抜けず、ランデリックは男の言った言葉を再度思い出そうとしたが、レイリーンが「あれは魔法です」と口にしたことで、思考が停止した。
「レイリーン?」
「ドラゴンなど、架空の魔物です。誰かが魔法で作り上げた偽物」
あっという間に姿を消してしまったドラゴンに、レイリーンは憎悪を含んだ瞳で睨んでいた。おとぎ話にしか登場しないドラゴンなど見たものなど存在せず、あれほどまでの巨体と力があれば、ライアール国で見つからないはずはないと、冷静に判断する。
確かに、ドラゴンほどの能力があれば、どこぞで噂が出てもおかしくはないだろうと、ランデリックも考え直す。
「魔法でドラゴンなど作れるのか?」
「幻影の類だと思われます。私たちは暗示にかけられたのでしょう」
「城の者たちは誰かの罠にかかり、皆、魔術にかけられたと?」
全て幻に過ぎなかったと、レイリーンは強く言葉にした。
「一体、誰が……」
ランデリックは、犯人は誰なんだと眉を潜めるが、影を落としたレイリーンが振り向き、その心当たりを口にした。
「アリアに決まってますわ」
聖女の立場を奪われただけでなく、ランデリック王子から結婚まで破棄され、国外追放の罪まで課せられ、その恨みはきっと深く、レイリーンさえ現れなければ、聖女でいられたと、きっと恨まれていると奥歯を鳴らす。
「まさかそのようなこと」
「きっとわたくしを恨んで、妬ましいと思っての嫌がらせなのです」
「……レイリーン」
「ランデリック様、わたくし怖いです」
このままではアリアに殺されてしまうかもしれないと、レイリーンは目尻に涙を浮かべ、自分の体を抱きしめる。その仕草が可哀想でランデリックは急いでレイリーンを抱きしめてやる。
「大丈夫だ。レイリーンは僕が守るから」
力強く抱きしめれば、レイリーンもランデリックに抱きつく。
「愛しておりますわ、ランデリック様」
「僕も愛する人はレイリーンだけだ。アリアの好き勝手にはさせない」
逆恨みなど見苦しいと、ランデリックはアリアに真っ黒な憎しみを抱く。そして、レイリーンの話を聞いた王様もまた、ライアールに魔物を送り込み混乱を招くは、アリアかもしれないと信じてしまった。
こうなれば、アリアを探し出して処刑するしかあるまいと、王様はすぐにでもアラステア国に影を送り込んで『アリア抹殺計画』の任を与えようとしたが、塞がれた入り口から、瓦礫を魔法で排除しつつ入ってきた総魔術師の言葉に全身の血の気が引く。
「申し上げます。シクズ国より我が国に向かって大群の魔物が向かっているとの報告がありました」
真っ青な顔をした総魔術師は、三つ向こうの国から魔物襲撃に備えるようにとの緊急連絡があったことを告げた。
「何が起こっておるのだ」
魔物襲撃など、アリア一人が仕組めるはずはない。例えドラゴンの幻影を見せることができたとしても、魔物を操れるなど、それも三つも向こうの国からなど、あり得ない話。
アラステア国へと向かったはずのアリアが、逆方角のシクズ国に向かったとしても、たどり着くには程遠いと、現実的に実現しないだろうと、王様の顔から色が失われる。
ならば誰が、何の目的で? そこまで考えた王様は、ようやく冷静に物事を把握することができた。
「気づかれたのか」
ライアール国の結界が弱まっていることに、魔物が気づいた、それしかないと知ることになった。おそらく結界が欠けている部分もあるやもしれぬと、愕然となった王様は膝をつくように倒れる。
「父上ッ」
「ランデリック、結界だ。強力な聖女の結界を張り、魔物を我が国に入れてはならぬっ」
「レイリーン! 頼む、ライアールを救ってくれ」
レイリーンの両肩を掴んだランデリックは、唇から血が出そうなほど噛み締めて、聖女の力で魔物を排除して欲しいと叫ぶ。結界さえあれば魔物は侵入できず、再び巣に戻って行くはずだと、危機を救えるのは聖女しかないないのだと、ランデリックは掴む手に力を込めて、それを望んだ。
「……、分かりました」
少し間があってから、レイリーンは下を向いたままそう口にしたが、顔は歪み、ギシギシと音が鳴りそうなほど歯を噛み締めていた。
聖女としての魔力が足りないと、父親の到着を何よりも望んだ。
それから間もなく、レイリーンの父親はようやく城に到着した。
魔物襲撃の連絡以降、情報収集、対策、編成、応援要請などで城内は慌ただしくなり、せっかく遠方より足を運んでくれた、レイリーンの父親をもてなしをする状況ではなくなってしまったが、レイリーンは優しく微笑みながら「お気になさらないでください」と、ランデリックに言い、父親は自分の部屋に案内すると告げた。
事が収まったら、ぜひ歓迎会をと返したランデリックは、挨拶も出来ないことを謝罪しつつ、会議へと向かった。
そして、レイリーンは強力な結界を張るために、魔力を溜めるといい、部屋には誰も近づけないように指示を出した。
「お父様、遅いわ!」
自室に招き入れた父親に対して、レイリーンは怒鳴り声をあげた。




