第35話「結界の穴と偽物?」
故郷が遠方のため、到着までに数日はかかると記載されていたが、仕事を切り上げ出向くと書いてあったという。
「急いだほうが良さそうだな」
レイリーンの父親が到着する前に、髪飾りを贈りたいと、ランデリックは急いで手配するという。
「嬉しいっ、大好きですわランデリック様」
素敵な髪飾りを贈るために装飾の業者を呼んでくれると言われ、レイリーンは飛びつくようにランデリックを抱きつく。
その高らかな声に、ランデリックも嬉しくなり何度も抱きしめ返す。
「魔力のことは僕からも説明しておくから、レイリーンはゆっくり休むといい」
「ありがとうございます」
聖女の力が元に戻れば、今起きている混乱も収まると、ランデリックはあと少しの辛抱だとレイリーンの部屋を出ていく。
ランデリックが出ていき、部屋に一人になると、レイリーンは眉間にシワを寄せ、爪を噛む。
「お父様、一刻も早く来て頂戴」
このままではライアール国が大変なことになってしまうと、窓の外を睨むように見つめ、低くそう声を出した。
■■■
【ヴォルフガング】
ライアール国に降り立った赤髪の男の名だ。
「随分変わってしまったな」
昔訪れた時よりも風景が変わっており、ヴォルフガングは、大きく成長した街を見渡す。
発展した国は素晴らしく、活気のある雰囲気は好きだった。けれど一つだけどうしても納得できないことがある。
「穴」
ふいに空を見上げてヴォルフガングは、その青さに目を細めた。国を守るための結界に穴が空いていたのだ。
はるか頭上で人の目では分からないだろうが、確かにぽっかりと穴が空いており、このまま欠落した結界の穴が広がれば空を飛ぶ魔物たちが侵入してくると危惧し、それに、結界自体が弱いと感じた。まるで薄氷。
「聖女の結界が、これほど弱いはずはない」
聖女に何かあったのでは? と、ヴォルフガングは再び街に視線を落とせば、壁に目を疑うような張り紙があった。慌てたヴォルフガングは、急ぎ足で張り紙まで足を進め、声を失った。
『ランデリック王子と、聖女レイリーンの婚約パーティー開催のお知らせ』
ズカズカと張り紙の目の前に歩み寄れば、見たこともない女性が聖女として描かれていた。
「誰だ?」
ヴォルフガングは片眉を上げ、張り紙を壁から剥ぎ取ると、街行く人を呼び止める。
「つかぬことを伺うが、この女は誰だ?」
張り紙に描かれた、ランデリックの隣にいる女性は誰かと問う。顔の前に差し出された張り紙に、街の人は不思議そうな顔をしながら説明する。
「あんた何言ってんだ、聖女様だろう」
「聖女、様? この女がか?」
「あんた旅の人かい?」
ライアールの街で聖女レイリーンを知らない者はいない。よって余所から来たものだと判断した男はヴォルフガングに、それを聞く。
「すまない、俺様は今到着したばかりで」
「そうか、それじゃあ知らなくても当然だよ」
レイリーン様がいらしたのはつい最近だからと、追加で説明してくれた。
それを聞き、ヴォルフガングは首を傾げた。聖女が現れたのが最近というのはおかしいと。だが、住人はそんなヴォルフガングにレイリーンが起こした奇跡を得意げに話してくれ、ヴォルフガングが、眉を寄せて険しい表情を見せる。
「馬鹿な……」
街中に治癒魔法を施せる者など、自分の知る限り二人しか存在しないと分かっている。しかもレイリーンなどという女ではないとはっきりと言えた。レイリーンなど聞いたこともない名だと不信感も募る。
「そういうことだから、レイリーン様は立派な聖女様だよ」
ポンと肩を叩かれても納得など出来ず、ヴォルフガングは難しい顔を崩すことなく張り紙を見つめる。
(この偽物は誰だ)
「お似合いだろう」
じっと張り紙を見つめていたら、近くを通りかかった年配の女性がそう声を掛けてきた。
「似合い?」
「ランデリック王子様と、似合いの二人さね」
「ランデリックとは第一王子なのか?」
ヴォルフガングはそこが知りたいと尋ねれば、女性は少し怖い顔をして「王子様ってつけな」と、呼び方に気を付けることを注意してきた。
正体を明かすわけにもいかず、ヴォルフガングは女性に謝罪するように軽く会釈をしながら、詫びる。
「すまない。それで、ランデリック王子とは第一王子なのか?」
今は人の姿であり、平民を装う必要があると、ヴォルフガングは誰かに気づかれぬようにと、声を控え再度問い直す。
「ああ、次期国王になられるお方だよ」
「ならば、聖女と婚約し、結婚するのではないのか?」
「だから、レイリーン様とご結婚なさるんだよ」
張り紙にも婚約パーティーを執り行うと書いてあるだろうと、女性は指摘しながら、婚約なんかじゃなくて、今すぐにでもご結婚してもいいのにねぇ~と、隣の男性に話しかける。
「城の取り決めなんかがあるんだろう」
聖女様も城に来たばかりだし、いろいろ準備があるのだろうと、今は婚約で仕方ないと気を落とす。街を救ってくれた偉大な聖女様なのだから、反対などするものなどいないだろうにと、思いながらも、王子様の結婚となれば仕方のないことなのかと、女性は軽く息を吐きながら、
「それにしても、りっぱな聖女様が来てくれたよ」
そう、顔を綻ばせる。
「ライアール国もこれで安泰だ」
「ああ、そうだよ。本当に良かったよ」
二人は、レイリーンという偉大な聖女様が来てくれて、心から良かったと口にするが、ヴォルフガングは静かに張り紙を握りつぶしていた。
「聖女はもう一人いただろう」
ランデリックとレイリーンの結婚を喜ぶ二人に、低い声が響いた。
その声を聞き、二人はすっかり忘れていた者を思い出す。そういえば、レイリーンの前に聖女だと名乗る女性がいたことを。それを思い出した二人の表情は突然険悪なものに変わる。
「そういや、偽物聖女様がいたね」
「ああ、確か国外追放になったって聞いたな」
「非常事態に、国民を捨てて逃げたって話だよ」
「ひでえ話だよな」
住人たちは、レイリーンの前任だった聖女は酷い人だったと口々に文句を言う。だが、ヴォルフガングには到底信じられない事実だった。
おそらく前任の聖女は、ヴォルフガングのよく知る人物。民を捨てて逃げるような者ではないと、知っている。よって、レイリーンとは別の誰かがまだ存在するのかと、一体何人の女性が聖女を名乗っているのだと、少々怒りを込めてその者の名を尋ねる。
「すまぬが、名は何と申した?」




