第3話「魔物討伐は内緒で」
「お父さん! お父さん、死んじゃヤダよッ」
そんなパニック状態の街中で、子供の叫ぶ声が聞こえ、私は夢中でその声を探す。
負傷者が溢れる中で、道端に寝かされた男の人の傍で、女の子が泣いていた。
「ちょっと見せて」
駆け寄った私は横たわる男性を見る。腹に大きな傷跡があり、大量の血が流れ出ており、呼吸がかなり細くなっていた。
「お姉ちゃんは、お医者さん?」
「大丈夫、まだ助かるわ」
「お父さん助かるの?」
ぐずぐずと鼻を啜りながら、女の子は死んでしまいそうな父親の手をしっかりと握って私を見る。
安心させたくて、私は笑ってあげた。
死者を蘇らせることはさすがにできないけど、息があれば助けることは可能。けれど、治癒魔法は高位魔法。制御アイテムをつけたままではさすがに無理かなと、私は周囲を見回す。
辺りは騒然としており、私たちに注意を向ける余裕のあるものなど誰もおらず、魔物と応戦するもの、逃げる者、怪我人を保護する人と、まるで戦場のような光景が広がっていた。
「両手でしっかり掴んでてね」
あまりにも酷い状況に、私は女の子に父親の手を握り締めるように言う。
「うん、ちゃんと握る」
「祈っててね」
必ず助けるからと、私は手首に着けてあったブレスレットを少し強い力で外した。魔力制御解除。私は通常の魔力を取り戻して、ゆっくりと瞳を閉じると静かに詠唱を唱える。
『月華の光よ、注げ……、アルミス』
久々に全詠唱を言葉にし、全身から魔力が出て行く感覚とともに、淡い光がどんどん広がっていく。
「サラ」
女の子の握っていた手が強く握り返され、名を呼ばれた。その声に、女の子は目を開いて、涙を溢れさせた。
「お父さんっ」
「心配かけたな」
「怪我はッ」
「それが、もう全然痛くないんだ」
ゆっくりと体を起こした男性は、傷口が無くなっていることに不思議そうに首を傾げる。しかも街中に溢れていた負傷者も皆、全回復。
「このお姉ちゃんが……、あれ?」
女の子は助けてくれただろうアリアを探したが、その姿はもうどこにもなかった。
「許さないんだから」
街の人たちを傷つけて、多くの人を悲しませるなんてと、私は怒り心頭で郊外へと向かって歩いていた。
街中にいた魔物はあらかた片付けたし、あとは城の精鋭部隊と警備兵でも大丈夫だと確信して、穴が開いた結界の場所へと向かう。おそらくそこでは小物の魔物なんかとは比べ物にならないような魔物がいると少しだけ覚悟して、どの程度穴が開いてしまったのかも分からないけど、その魔物はぶっ倒さないとダメねと、決めた。
脅威となるかもしれないから、倒してから結界の修復をしようと考えた。
それと、顔を見られるのは絶対避けたいから、フードを思いっきり深くかぶって、なるべく人目につかないように進むけど、結界の境界線までたどり着いたら、騎士や兵士たちがわんさかいて、2体の魔物と交戦中だった。
「あれは……、ヘカトンケイル?」
無数の腕を持つ、異様な姿の魔物に私は一瞬足を止めた。本物なんかみたことないけど、気持ち悪いと思ったのが第一印象。
それに、綻びからかなり結界を破壊されており、もう少し破壊されたら完全に侵入されてしまう状態だった。
「やっぱり退治した方がよさそうね」
額に汗を浮かべながら、結界を修復するのは、ヘカトンケイルを倒してからの方がいいと判断する。だって、結果の外に追い出したところで、きっと結界の外からずっと攻撃を仕掛けてくるし、それでまた結界に亀裂が入ることもあり得るかもしれないし。
「さて、と、どうしようかしら?」
木の陰に隠れて、私は一体どこから攻撃すればいいのと、頭痛が。有名になりたくない、魔物を倒すことで、知名度が上がるのだけは避けたい。だって、山奥でのんびり暮らすのが夢なんだから。
「ん~、あの人たち超邪魔なんだよね」
一生懸命攻防してくれてる人たちにいう言葉じゃないんだけど、私の魔法に巻き込まれたら大変だと、悩む。
どうしようかと悩んでいる間にも、負傷者は増え続け。私はポンッと手を打つ。
「これしかないわ」
いいことを思いつき、私は戦闘を繰り広げている人たちに向かって、手のひらを翳す。
範囲や出力を抑えるときは、短め詠唱。これは私独特の詠唱方法。一般の人が使う魔法は基本的に魔法の言葉だけなのだが、私はずっと自分の魔法と向き合い、詠唱方法によって、効果が変わることを習得した。
『セレネ』(眠り)
「な、なんだ……、急に眠気が……」
「だめ、だ。……目が閉じる」
「こんな時にッ……ぅ……」
魔法を発動すれば、戦闘していた兵士たちが睡魔に襲われ、次々に地面に倒れていく。もちろん突然攻撃が止み、ヘカトンケイルたちは綻びから中に侵入しようとするけど、私が正面に姿を見せ、風圧を放って結界の外に押し返して「相手になるわ」と立ち塞がる。
ガガッ、ァァァ……
「さてと、私を怒らせた罪は怖いわよ」
ポキポキと肩を鳴らす勢いで、私は魔物たちの前に立つ。
当然、地面に倒れた人々より、突然現れた私に標的を移した魔物が襲い掛かろうとする。
グガ、ガ……ァァァ
唸り声をあげてこちらに向かってくる魔物に向かって、私はニヤリと笑う。
「久々に本気出せそう」
人差し指と中指を揃えて前に向け、銃を撃つようなポーズをとり、狙いを決める。
森に穴が開いたらどうしようと、直前で少し怖くなって、ちょっとだけ制御することを決め、仕留め損ねたら、もう一度詠唱すればいいと考えて唇を動かす。
『焔の怒りよ、……レイア』
指先から放たれた魔法は、灼熱の炎が渦を巻きながら魔物を襲う。炎に包まれた魔物たちは、断末魔のようなうめき声をあげ、そのまま焼け焦げて灰と化した。
本当に一瞬の出来事。
それを見届けた私は、がっくりと肩を落とす。だって、ここ数年魔力制御してきたし、強力な魔法だって使ってなかったのに、威力が全然衰えていなかったことに軽く絶望した。
「これじゃあ、本当に化け物じゃない……」
人並み外れた魔力、アイテムで制御してもそれなりの魔力が出てしまう。普通がいいのに、これじゃ兵器みたいだと、涙まで出そう。
いつか魔力が暴走するんじゃないかと不安もあり、人里離れた山奥で暮らしたいのだ。兵器として扱われるくらいなら、ひっそりと暮らした方がいいと。
元気を失った私だけど、結界の穴を修復。強力な結界魔法は、かなりの魔力を使用するので、少しだけ動けなくなるのはいつものこと。
「久々の魔法で、少しすっきりしたけど……。以前より魔力上がってない?」
普通に魔法を使ったのはかなり昔だけど、なんだか威力が上がっているような気がして、私は鉛のような重たい空気を纏う。
「もしかして、魔力って蓄積される?」
そんなはずはないけど、長期間使ってなかったのにもかかわらず、治癒魔法も攻撃魔法も、結界魔法まで使用したのに、まだ全然残ってる感があり、なんだか泣きたくなってきた。
本気で兵器なんじゃないかと、悲しくなる。
魔物討伐した優越感よりも、化け物みたいな魔力に絶望して、私はしばらくその場でいじけていたけど、
「……帰ろう」
ここにいても仕方ないと、ようやく城に戻ることを決めた。
トボトボと城に戻れば、城内ではとんでもない事態が起こっており、私は城に戻るなり謁見の間に連行された。
「アリア! お前は今までどこに行っておったのだ!」
「負傷者の手当てもしないなんて」
「聖女としてあるまじき行為だ」
王様、王妃様、ついでにランデリック王子の三名から責められた。
(そうか、私城を抜け出していたから……)