第29話「兄弟そろって、好みが微妙?」
「それって、私を女性として見ていないってことじゃない!」
「は、?」
「ご令嬢には嫌悪感を抱くけど、私は平気って、男だと思っていらっしゃると」
なんて酷い人なのかと、私は顔を両手で覆って泣きまねをする。初めから女性だと思っていなかったなんて、動物かなにかだと思われていたのだと、私は悔しさと悲しさで本当に泣きたくなる。
まさかアシュレイから男性扱いを受けていたなんて、腹も立つ。
「あ、いや、そういうつもりで話したのではない」
「ではどのような理由が?」
一体どういうつもりでそんなこと言ったのかと、指の隙間からアシュレイを見れば、狼狽えるように動揺していた。
「アリアが女性でなければ、口説いたりしないだろうっ」
男性に求婚する王太子がどこにいると、声を荒げたアシュレイの顔は真っ赤だ。
(そういえば、唐突に求婚してきたわね)
初対面も初対面で、いきなり告白してきたことを思い出して、私はそっと顔を出す。平民が令嬢となんて比較してもしょうがないじゃないと、なんとなく開き直る。
「お金もないし、美人でもないし、仕方ないことよね」
令嬢との差はやはり『品』でしょうと、納得する。生まれも育ちも当然違うわけで、平民に気を遣うこともなかったので、緊張せずに接することができた、たぶんそれだけのこと。別に下の下だと思われても、それはもう仕方のない事実なんだと、余計悲しくなる。
婚約者役なんか引き受けなければ良かったと、今更後悔するはめになった。
(でも、あと腐れなく別れるなら、やっぱり平民の方がいいのよね、きっと)
だって、簡単に口封じできるじゃない。そこまで推測した私は「簡単に殺されたりなんかしませんけどね」と、強く胸に誓う。報酬をもらったら、山奥に引っ込んで結界でも張って、誰も近づけさせないんだからと、決める。出来るか分からないけど、自給自足の夢の生活を送るのよ。
「そうは言っ……」
「お話は終わりましたか?」
アシュレイが何か言い訳を口にしようとしたその時、部屋のドアからひょっこりと顔を出した人物がいた。年はアシュレイよりもかなり下に見える、とても可愛らしい男の子だった。
「ヴァレンスッ、なぜここに?」
「僕にも紹介してくださいよ、兄さま」
「兄さまって、もしかして弟?!」
現れた男の子がアシュレイの弟だと知り、私の目は点になる。だって、アシュレイは綺麗系の美形だけど、ヴァレンスは癒し系の可愛い方だったから。
目も大きくて、髪もふんわりとしていて、声が可愛すぎるの。
「初めまして、アリアさんで良かったですか?」
「ええ、お初にお目にかかります。アリア=リスティーと申します」
ドレスも脱いじゃって、めちゃくちゃラフスタイルのまま、私は挨拶をしたけど、この状況はかなりおかしいでしょう。
(夜更けに、どうして女の子の部屋にこんなに人が集まってくるの?)
世間一般でも非常識という状況なのでは? と、顔が引き攣っていたけど、王太子様とその弟君にそれを言える立場でも身分もない。城内で意見を言える立場ではないのだ。
「どうしても会いたくて、来てしまいましたが、ご迷惑だったでしょうか?」
しゅんと肩を落としたヴァレンスは、明日まで待てずに会いに来てしまったと、謝罪をする。愛らしいヴァレンスに素直に謝罪されたら、怒るわけにもいかず、私はにこっと微笑むと「構いませんよ」と返答してあげた。
「ありがとうございます。兄さまの婚約者様にどうしてもご挨拶したくて」
「へ?」
「すまない、ヴァレンスには話してある」
両親にはまだ話していないが、弟には婚約者を連れてくることを言ってあると、アシュレイに言われ、それで居ても経ってもいられず見に来たのかと、何となく納得する。
「可愛らしい人で良かった」
下から見上げるように見られ、ヴァレンスはいつかのアシュレイの台詞を吐き出した。
(この兄弟って、やっぱり視力に難ありね)
こんな平凡な女を可愛いだなんて、今まで綺麗で美しい方しか見てこなかったのかもしれないと、残念な気分さえ沸き起こる。世の令嬢はやはり美人ばかりで、素朴な人を見るとなんとなく可愛く見えるのね。見慣れない女性が珍しいのだと、勝手に思い込む。
「ああ、アリアは可愛い人だ」
「兄さまにとてもお似合いの素敵な方ですね」
(社交辞令もお上手だわ)
と、なぜかとても冷静に受け止めることができ、私はただただにこやかに佇む。
開幕してしまった婚約騒動の演劇は、幕が閉じるまで終われない。だったら、最後まで演じて見せるわと、変な意気込みまで湧き上がって、私は無事に事が終わるように願うばかり。
全ては隠居生活のためであり、明るく自由な未来のために。
「ヴァレンス、今夜はもう遅い、正式な挨拶は明日にしよう」
好奇心からどうしてもアリアを見たかった気持ちは分かるが、夜も遅いとアシュレイが声を掛ければ、ゆっくりと私に頭を下げて「突然の訪問、失礼いたしました」と、とても丁寧に挨拶をされた。
それからヴァレンスは優しく微笑んで、手を鳴らす。
ガタガタ……
音に反応して、通路からワゴンが一台、侍女とともに入ってきた。
「おやすみ前に、ハーブティーをご用意いたしましたので、ゆっくりお休みください」
「ありがとうございます」
「では、また明日。おやすみなさい。会えてうれしかったです」
「それでは、俺も休むとしよう」
素敵な心遣いに私はそっと頭を下げ、アシュレイも自室に戻ると足を踏み出したら、ヴァレンスがアシュレイを睨みつけてきた。鋭い眼差しを受け、踏み出した足を止めてしまったアシュレイは、何事かと目を細める。
「兄さまは、最後までお茶に付き合ってあげてください」
私がハーブティーを飲み干すまで部屋に残れと言ってきた。しかも侍女にも下がるように言いつけて、二人の時間を邪魔しないようにと、退室したヴァレンスだったけど、
(ちょっとぉ、二人きりにしないで!)
積もる話も、話したいこともないんだからぁぁ。という心の叫びは届かず、
「では、少しだけ邪魔をする」
なんて、アシュレイがそれを了承した。
ご冗談でしょう……。
グビグビッ……、ゴクン
お茶を飲んだらとっとと退室してくれると思って、私は少し熱いお茶を一気飲み。
カップをコツンと置けば、アシュレイが信じられない者を見るような目で見てきた。
「それほどまでに喉が渇いていたのか?!」
「え、ええ、とても」
「ならば、もう一杯……」
「結構です! 疲れたので寝てもよろしいでしょうか?」
一秒でも早く退出願いたくて、私はげっぷを飲み込みながら、それを伝えるけど、
(あ、れ? なんだか意識が……)
クラっと頭が揺れると、そのまま体から力が抜けていくような感覚があり、立っていられなくなる。
「危ないッ」
アシュレイの声が脳内に響いたのを最後に、私の意識は途切れた。




