第25話「高価すぎて、歩けない……」
「それにしてもだ、これほど騒いでもローレンが目を覚まさないとは」
周りの気配や音には敏感なはずのローレンが、ここまで騒いでも目を覚まさないことに、アシュレイが険しい表情を見せる。どれほど疲れていようとも、さすがに意識くらい取り戻すだろうと、アシュレイがローレンに近寄ってみたが、微かに寝息が聞こえてくるので、寝ていることは確か。起こすべきか、そのままにしておくべきか迷っていたら、後ろから声がかかる。
「フラフラで戻ってきたので、かなり体力を消耗されたようです」
(朝になっても起きないなんて、そんなに強い魔法かけたつもりはないのに……)
そもそもほとんど魔力なし状態でかけたのよ、どうして起きないのよ。そこは「朝から煩い」って普通に起きてきて欲しかった。だって、こんなに騒いでるのよ。
騒々しいくらい騒いでいたはずなのに、ピクリとも反応しないローレン。私は永遠に眠らせる魔法とか使えるんじゃないかと、自分が怖くなった。
「そう、なのか……」
「魔物退治にかなり苦戦を強いられたようですので」
「俺が仕留めきれなかったせいだな」
「王太子様は、村を守ってくださいました」
体を張って村を守ったことは、誇りに思うべきだとアリアは強く言う。アシュレイがいなかったら、村に被害が出て、今頃死者だって出ていたかもしれないと、アリアは胸を張ってくださいと追加する。
「……ありがとう」
魔物を撃退できなかった不甲斐ない自分に、アリアは自信を持っていいと言ってくれ、なんだか救われた気がした。決して弱いとは思っていなかったが、まるで歯が立たなかったことは受け止めなければいけない。結界の外にはあのような強者が無数にいることも知ることができた。
アシュレイは一瞬アリアを見てから、外に視線を向け、やはり結界がなければ国が滅んでしまうだろうと、改めてアリアを手放せないと遠くに思った。
ライアール国にはレイリーンという聖女が現れた。ならばアリアは我が国で預かってもいいだろうと、例えレイリーンという聖女の能力がアリアより劣るとしてもだ、結界が作れれば、あれほどの魔物は入り込めないはず。やはりアリアは手放せないと、アシュレイは再度自国の為に、何としても結婚まで持っていかなければならないだろうと、偽装結婚すると心を痛めた。
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あれから、アレフが連れてきてくれた医者がアシュレイを診てくれたけど、毒は消えており、怪我も完治していると言われ、全く問題なく城に戻ることになった。
問題があるとすれば、『私』
王太子殿下の婚約者役を引き受けたからには、それなりの身なりは必要で、街に戻るなり連れていかれたのは、王室御用達の店。当然場違いもいいところよ。
『アシュレイ王太子殿下のご婚約者様である、身支度を頼む』
ローレンがそう口を開けば、店の者たちが一斉に私の身支度に取り掛かる。服をはぎ取られ、髪を整えられ、化粧まで、何から何まで手際が良すぎて、私はくるくると回されるだけ。
偽者とはいえ、王太子殿下の婚約者なんだから当然といえば当然なんだけど、キラキラのドレスに、高価なアクセサリー、髪もまとめられて、化粧もばっちり。何が起こっているのか分からないままに、私は変身を遂げた。
「ご支度が整いました」
(へ? どちら様?)
と、目を点にして鏡の前に立つ私はもう私じゃなくて。本当にどこかのご令嬢、みたい。
アリア=リスティーはどこにいったの? と、つい鏡を覗き込んでしまう。黙って立っていたら、素敵な女性に見えること間違いなし。
「これは、化けたな」
身支度完了の合図で入室してきたローレンが、驚いたように茶化す。
「おかしくないですか?」
「元を知らねば、令嬢と違いない」
「それはどうも」
なんか嫌味を言われたような気がしたけど、令嬢に見えるのなら問題ないかと、偽物を演じきれればそれでいいと、私はとりあえずほっとしたんだけど、ローレンの背後に立つアシュレイが動かない。
一瞬視線があった気がしたんだけど、そのままなぜか動かなくなった。
「王太子殿下?」
どこかおかしなところでもあるのかと、私はそっと声をかけてみたが、アシュレイは穴が開くほど私を見ている。
(素敵なご令嬢をたくさん見ているアシュレイにとっては、不合格なのね)
所詮は平民の変装、本物のご令嬢しか見たことのない王太子殿下ですもの、私では物足りなのでしょうねと、納得したところで、アシュレイが突然歩き出す。
正直、アリアに見惚れていたのだ。無理やり着飾った令嬢とは違う、素朴さの中にある美しさ。それに目を奪われた。
「すごく素敵だ、アリア」
ガシッと手を掴まれて、アシュレイの瞳が輝く。
「あ、ありがとうございます」
「ドレスもよく似合っている」
「え、ええ。それはどうも」
「君の肌によくなじんでいる」
気色の悪い台詞に悪寒が走る。私は引き攣る頬を必死に隠しながら、婚約者らしく微笑んでみる。
「王太子様にそう言っていただけるなんて、嬉しいですわ」
(私は令嬢、そう、どこかの令嬢よ。役を演じないと)
周りに怪しまれないようにしようとしたら、「あれ?」と、部屋の温度が違うことに今更気づく。私の身支度をしてくれた人たちが誰もいないのだ。
つまり、部屋には私とアシュレイとローレンだけ。
「離してください」
誰もいないことに気が付いて、私はアシュレイの手を振り払う。女性の手は簡単に掴むものじゃないと言ってやりたい。
「逃げられてしまうかと思ってだな」
「逃げません」
「保障はあるか?」
すぐに逃げるという知識が植え付けられてしまったのか、アシュレイは掴んでいないと逃げられそうだと、眉を寄せた。まあ、逃げられるのなら逃げたいのが本音だけど、これはビジネス、報酬がでるのだから逃げないと決めている。
「報酬をいただくまで、逃げませんよ」
「それが約束だったな」
アシュレイはちゃんと支払うと再度約束すると、「では行こう」と、手を差し出してきた。これからが本番だと、気を引き締めるアシュレイに、私はその場を一歩も動けない。
「どうした?」
一歩も歩き出さない私に、アシュレイが疑問を投げかけてきたけど、動けるわけないでしょう! 綺麗すぎるドレスに、高価すぎるアクセサリー、それに凄まじい高さのヒール。これでどう動けと?
履きなれないヒールで転んだら、ドレスは汚れ、アクセサリーは壊れるかもしれない。弁償なんか絶対にできないと、真っ青になる。
「アリア?」
「動けません」
「動けないとは?」
どこか怪我でもと心配してくれたアシュレイに、私は少し俯いて正直に話す。
「歩いたら、ドレスやアクセサリーが汚れてしまいます」
借り物を汚すわけにはいかないと、真面目に話したら……。
「くっ、くく……」
「ぶ、ははは……」
アシュレイとローレンが腹を抱える勢いで笑い出した。
(こっちは真面目に言ってるのよ!)
いくらすると思ってるのよ! しかも王室御用達のアイテムよ、平民レベルの人間が返せる額じゃない。たとえ、お披露目の数時間だとしても、その間に何かあれば、私の重責は免れないわけで。
どうするのよ、という顔で二人を見れば、アシュレイが笑いながら、とんでもないことを言い出す。
「君へのプレゼントだ、返品は不要」
アシュレイからの贈り物なので、好きにして構わないと言われた。
「お断りします!」
即答。こんな高価なもの受け取れるはずないでしょう! 用が済んだらとっととお返ししますって言ったら、ローレンがまたまた爆笑した。
「ドレスや装飾に興味がないのか」
「ないのではなく、コレは受け取れないと申したのです」
「王太子からの贈り物を返すなど、それこそ無礼だろう」
「う゛っ……」
嫌なところを突かれて、言葉に詰まる。たしかに王太子殿下が贈ると言ったものを、断るのは失礼かと。かといって、これを着る機会なんか絶対にないし、持ち歩くもの面倒だし、さすがに贈られたものを売るものどうかと。
反論できず困ってしまったら、アシュレイもクスクスと笑い出す。
「君には断られっぱなしだな」




