第21話「隠居生活のための虚偽」
「なぜ魔力を隠す」
剣先を人に向けたまま、ローレンが冷たく言い放つ。攻撃魔法も治癒魔法も使えることを隠す意味はなんだと責める。その魔力があれば、苦労などせずとも裕福な暮らしができるだろうと。
「暴走させないためよ」
「暴走?」
「魔法が苦手なのよ。人より少しだけ強い魔力だから、すぐに暴走しちゃうの」
信じてもらえるか分からないけど、私は必死に叫んだ。だから魔力抑制アイテムを使って、暴走を抑え込んでいるのだと、もっともらしい言葉を選ぶ。
コントロールが上手くできず、勝手に魔法の威力が出てしまうのだと、みんなのようにきちんと魔法制御ができないと説明する。
だって、本当のことなんか言えるはずないでしょう。
街、いえ、全力出したら国さえ滅ぼせそうなくらい魔力ありますなんて、口が裂けても絶対に言えない。言ってはいけない禁句。
「それは……」
何かを言おうとしたローレンの台詞を遮って、私はさらに声を出す。
「時々、自分でもびっくりするような威力の魔法が出ちゃって、気を失うほど魔力を消耗するの」
「全魔力を放出すると言うことか?」
「そ、そうなの! 死んじゃうんじゃないかってくらい魔力を使っちゃうみたいで」
生死に関わると必死に訴えれば、ローレンはようやく剣を鞘に納めてくれた。
魔力切れなんて日常茶飯事に起きる現象で、制御できない魔力が全て出てしまうから、威力が強く見えるのだとさらに説明する。普段魔法は制御しながら使用するのが普通なんだけど、持ち合わせる魔力を全て消費するなど自殺行為なのだ。
力量以上の魔法を使用するとなれば、命を削ることに繋がる。だからこそ、皆、高位魔法を試そうとは思わない。身丈に合わない魔法を使用することは、死に繋がる。それに、必要魔力がなければ当然使用できない。だが、魔力が暴走するとなれば、話しは変わってくる。使えないはずの魔法をその身を削って生み出すことになる場合があるからだ。
「お前の魔力は、城に戻ったら計測する。それまで大人しくしていろ」
ちゃんと説明したのに、どうしてそうなるのよ!
(測定ってなに? ……そもそもなんで城に行かなきゃいけないの?! ねえ、私の話ちゃんと聞いてました?)
せっかくもっともらしい言い訳思いついたのに、変な汗が止まらない。
「それは、命令ですか……?」
「命令だ」
(終わった……、私のスローライフが粉々に、……ん? まだ逃れるチャンスはあるわ)
測定前に結界魔法を使えばいいじゃない。そうすれば、ほぼほぼ全魔力がなくなるわけで、測定値は『ゼロ』になるはず。でも、結界魔法って連続でかけられるのかしら? 試したことないけど、と、少しの不安はあるけど、とにかく魔力が枯渇すれば言い訳で、私はなんとかなるでしょうと、測定値に引っ掛からない方法を探りつつ、山奥引きこもり作戦はまだ終わっていないと、ガッツポーズをとった。
「これならイケるわ、アリア」
「どうした? 気でも触れたか?」
ふんっと鼻を鳴らして、見事なガッツポーズを決めた私に、ローレンの奇人を見る視線が刺さる。
「……ほほほ、練習中の治癒魔法なんか使ったから、魔力が切れちゃったみたい」
なんだか頭がぼうっとするわ、と、下手な言い訳をして壁に手を突けば、ローレンが椅子を差し出してくれた。
「座っていろ」
「あ、りがとう」
差し出された椅子に腰かけると、ローレンはアシュレイの傍に寄った。
確かに呼吸は落ち着いているように見える。しかし、顔色は優れず、汗もじわじわと噴き出ていた。確実に毒が回っているのが外見からも分かる。
「アシュレイ、すまない」
こんなことになったのは、全て自分のせいだとローレンは自分を責める。あの時、傍を離れてしまったから、守れなかった。師団長としても親友としても失格だと唇を噛み締める。
「明日には医者がくる。頼む、頑張ってくれ」
祈るように吐き出された言葉は、泣き声のように重く、悲しく、悲痛な想いが込められていた。
「汗を拭きます」
そんなローレンを放っておけず、私はゆっくりと立ち上がると、アシュレイの傍により、桶に入った水を使って額に浮かぶ汗を拭きとる。
「すっかりぬるくなってしまいましたね」
布を水に浸せば、常温になっていることに気づく。
「かせ」
新しい水を汲みに行こうとしたら、ローレンが自分が行くと言ってくれた。だから、私は素直にお願いした。
どうか、アシュレイを救ってください神様と、私は何度も神に祈った。
月が頭上に昇るころ、アシュレイの呼吸は徐々に良くなっているような気がした。
薬草の効果かもしれないと、私は少しだけほっとしたけど、ローレンから感じる気配はずっと緊張と不安、後悔だけ。
魔物討伐をしてきたからには、その疲労も大きいはずなのに、ローレンは壁にもたれ掛かったままじっとアシュレイを見ている。
どんな変化も見逃さないようにと、見つめたまま動かない。
「椅子に座ってはいかが?」
さすがに疲れるでしょうと声を掛ければ、
「問題ない」
と返された。
このままではローレンも倒れてしまうと、私はアシュレイの方を向いて、絶対に気づかれないように口を動かす『セレネ』
ガタン
魔力を最小限に絞って唱えれば、背後でローレンが床に崩れる音がした。魔力が完全に戻るのはおそらく明日の朝だろうと思ったし、さっき治癒魔法も使ってしまったし、もしかしたら発動しないかもとは思ったが、少しでも使えて良かったと、ひとます胸を撫で下ろす。
「ごめんなさい。こうでもしないとあなたが倒れてしまうから」
崩れたローレンをなんとか抱き起して、私は空いているベッドへと乗せる。床に倒れたままにはしておけないでしょう、さすがに。
「ぐっ、うぅぅ、なんて重いの……」
甲冑のせいだとは思うけど、重い、重すぎて、ベッドに倒すのが精いっぱいだった。
本当はちゃんと寝かせてあげたいんだけど、男性の甲冑とか服なんか脱がせられるはずもなく、私はひとまずそのままにすることにした。
「大丈夫よ、このままだって休めるわ」
寝たら元気になる! ローレンをベッドに乗せただけの状態だったけど、たぶん大丈夫だと、私はアシュレイの元へ戻った。
「私の未来がかかっているの、絶対死なないでっ」
力なく放り出された手を掴んで、私は必死に祈る。村の人たちの命と私の命がかかっていると思ったら、祈らざる得ない。
ぽわぁ~
両手でしっかりと掴んで、強く目を閉じていたから分からなかったけど、包み込んだ手が微かに光を纏う。
そして、いろいろあって疲れていたから、いつの間にか私も夢の中へと誘われ、そのまま眠ってしまっていた。




