第2話「聖女は譲りたい、けど、国は守りたい」
「聖女と申すか?」
「はい。私は幼い頃よりそのように育てられました」
「聖女はすでに見つけたが」
「偽物でございましょう」
レイリーンは、堂々とした態度で私を偽物扱いしてきた。まあ、少しムッとしたけど。
「そこまで言うのならば、聖女である証があると?」
王様がレイリーンに、何か証明できる術はあるかと問えば、丁寧にお辞儀をしてから両手を翳したレイリーンが何かを詠唱し始める。
眩い光が生まれ、それは徐々に範囲を広げていき、謁見の間を包み込むように拡大していく。
「なんだ、身体が軽く……」
「疲れが抜けていくようだ」
「心地よい感覚だ」
兵士たちが次々に体の軽さや、疲労が無くなっていくと口にした通り、レイリーンは癒しの魔法を広範囲にかけたのだ。
「わたくしの魔法は、光魔法に特化しており、このように皆に癒しを与えることができます」
もちろんそれだけではなく、光の攻撃魔法も得意だと自らハードルを上げた。
確かにレイリーンの魔力は平均値よりは高いと思う。だけど、私から見ればその程度? って思ってしまう。口には出さないけど。
だけど、王様たちはその力に目を見開く。やはり聖女という役職といえば、癒しなのだ。
それにレイリーンは美しい。見た目重視なら間違いなくレイリーンが聖女を名乗るべきだ。
「聖女が二人も?」
王妃様が声をあげれば、レイリーンと私を見比べられる。
『聖女』は、一人。昔から決められている事項。つまり、どちらかに決める必要があると皆が頭を悩ませた。
ここで私が偽物だと名乗り出てもいいけど、さすがに偽物扱いされるのは、嫌でしょう。私にだってプライドがあるのよ。かといって、レイリーンよりも強い魔法を使うのも嫌で……、そんなことをしたら絶対聖女に決められてしまう。
せっかく聖女を名乗る人が出てきてくれたのだから、ここはなんとか穏便にレイリーンに聖女を譲りたいが、この状況でどうやって? と、私も頭を悩ませる。
「しばらく様子をみるのは、どうでしょうか?」
解決策が見いだせず、ランデリック王子が唐突にそんなことを言いだす。
聖女を名乗るとなれば、国民に示しがつかなければならないし、当然実力も必要で、ランデリックの妻にもなる存在。今ここでそれを決めることは出来ないとした意見だった。
「ランデリック、それは名案だ」
二人のうち、どちらが聖女に相応しいか、しばらく観察すると言い出したランデリックに対し、王様は手を打ったように納得し、結局私とレイリーンは、しばらくライバルとして過ごすことになった。
すぐにでも追い出されても良かったんだけど、さすがに自ら出て行きますとは言えない状況だった。
さすがは令嬢、マナーも礼儀も完璧だし、城の者と馴染むのに時間はかからなかった。田舎育ちの私では到底太刀打ちできない振る舞いの数々。誰が見ても聖女は彼女で間違いないだろうと思うのは当然で、レイリーンは自らの魔法を惜しみなく披露し、ランデリックとも仲良さそうに会話をしている姿を何度も見かける。
「ランデリック王子って、笑顔もできたのね」
仲睦まじい姿を遠目に見ながら、私は深いため息を漏らす。確かに王子様だけあって、容姿は素敵だ。けれど、そもそも不釣り合いだと思っていたし、興味もない相手だからか、レイリーンが当てつけのように見せつけてきても、疲労が溜まるだけ。
「はぁ~、擦り傷程度で魔法なんか使わないわよ」
レイリーンは聖女様らしく、転んだ子供の擦り傷を魔法で治癒していたけど、人間には自然治癒って能力が備わっているの! 些細な傷なら放って置いても治るのが理。それを魔法を使って治すなんて、治癒力が損なわれるかもしれないのにと、ますます肩が落ちる。
それでも、周りはその優しさに称賛の嵐だ。で、魔法を一切使わない私には避難の眼差し?
「私が普通に治癒魔法なんて放ったら、城中の人たちの怪我が治っちゃうわよ」
加減しても広範囲に効果が出てしまうのは分かっているので、絶対に使えない。せっかく聖女様を名乗る女性が現れたのだから、このままレイリーンに譲りたい! そう、私はひっそりと隠居生活をするのが夢なのよ。
化け物みたいな魔力を誰かに知られる前に、引きこもるの、そう、一人で自由に暮らしていきたい。
『やはり、アリア=リスティーは聖女ではなかった』
その言葉さえもらえれば、私は自由なのになぁ。
そんな中、郊外に数体の魔物が現れたという情報が飛び込んできて、城の兵士や街の警備兵が総出で立ち向かい、負傷者が多数出る状況となった。
「聖女様、お助けください」
そう言いながら、城の兵士たちが次々と運び込まれ、レイリーンが次々に治癒魔法をかけていた。
「邪魔です。ここは私一人で十分です」
「でも……」
「足手まといは必要ありません」
少し遅れて現場に到着したら、レイリーンに邪魔だと言われなぜか追い出された。部屋に引きこもっていたから、状況を知るのが遅れてしまったのも悪いけど、負傷者がいるなら私だって手伝えるわよっ! って言いたい、言いたいけど……。
(魔物討伐の方が優先だわ)
声には出せないけど、魔法ならあなたより断然上よ! と言い放ちたい気持ちをグッと抑えて、私はムカムカした気持ちを抑えながら、変装してこっそり城を抜け出す。
最近魔力をまったく使っていなかったせいなのか、魔力制御をしてしまった影響か、結界に綻びが出来てしまったようなのだ。
そもそもこの国に勝手に結界を張っているのは私で、その原因も当然私で、魔物が入り込んだと言うのなら、責任は私にあって、どれほどの魔物が入り込んだのかを確かめないといけない。
「まさか結界に穴が開くなんて……」
強い魔物は体格もよく、まだ結界内に入り込めていないようだが、侵入してくるのは時間の問題かもしれないと、精鋭部隊や騎士たちが総出で対応に出払っていた。
つまり、街に入り込んだ小物魔物の応戦をしているのは街の自警団であり、装備もそれほど整っているわけでもなく、苦戦を強いられているはず。
「街の人たちが心配だわ」
城の兵士はレイリーンが治癒していたけど、街はどうなっているのかと、私は急いで街に向かう。到着した街は負傷者で溢れ、医院はどこも手一杯だった。
思ったより、小物だけど魔物の侵入が多い。
開いた部分の結界をすぐに修復してもいいけど、侵入した魔物を閉じ込めることになるのは、正直したくなくて、ひとまず街の様子と侵入した魔物の程度を確認してからにしようと、私は駆けた。
路地裏に身を潜ませ、周りに誰もいないことを確認すれば、私は魔物に向かって攻撃魔法を放つ。もちろん魔法制御アイテムをしたまま、確実に一体ずつ仕留める。
制御解除なんかしたら、町ごと吹っ飛びかねないし、魔法を使っている姿を誰かに見られるのは非常にマズイし。吹き矢程度の攻撃なら、気づかれることはないだろうと、一体ずつ仕留めていく。
「まとめて討伐できれば楽なんだけど、仕方ないわ」
魔法制御せずにまとめて片付けられたら簡単だけど、強い魔力がバレたら、聖女どころじゃなくて、兵器として扱われる。それだけは嫌だと、私はフードを深くかぶって、地道にこっそり魔物討伐を進めた。