第19話「一体誰が?」
口づけを落としたその瞬間、眩い光が全てを包み込み、私の身体が少しだけ浮く。まるで羽が生えたかのような浮遊感があり、そっと地面に降り立てば結界魔法は効力を発揮する。
「これでよし! もう魔物の侵入は絶対ありえないわ」
私が魔法を継続する限り、聖女様の結界と二重構造になるため、どれほど強力な魔物であろうが結界内に侵入することは出来ない。当然破壊も出来ない。
ふんっ、と鼻を鳴らして得意げに空を見上げたけど、その空が少しだけ揺らぐ。
「やっぱダメ……」
ふらつく足を支えられず、私はその場に座り込んでしまった。国全域に強力な結界を張るため、魔力消費が激しいのか、結界魔法を使用した後はしばらく動けなくなるのだ。
とはいえ、数時間もすれば魔力は完全に戻る。ほんともう化け物。
「動けるまで、数十分くらいかしら」
脱力した体が動けるようになるには、少し時間がかかる。魔力が戻るのは数時間かかるけど、動けるようになるのは数十分程度なので、私は大人しくその場に倒れ込む。
「アシュレイ王太子様も、ローレンスも従者の方も大丈夫かしら、もしもなんてことになったら……」
【王太子殿下および、師団長、従者の三名を死に至らしめた者の首を跳ねよ】
嘘! そんな結末絶対に嫌!
まって、私だけの罪で終わるわけないわ。低下している思考回路はさらなる悪夢を見せる。
【我が最愛の息子に死を与えた村を壊滅せよ】
(いやぁぁぁぁぁ~!!)
勝手な理由をつけられ、村の人たちに罪が被らないとは限らない。私のせいで村人全員が犠牲になるなんて絶対ダメだと、涙まで滲んできた。
だからといって、村に結界を張ったところで、包囲されたままではまともに生活もままならないし、
「いっそのこと、アラステア国を乗っ取る?」
まあ、実力行使にでればできないことはないけど、政治なんてできるわけないし、私が王様になったところで、別の意味で国が崩壊しそう。
「神様お願いです! アシュレイ王太子様を助けてください」
どう考えてもこれが最善。
地面に横たわったまま私は胸の上で手を組んで、必死に祈る。涙さえ浮かんでくる。アシュレイさえ生きてくれれば、きっとなんとかなるからと、自分が助かる道は、もうこれしかないのよと、天に祈る。
それにどうでもいい後悔しか浮かんでこない。
「あの時、王太子様の申し出を受けていたら、こんなことにはならなかったのでは?」
大人しく城に連行されていれば、アシュレイ王太子が村に来ることもなく、死ぬようなことはなかったし、そもそも私がきちんと結界を張っていればこんなことにはならなかったし、ローレン師団長に本名を名乗っていれば、私が逃げなければ……。
次々と湧き上がる後悔が胸を埋め尽くし、鼻水交じりで盛大に泣き出す。
「……消えてしまいたい」
真っ黒な後悔で埋め尽くされた全てに、私は身体を丸めて小さく吐き出す。ぐすんと鼻水を啜りながら、ぼんやりとこうなったすべての元凶が蘇る。
「そもそも私が聖女だなんて、大嘘をついた人が悪いのよ」
小さな村でそこそこ平凡に暮らしていたのに、ある日突然城の兵士たちがやってきて、私のことを聖女だと知らせてくれたものがいるとかなんとか言われて、有無を言わせず連行されたのが事の始まり。
つまり、誰かが私を城に売った。
「なんか腹が立ってきたわ」
どう考えても聖女様であるはずのない私を、聖女に祀り上げるなんて、許せない!
しかもそのせいで、今のこの現状が起きている。元凶は私を勝手に聖女だと申告した誰かで、そいつのせいで、私は今指名手配犯一歩手前で、処刑寸前。
「でも、一体誰が?」
幼い頃は化け物扱いされたこともあったけど、魔法を使用しなくなり、成長とともに魔力が減ったと村の人たちは信じていたはず、だったら外部の人間しか考えられないけど、魔法がほとんど使えないと見せかけていたから、私の魔力量を知る者はいない。両親にさえ、魔法があんまり使えなくなったと嘘をついていたのだから。
「村の人たちじゃないなら、本当に誰なの?」
魔法能力は魔法を使用して測るため、使えなくなったと見せかけていた私の魔法力を知っているものなどいないはずなの。それなのに、聖女様だなんて本当に誰が城に報告したと言うの?
正体の分からない密告者に、背筋が寒くなる。誰がどこで私の魔力を知り得たのか? それが分からないのが気持ち悪い。
「まさか、ストーカー?!」
自分では平凡だと思っているけど、もしかしたら世間では【可愛い】とか【美人】とか、いえ、聖女様に推して、アイドル化させたいとか思っていた人がいるとか?
「やだ私ったら、なんて罪な女なのかしら」
両頬を包み込んで、火照る頬を抑える。隠れファンがいるのかもしれないなんて想像したら……。
【聖女様ぁ~、手を振って】
【こっち向いて】
【聖女様、ウインクして】
綺麗なドレスを身に纏い、私を応援してくれる人たちの声援に応えれば、皆が黄色い声をあげて盛り上がる。
なんて素敵な世界。
そんな夢に満ち溢れた妄想に潜っていたら、頭上から小石が落下してきて真横に落ちた。
あの高さから当たったら、当然怪我するレベル。肝が冷えたとはまさに今。
「ひぃッ、……はぁ、馬鹿ね、本当に馬鹿だわ」
そんなこと世界がひっくり返ってもあり得ないと、突然冷静さを取り戻す。それからゆっくりと身体を起こせば、もうふらついたりもせず、ちゃんと立ち上がることが出来た。
「体力は問題なさそうね」
まだ魔力は少ししか戻ってないけど、歩けそうだと判断した私は洞窟から抜け出る。このままここに隠れているわけにもいかないし、村に帰らないと、と、歩き出す。
私を売った人物はいずれ暴くと心に誓って。
「アリアちゃん!」
村に戻ったら、出かけにぶつかったおじさんが手招きして待っていてくれた。
「すみません、遅くなりました」
「心配したよ、全然戻ってこないから」
「それより王太子様は?」
私のことよりもアシュレイは無事なのかと迫れば、おじさんは少しだけ優しい表情を見せてくれた。
「さっき効くか分からないが、薬草を飲ませた。呼吸は少し落ち着いたみたいだが、早く医者に見せた方がいい」
治癒魔法が効いている? それとも薬草?
状態は思ったより良いみたいで、ひとまずホッと息をついたけど、油断は許されない。
「アシュレイは無事かッ!!」
様子を見に行こうとしたら、傷だらけのローレンが走り寄ってきて、私の腕を掴む。
「二人とも無事だったのね」
「久々の強敵にこのざまだがな」
深手は追っていないと、ローレンは話し、アレフもまた問題ないと口にした。確かに致命傷には至っていない。無事に戻ってきた二人に安堵する。
これで罪が一つ消えたかしら? と、頭の片隅のモヤモヤが一つ消える。
「我が主君が深手を負わせてくれていたおかげで、片付けることが出来た」
アレフはアシュレイが先に魔物に傷を負わせていたから、討伐することができたと、アシュレイに感謝する。




