第16話「師団長の策」
「どうした、アシュレイ?」
黙り込んでしまったアシュレイを不自然に感じ、ローレンが声をかければ、突然アシュレイが立ち上がる。
「確かめる」
何かを決意したように、アシュレイは村に行くとローレンに告げる。
アリアには何か重大な秘密がある。それを突き止めるため、嘘ばかりを並べるアリアを問い詰め、真実を暴くとアシュレイは強く心を決めた。
「秘密を全て話してもらう」
「了解した。では俺は別行動を取らせてもらう」
アリアに会いに行くといったアシュレイに、ローレンはなぜか一緒にはいけないと話す。王太子一人を向かわせるのは、正直躊躇われたが、アシュレイは強い。それにいざとなればアレフが出る。だからこそローレンは自分の役割を果たすと決めた。
だが、なぜ別行動をとるのか理解できなかったアシュレイは、妙な顔でローレンを見てしまう。一緒に行かないのか? という表情を見せられ、ローレンは地に膝をつき軽く頭を下げる。
「俺が彼女を捕えます」
あの女のことだ、間違いなく逃亡を図るはずだと、ローレンは裏をかいて逃げたところを捕らえると誓う。あれ程の魔法を使用した後だ、魔力が残っていたとしても僅かのはず、ならばローレンでも簡単に捉えられるだろうと考えての策。
アシュレイの姿を見つければ、必ず逃げる。ならば先回りして待ち伏せするのが得策だと説明すれば、アシュレイも同意する。
「確かに、また逃げられたら困るな」
「口説き落とすにしても、会話ができなければ何もできないだろう」
とにかくアシュレイと接触しないことには何も始められないと、ローレンはアリアを捉えることを優先したいと話す。何としてもアシュレイに興味を持ってもらわなければ本当に何も始まらないのだ。
「そうだな」
「いつもみたいに、優しく紳士的に接すればいいだけだ」
「ああ、分かっている」
優しく微笑んで、柔らかな口調で、女性をリードするように振舞えば、大抵の女性は頬を赤らめて、素敵な笑顔を見せてくれたことを思い出す。
美しい髪や散りばめられた宝石、自分の為に着飾ってくれたドレス、全てが素敵だとは思うが、傍に居たいと思える女性は誰一人としていなかった。ただただ美しいと感じただけ。そんな自分に誰かを口説くことなどできるのだろうか? ふと浮かんだ疑問に、足が止まる。
「距離を縮めろ」
いきなり恋に落とすなんて無理だと、ローレンは、手始めにお近づきになることを考えろとアドバイスを送る。
美男子すぎる王太子なんだから、恋に落ちない女性などいないとまで言い、ローレンはアシュレイの背中を押す。段階を踏めば必ず落ちるとさえ言ってのける。
それを聞き、アシュレイは顔を真っ赤に染める。確かに顔はいいとは思うが、女性など口説いたことはない。言い寄る女性はいたが、自分から言い寄ったことなどないのだ。
「簡単に言うな……」
「金も地位もあるお前に口説かれて、落ちない女性などいないからな」
「その自信はどこからくる?」
「当然の結果だ」
アシュレイに言い寄られて断る女性などいないだろうと、ローレンは白い歯を見せて笑う。しかも相手は平民だ、まさにシンデレラストーリーだろうと、もっと胸を張れと背中を押す。
王子様に見初められて結婚など、まさに御伽話の世界だ。憧れない女性など万に一人だと、ローレンもそこは大丈夫だと確信を持つ。
……だが、その万に一人がアリアだということを二人はまだ知らない。
「ちゃんと向き合って、彼女を落とせばいい」
「健闘を祈ってくれ」
何としてもきっかけを作って、アリアに興味を持ってもらうしかないと、アシュレイはとにかく優しく、紳士的に接することを胸に誓う。
そして、従者であるアレフはそのままアシュレイについていく。王太子を命を懸けて守る従者であるアレフは無口な男であり、任務を確実に遂行するため、静かにアシュレイの少し後ろを歩いていく。
「急に訪ねてきてしまい、申し訳ない」
一人で村に足を踏み入れたアシュレイ王太子に、村人たちが急ぎ集まり、皆が頭をさげて迎え入れた。
「これはこれはアシュレイ王太子殿下!」
「本日はいかがされたのでしょうか?」
「このような村に足を運んでくださるとは、誠に有難い」
あっという間に取り囲まれたアシュレイは、村人たちに笑顔を見せながら、アリアの姿を探すが、やはりどこにもない。この村を訪れるのは数年ぶりになり、皆が懐かしくも、優しく迎えてくれる。
母親が元気だったころは、頻繁に視察を兼ねて国中を回っていたのだが、王妃であるクレア=アラステアが病に倒れてからは、城内で仕事をすることが増えてしまったのだ。
「日照りが続いているので、農作物の被害状況の視察にきた」
国全体の異常事態に、国を周っているともっともらしい理由をつけてアシュレイは口にする。実際、国の異常事態を見て回っているのは本当だが、結界が弱まっている現状では城を離れられないため、報告書による現状しか把握できていないため、アシュレイは心を痛めていた。
聖女の力が弱まっていることが、全ての原因であることは分かってはいるが、どうにか対処できないかと日々頭を抱えている状態であった。
「この村も水不足で作物が育たなくて困っておりましたが、女神様が水を与えてくださったのです」
「女神様とは?」
「ここではなんですから、どうぞ中へ」
村人たちは王太子様に立ち話は失礼だと、村長の家へと促す。
詳しい話は、お茶を煎れてからゆっくり話しますと、村人たち数人がアシュレイを案内し、村を救ってくれたアリアを呼んでくると、二名ほどがそのまま捜索に向かった。
当然アシュレイを見かけてしまったアリアは、秒で逃走。
(もしかして、探しに来たの?)
せっかく落ち着ける場所を見つけたと思ったのに、また別のところへ逃げなければいけないのかと、私は村人に見つからないようにこっそりと村を抜け出す。
いろいろしてもらったのに、お礼も言えずにごめんなさいと、軽く頭を下げ、村の奥へと逃げるように駆けだす。
「見つけたぞ、嘘つき女」
村を出てすぐに、背後から剣を首筋に宛がわれ、私は足を止める。この声は……。




