第1話「本物の聖女現る?」
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「俺は、……君を愛せるように努力する!」
(は、ぁ?)
ほとんど初対面で、いきなり求婚してきた隣国の王太子のこの台詞に、唖然と口を開けたのは、少し後のお話。
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この世界には魔法が存在する。けれど、それを使いこなせるのは少数。
思ったように能力が発動できない、もしくは威力が生活補助レベルがほとんど。まともに魔法が使えるような人たちは、幼いころから魔法教育を受けられる環境にあるか、超高価な魔力増幅アイテムを買えるお金持ちだけ。
庶民なら、花壇の水やりや、窯に火をつける程度の魔力しかないのが普通。
だがしかし、
私、アリア=リスティーは、生まれつき魔力が強くて、幼い頃によく苛めにあっていた。
『化け物女』
『怪物女』
そんなあだ名は無数につけられ、6歳を迎えるころには、魔法を極力使わなくなった。魔法なんか使えなくても生きていけるのだから。
それなのに、18歳を迎えたある日、『聖女』として城に迎えられてしまった。それは前聖女様が亡くなってしまい、王様が必死に新しい聖女を探していたからだ。
一体誰がそんな噂を流して、王家がそれを信じたのかは不明だが、平民の我が家はそれを断われるはずもなく、両親はとても感謝しながら送り出してくれた。
しかも、『聖女』に選ばれた者は、ライアール国の第一王子ランデリック=ライアールと婚約、結婚の約束付き。強制発動。
まさにシンデレラストーリーさながらの、運命の出来事。
別にランデリック王子が嫌いなわけじゃないけど、恋には順序ってものがあるでしょう!
自慢じゃないけど、私は可愛くもなければ、綺麗でもない。『聖女』なんて呼ばれる女性ではないの。平凡すぎるほど普通の人だから。
「はぁ~、どうしてこんなことになったのかなぁ」
煌びやかな部屋を与えられ、豪華なベッドに倒れ込んだ私は、権力って怖すぎると実感中。
別に国に結界を張るお仕事、ケガ人を治癒するお仕事、それらは何の問題もない。問題があるのは、好きになるかも分からない相手との結婚。
城に招かれたときに一度顔を見ただけで、それ以来特に交流はなし。
いつか素敵な王子様と……、なんて子供の頃は憧れていたけど、憧れと現実は全くの別物。
「言葉も交わしてないんだけど……」
ランデリックは、私の顔を見てそそくさと奥へ引っ込んでいった。それ以来、特に二人だけで会うようなこともなく、好感度も持てない。もちろんすれ違えば挨拶くらいは交わすけど、本当にそれだけ。
「どう考えても、聖女様は別にいるでしょうがァァ~」
自分は絶対の絶対、神にさえ誓えるほど聖女ではないと断言できる。だがしかし、それを証明するには遅すぎたのだ。
魔力の使用量を間違えてしまったせいで。
「誰か、私より魔力多めの女の子いないかしら?」
ベッドの上でゴロゴロしながら、私は自分の掌を見つめる。この手から放たれる魔法は、確かに強い。城で実力を試されたときに、完全に失敗したのだ。
そう、手加減の度合いを制御できなかった私の落ち度。
「アリア=リスティー、報告通りの魔力を保持しているかの試験を行う」
勝手に連行したくせに、試験をするなんて言われて、山中に連れていかれた。
城直属の魔術師数名が見守る中、まずは結界術をと言われたので、適当な石に魔法を。
というか、この国に結界を張っているのは私なんですけどぉ、というのは極秘。
『アライア』(光の結界)
詠唱を唱えて、なるべく抑え気味に魔法をかけたはずなのに、魔術師たちがその結界の強度に驚きおののく。魔術師の魔法を一切受け付けない硬さ。
完璧な結界魔法。
続いて、滝に案内され、水の流れを止めて見せろっていうから、うっかり水魔法を唱えたら、水流が全部押し返されて、滝の裏側の崖が丸見えに。
「おおっ、なんということだ! 滝の水を押し返すとは!!」
「流れを制止することさえ、難しいと言うのに」
「滝の水を全て押し返したのかッ」
一瞬水の動きを止めるだけで良かったと、後から言われてももう遅い。
そもそも滝くらい一発で凍らせることだって、簡単なのよ!
三つ目の試験は、適当に組んである丸太に火をつけること。
「何が起こったのだ!?」
「一瞬で炭に……」
「なんという魔力」
火をつけるつもりが、丸太は高加熱の炎によって一瞬で真っ黒になって、すべて炭に変わる。
頑張って魔力を抑えたから、炭ですんでいるわけで、ちょっとでも魔力量を間違ってたら、灰になるか、何も残らないか、辺りが黒焦げになるかだろうなぁ~、と、乾いた笑顔しか出てこない。
で、口元を震わせながら、苦笑いしかできなかった私は、そのまま聖女として連行されたのは言うまでもない。
「私の、……馬鹿」
なんでもっと魔力を抑えられなかったのかと、後悔しかない。あの時、魔術師たちを「こんなものか」とガッカリさせられていたら、即解放されていただろうと、項垂れる。
その後悔から、私はとあるアイテムを手に入れることに成功した。
その名も『魔法制御アイテム!』
時々起こり得る、魔力の暴走を防止するために生み出された闇のアイテム。このアイテムを身に着けることで、魔力を抑え込めるため、赤ちゃんや老人などに身に着けさせることが多い。自分の意志とは関係なく魔法を発動してしまうことを防ぐためだ。
つまり、普通の魔法使いが身に着ければ、魔法がほぼ発動できなくなってしまう代物。
しかも、ちょっとお値段は言えないけど、めちゃくちゃ強力なアイテムを発見したから、現在の私は普通の魔術師程度の魔力保持者になっている。
「もっと早く私に頂戴よぉぉ」
城に招かれる前に見つけていれば、今頃こんなことにはならなかったと、ガックリと肩が落ちる。
つまり、このアイテムさえあったら、聖女試験にも見事不合格を貰えたわけで……。
「ばか、ばか、私のばかぁぁ~~」
広いベッドの上で転がりながら、私はあの時の自分を呪った。
聖女なんかに祭り上げられれば、自由も失われ、好きでもない人と結婚までさせられる。絶望的な未来が待っていることに、ため息しか出てこない。
別に逃げてもいいけど、両親に迷惑をかけるわけにはいかない。こんな化け物みたいな私をいつも励ましてくれて、大切に守って、『うちの子は一番可愛い、私たちの大切な子供』だと、いつも言ってくれた。優しい両親。
私が逃げれば、きっと迷惑がかかる、だから私は城に囚われるしかない。
「ああっ~、誰にも迷惑かけずに、のんびり山奥で暮らしたいわ!」
誰も私に干渉しない場所で、のびのびと暮らしたいとつい本音が漏れる。ついでに
「本物の聖女様、どうか、姿をお見せください」
と、祈りさえ口を出た。
だって、絶対に私は聖女ではないと断言できるから。
神様に祈りが通じたのは、あれから数か月後。
どこかの令嬢が自分が聖女だと名乗り出てきたのだ。
当然城は大騒ぎ。
彼女の名は、レイリーン=ハインリヒ。
長い綺麗な金髪は緩やかなカーブを描き、まさに聖女様を連想するほど美しかった。
「お初にお目にかかります。わたくしは、聖女として育てられたレイリーンと申します」
美しいドレスを緩やかに両手で持ち上げ、王様、王妃様、ランデリック王子に挨拶をしたレイリーンは、とても綺麗な青い瞳を細めた。