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身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした  作者: 今泉 香耶


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11.お披露目会

(よかった……今日は調子が悪くないわ……)


 この日だけは、昼寝も出来なければ、途中で体調を崩してはいけないと、少し前からアメリアは調整をしていた。婚姻式を行うのは午後なので、ここ数日の目覚めを少し遅くした。それが功を奏して、今日の彼女は案外と元気だった。


 仕立てあがったドレスは、彼女の白い肌に映える柔らかな薄いピンクのドレスだった。肩や腕が露わになるそれは、胸元から二の腕までぐるりとピンクの薔薇の形に縫った立体的なものを一列に並べており、少し貧相な鎖骨や背、そして二の腕をそうは見せずに華やかに飾っていた。


 細い腰にはリボンが後ろで結ばれ、ふわりと大きく広がるスカート部分は薄い布が何重にも重なり、それ自体が花びらのようだった。そして、裾には別注の美しいレースが広がる。


 髪を後ろの高い位置でまとめ、宝石がついたピンをいくつも差し込み、化粧は柔らかな色合いで優しい表情を彩る。そして、靴は白い靴にピンクのリボンがついており、ドレスによくあった。


「さ、これで完成ですよ」


 リーゼが豪奢な宝石がついたネックレスをつける。姿見で自分の姿を上から下まで眺めて、アメリアは「素敵……」と、ため息と共に感嘆の声をあげる。


「それでは、今から侯爵様の執務室に向かいます」


 婚姻式は簡単にアウグストの執務室で書類にサインをするだけのものだ。そう大した「儀式」めいたものを彼は嫌っていたし、あまり時間が長いとアメリアの負担になるとも考えたようだった。


 リーゼが差し出す手に、白いグローブで包んだ手を乗せてアメリアは歩く。やがて、執務室前で、既に準備を終えていたアウグストが待っている姿が見えた。


「あ……」


 彼は、白いシャツの上に銀糸でふんだんに刺繍が入った白いウエストコートを着ており、銀糸の刺繍が全面に入ったタイをしている。その上に羽織ったワインレッドのジャケットは前開きになっていて、縁にぐるりと豪奢な刺繍が入っており、同じくカフスにも刺繍が施されている。黒いトラウザーズの裾を黒のブーツに入れ、そのブーツの縁も銀糸で刺繍がされている。


 そして、黒髪は綺麗に後ろに流しており、彼の精悍な顔立ちが映える。素直にアメリアは「なんてかっこいいんだろう」と思い、言葉が出なくなった。自分はこの男性の妻に今からなるのだと思えば、なんだか気持ちが昂る。それは、ここに嫁ぎに来た日からは考えられない心の変化だと彼女は感じた。


「こちらへ」


 彼はぴくりと眉を動かし、それから手を差し出した。リーゼに預けていた手を、彼の大きな手の上に乗せるアメリア。すると、彼はアメリアをじっと見た後で目を逸らし、いささか言いにくそうに口にする。


「思った以上に……その……」


「え?」


「美しいな」


「!」


 思いもよらぬ言葉が彼の口から出て、アメリアは動揺した。自分はカミラのような華やかさがないことをアメリアは知っている。だが、彼がそう言ってくれただけで本当に彼女は嬉しくなった。自分がここ一か月、二か月どうにか食事をしなければと頑張ったことは無駄ではなかったのだと思う。そんな彼女は頬を紅潮させ「アウグストも……素敵です……」と答えることが精一杯だった。


 2人が執務室に入ると、そこにはディルクと他に立会人が2人いた。その立会人が差し出した書類に目を通して、2人は2枚にサインをする。たったそれだけのことで自分たちは結婚をしてしまうのかと思うが、それを断る理由もない。彼女は素直に自分の名前をサインした。そしてまた、アウグストも。


 サインをする彼の手を見て、アメリアは「なんて大きな手で、なんて美しい字を書くのかしら」と思う。自分よりも彼の方が「貴族らしい」と彼女は信じていたので、少しだけ自分の文字を恥ずかしく思う。だが、今は自分の名をただ丁寧に書くことに集中するだけだった。


「それでは、これでお二方は夫婦となりました。こちらは王城の貴族名鑑用に提出をいたします。また、こちらはバルツァー侯爵家にて保管をいたします。これにて、婚姻式は終了です」


 簡素なやりとり。ただのサインだけだったが、それでもアメリアにとっては緊張と歓喜が交互に来て、あまりにも心の中が忙しい。どうしてよいかわからず、彼女は目を軽く伏せた。が、その顔をアウグストが覗き込む。


「疲れていないか」


「あっ、はい、大丈夫です」


「半刻後、お披露目会を始める。始まれば、一時間半はそこから抜けられなくなるだろう。今のうちに、少し何か腹に入れておくと良い」


 彼はそう言ってくれるが、どうにもアメリアは食欲がわかない。が、その気持ちは嬉しかったので、かすかに微笑んで「はい」と答えた。何故なら、今までならば彼は自分の方も見ずに用件だけを言ってその場を去っていたからだ。だから、たったそれだけの言葉でも、彼女は「ああ、幸せだわ」と胸にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じた。




 お披露目会は、立食形式のパーティーだった。多くの貴族と多くの商人たちが呼ばれて混在している。呼ばれた商人たちは、彼の仕事仲間の中でも一流の者たち。要するに貴族御用達の仕事をしていたり、貴族と同じほど財を持っていたり、そういった者たちばかり。彼らにとっては、このお披露目会はかっこうの「仕事の場」なのだ。


 立食形式のパーティーとは言え、主役の2人には椅子が用意されており、会場のあちこちにも多くのソファが用意されている。それらは、疲れたら座れるようにという配慮でもあったが、商売の契約をするため用のものでもあった。


 だが、唯一バルツァー侯爵家周辺の者たちの姿はない。アメリアがそっとディルクに尋ねると「ご血縁関係の方々は、また後々にお会いする場が設けられます」とのことだった。


「それにしても奥様はお美しい」


 アウグストに挨拶をする人々がアメリアに声をかけても、すぐにアウグストが「彼女はヒルシュ子爵家の双子の妹でな。体が弱くて今まであまり外部に出て来なかったんだ」と話を振ったので、ほとんどアメリアは会話に参加をしなくても済んだ。それを、申し訳ないと思いつつも、心底ありがたいと彼女は思う。


 パーティーも後半に入った頃。アメリアは「あっ……」と小声をあげた。アウグストはそれに気付いて「どうした」と尋ねる。


「あの……父が……」


「ああ。ヒルシュ子爵は呼ばなかったのに、君の父親だからという理由で押しかけて来てな。わたしが対応を出来れば通さなかったが、門兵が困っていたようで仕方なく通した。奥方と共に来たようだが、君の姉は来なかったようだな」


 見れば、会場の隅に両親の姿が。アメリアはどうしたらいいのかわからず、そちらを見ないように目を逸らす。アウグストは「やはり、あまり両親との仲はよくないのだろうか」と様子をうかがう。


「バルツァー侯爵、ちょっといいかね?」


 すると、少し離れたところからアウグストに声がかかる。今日の主賓に「ちょっと」と声をかけて移動を促すその人物は、商人としてアウグストが独り立ちする前から彼に目をかけてくれていた恩人だ。肩書きとしてはアウグストの方が上であったが、商売の世界ではまた違うのだろう。アウグストは一瞬困惑の表情になり、それからアメリアの耳元で囁いた。


「……すぐ、戻る。君はここから離れずにいなさい。誰かに話しかけられても、その話は主人に、と言って流すこと」


「あっ、はい……」


「ディルク! 少し離れる。アメリアを頼んだ」


 そう言って、アウグストは早足でそちらに向かう。彼がそんな風にずかずかと早足で歩く姿をアメリアは見たことがない。自分のために彼が急いでくれているのだ……そうアメリアは思って、少しだけ嬉しい。


 だが、アウグストが離席をしたのを見計らい、彼女の元に近寄る影があった。それは、ヒルシュ子爵夫妻だ。


「アメリア。結婚おめでとう」


「あっ……は、はい、ありがとうございます……」


 アメリアの横には執事であるディルクが立っている。彼をちらちらと横眼で見て、ヒルシュ子爵は「娘と親子水入らずで話をしたいのだが」と告げる。


「恐れ入りますが、アメリア様にはお疲れのご様子ですので、こちらにお座りいただいた状態でのお話にしていただけますと」


「すぐに終わる。アメリア、来なさい」


「あっ……!」


 そう言うと強引にヒルシュ子爵はアメリアの手を引っ張った。貴族でありながら、まったく彼女を貴族だと思っていないような振る舞い。ディルクは声をあげようとしたが、お披露目会で問題を起こすことはよろしくない。そんな彼に、ヒルシュ子爵夫人が「あなたはこの城の執事なの?」と声をかけ、無理矢理彼の気を引いた。


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