第二話 元魔王と監視
「…我々は、地球に侵略を行う異星人や怪異のような、この星とは違う場所から訪れた存在に対抗する組織です。『魔法少女』は、その最たる存在です」
「つまり、俺が襲われたのは、俺の存在が異物だからか」
「その通りです。特に、あなたの魂から強い反応がでています。しかしながら、あなたの体は生身の人間であり、人に害をなす意思も感じられません」
「だから見逃すと?星を守ると豪語するにしては随分と杜撰だな」
「はっきり言って、あなたの存在はこちらとしても対処に困るのです。魂は異物でありながら、その身体はこの星由来の物。我々はその性質上、この星の物に危害が加えられません」
「なるほど、だから監視か」
マスコットはこくり、とうなずく。
「基本的には我々があなたを監視します。ですが、仕事もありますので、四六時中見張っているわけには参りません。そこで、あなたにはこちらを身に着けていただきます」
マスコットはそれ自身をキーホルダーにしたものを渡してくる。
だがまぁ、はっきりいって趣味ではないな。
「これでも、最大限の譲歩だと思ってください。最悪の場合、あなたは拘束され、その生涯を地下深くで過ごすことになります」
「ほう?それはまた随分と重いな、いったい何をやらかせばそんなことになるのやら」
「あなたの場合、人に危害を加えれば即座に」
「自衛も含めてか?」
「今のところは」
なるほどな、最悪死んでしまえば好都合ということか。
厄介なものに目をつけられたものだ。
このマスコットたちは、俺と同じ『役割』を与えられた者だ。役割を刻まれている以上、それから逃れることも離反することも許されない。
じゃあなんでお前はこんなことになっているんだ、っていう質問は無しだぞ。むしろ俺が知りたい。
「申し遅れました。私はミミキュ、あちらにいる白鳥萌香の担当補助官です」
「できればよろしくしたくないのだがな。勝間勇だ」
「よろしくしたくないのはお互い様ですよ」
そういうと、ふよふよと少女…いや、萌香の方へと浮遊する。
「では、我々は一度失礼します。またお会いしましょう」
そういうと、茫然自失の彼女の手を引っ張り、道の向こうへと消えていった。
「…帰るか」
もう日も落ちかけている、両親も心配するだろう。
俺はため息を一つ吐き、帰路についた。
———今日は、やけに影が濃い。
* * *
「ただいま」
自宅の玄関を開け、靴を脱ぎ、リビングへ。
おかえり、と母は俺を出迎える。
「今日はやけに遅かったわね、何かあった?」
「何でもないよ、友達と遊んでいたら遅くなった。心配かけてごめん」
「そう…友達と遊ぶのはいいけれど、危ないことに巻き込まれないようにね」
あんなことがあったというのに、我が家はいつも通りに俺を出迎えてくれる。
少し、ほっとした。我が家がいつも通りなのはきっと当たり前なのだろうが、それでも、殺されかけた後だ。不安にもなる。
父は何も言わなかった。母伝手に聞いたが、生きていればなんでもいい、だそうだ。相変わらず不器用な父親だ。俺が年相応の人間だったなら、関心がなく、心配もしてくれないひどい父親として映るだろう。
少なくとも、信頼してくれているからとは微塵も思わないかもしれんな。
食事を終え、自室に戻る。
すると、ミミキュが当然のように中央でぷかぷかと浮かんでいた。
「せっかく日常を満喫していたのに、お前の姿を見たら一気に冷めてしまった」
「慣れてください。これが今からのあなたの日常になるのですから」
慣れろ、と言われて慣れられるのならぜひそうしたい。何度も陰鬱な気分になるよりは幾分ましだろう。
「それで?監視だからってただ見ているだけじゃないんだろう?」
「話が早くて助かります。他の者なら…失礼、監視対象になるのはあなたが初めてでした。しかしながら、こうも協力的だとは予想外でした」
「今はダメでも、許可が下りれば命を取られかねないんだ。自分の無害さを主張するにはいい機会じゃないか」
「それもそうですね」
地球由来のものに危害が加えられない、というのは『規則』であって『原理』じゃない。
人を殺せないのは、そうしないように作られているからだ。
出来ないことと、出来るけどやらないことが違うように、選択肢として存在している以上、最大限注意を払わねばならない。
淡々と、質問に答えていく。
聞かれているのはここに来た経緯と、人間に危害を加える意思があるかどうかだ。
「では、最後の質問です。あなたが『人間』として生きようとする理由はなんですか?」
「それは……」
思わず言葉に詰まった。どうして、俺は今の生にこだわるのだろうか。
死が恐ろしいから?そんなことはない、何百…いや、何千回死んできた俺が、今更死など恐れるわけはない。恐れているのは…死のその先か。きっと俺は、死ねばまたあの世界に戻ることになるだろう。
…『役割』から逃れたかったのだろうか。地球に来てからすべてが輝いて見えた。知らない景色、新たな世界、そして…役割のない人生。
今はもう薄らとしか覚えていないが、昔は下町の同胞たちを羨んだことがある。いつしか諦めていたそれを、もう二度と手に入らないであろうこの生を手放したくないから、我は人として生きたいと思っている。
自分の中で、すとんと腑に落ちた。どうして死を恐れていたのか、考えないようにしていたのかがわかったからだ。
「…俺は、お前たちと同じだ。『役割』に縛られた歯車の一つ、そんな生き方に疲れたんだよ」
「同じであると断定されるのは少々納得がいきませんが…まぁいいでしょう」
「そうか、それじゃあ俺は寝る。あとは好きにしろ」
「ええ、おやすみなさい。勇」
今日は過去一疲れた日だったからだろう、横になれば自然と力が抜け、俺はすぐに眠りに落ちた。
「『役割』に縛られた歯車、ですか…強ち否定できないできないのが悔しいですね」
聞くこともできないその背中に、ミミキュはポツリとつぶやいた。