第一話 元魔王と魔法少女
我…いや、俺、勝間 勇が何の因果か、この世界に生まれ落ちて16年の歳月が経った。
まさか今世の名が「勇者は勝つ」などとは、なんと皮肉の効いた名だろうか。
それはともかく今や俺も立派な高校生。
この世界の事にも大分詳しくなった。
まず、魔法がない。
念のため言っておくが、魔力自体は存在している。
というのも、一つの惑星が活動するためには魔力が必要だからだ。それがあるから環境は安定し、生物が生存できるようになる。
だが、この世界に人間…いや、その他の生物や物質ですら魔力を拒絶する性質を持っている。
恐らく星を長く存続させるための手段なのだろうが、逆に人々が自然から離れ、星を壊してしまうような技術が生まれてしまっている。
話を戻すが、つまるところ俺はこの世界ではそこらの一般人と変わりなく、スポーツなどにも取り組んできたが、俺の身体能力は高校生の一般的な運動能力と大差ない。
だがしかし、こんな平和な世で前世ほどの強い力を持っていても、宝の持ち腐れというものだろう。
戦争など、無いに越したことは無い。
特に日本は平和だ。戦争の悲惨さを身をもって味わい、二度と同じ悲劇を生まぬようにと、教育などからその努力が伺える。
───と、考えていた矢先の事だった。
「見つけたわっ!邪悪な『悪魔』め!」
背後から少女の声がし、振り返る。
「変身よ!ミミキュ!」
「キュー!」
そう叫ぶと、何やらピンク色のおもちゃのようなアクセサリーを目前にかざし、次の瞬間にはフリルやリボンがこんもり付いたドレスを…
いや、地球では『魔法少女』などと称されるもの、のような衣装に身を包んだ。
その光景を見て、俺は驚愕した。
なぜなら───
「魔法…だと!?」
この世界での<例外>を目の当たりにしてしまったからである。
* * *
「さぁ。観念しなさい!」
魔法の存在に驚いている暇もなく、少女はいきなり襲い掛かってくる。
「待て待て待て!?いきなり何を」
「問答無用ぉ!」
少女は掲げたステッキを俺の頭部目掛け振り下ろす。
「(まさかの物理攻撃!?)」
だがしかし、その身体能力は常軌を逸しており、辛うじて避けるも、直撃した地面から重い音が響き、地面に大きなひびが入る。
「なんと!?」
何だこの小さな体躯に見合わぬ異常なほどの怪力は…!当たったら怪我では済まんぞ!?
「避けるな悪魔!」
「その『でもん』とは何だ!?」
少女は答えず、ただこちらを睨んだままステッキを振り続ける。
しかし俺とて、一般人とはいえ元は魔王の身、戦闘経験は豊富だ。だが、スポーツで多少体を鍛えていたとはいえ、一般人の身体能力ではジリ貧だ。
中々攻撃が当たらないことに痺れを切らしたのか、少女は叫ぶ。
「もぉーっ!こうなったら『アレ』をやるわよ、ミミキュ!」
「キュー!」
すると、今まで振り回していたステッキが光り始める。
「(この光は…恐らく魔力が収束している…!)」
少女本人が魔力を有しているのではなく、杖を媒介にミミキュと呼ばれる小さい生物?が魔法を発動させているのだろうと推測する。
しかし、どれだけ戦闘経験があろうとこの世界の魔法に知見がないうえ身体能力に優れているわけでもない。そうこうしているうちに、少女は魔法を解き放つ。
途端、眩い光が視界を覆い尽くす。転生前のような高い身体能力はないが、半ば反射的に横に跳んだことで辛うじてズボンの裾が焦げる程度で済んだ。
「…嘘、あたしの必殺技を避けた…」
どうやら先ほどの光は必殺技だったらしい。
しかし、先ほどの光といい殴打といい、明らかに一般人に向けるものではない。
まさかそういう趣味の殺人鬼だとでも言うのだろうか。
だとしてもそのマスコットのようなやつはいったいなんなんだ。
明らかに地球に存在しているような生物ではない。
―——いやいやまずそれより、この状況をどうにかしなければ…
俺は藁にも縋る思いで説得を試みる。
「頼む待ってくれ!このままだと死んでしまう!」
「そうしてるんだから当然でしょ!」
明確な殺意を持っているようだが、人の話を聞けるのならまだ打開の余地はある…はずだ。
「なぜ俺を狙う!?」
「アンタが『悪』だからよ!」
「殺されかけるほど悪いことをした記憶はないんだが!?」
「存在が悪なのよ、消えなさい!」
「ひどくないか!?危なッ!」
間が空いたもののすぐに攻撃を再開する少女。
説得には時間がかかりそうだ。それまで生きていられるかどうかわからんぞ…
一か八かだが…悪がどうとか言うからには、奴の中には正義があるのだろう。それを揺すってみて、奴の罪悪感に賭けるか…
俺は、あえて攻撃を完璧によけきらず、ある程度衝撃を逃がしながら吹っ飛んだ。が、やはり完璧には殺しきれずかなりの勢いでガードレールにたたきつけられた。
「がはッ…」
衝撃で肺の空気が押し出され、息ができなくなる。腕と背中はひどい打撲、唇も噛んだのか血が滴る。
まったく、割に合わんではないか…精一杯逃がしてもこの威力か。
ここで賭けに負けたら…いや、今に集中しろ。
あまりの痛さに意識が飛びそうになるが何とかこらえる。
「これでトドメよ」
「…俺を…殺せば、はぁ…『人殺し』、だぞ…」
「…」
「それをすれば…お前も、悪じゃ、ないのか……?」
その言葉に少女は動揺するような表情を見せる。
挙動不審な様子で俺とマスコットを交互に見始める。
すると、マスコットは「キュッキュ」と一言鳴いた。
「…は、はあぁ!?それじゃ、私はっ…!」
今にも泣きそうな顔でマスコットにつかみかかる少女、マスコットが再び鳴くと、少女は力無くマスコットを離し、その場に立ち尽くす。
どうやら、何かの手違いで襲われたらしい。まったく迷惑な話だ。
慰謝料でもなんでも請求してやりたいところだが、子供のやることにあまりカッカするのも大人げないだろう……いやさすがに命まで狙われたら責任を取らせるべきだろうか?
そんなことを考えていると、マスコットがふわふわと飛んでくる。
「キュッキュ、キュキュキュ」
「何を…しゃべって、いるのか…わからんが…手違いなら、治して、くれないか」
そういうと、マスコットは慌てて手を振る。すると、体の痛みがたちまちに引き、汚れた衣服も修復された。
「この度は、大変ご迷惑をおかけしました」
「うぉっ、なんだ喋れるのか」
「普段はこちらの会話を聞かれないよう、魔法少女のみが聞き取れるよう調整しております」
「なるほど、音に認識阻害の魔法を使っているのか」
「その通りです。やはり異世界は魔法が当たり前なのですね」
「…なぜそれを知っている」
まさかの発言に警戒する。
なぜかこのマスコットはすでに俺の情報を知っている。
まさかこいつらも異世界からきた物なのか…?
「そう警戒なさらずに。我々は今のところ、あなたに危害を加えるつもりはありませんので」
「…ほう」
「本来であれば、治安維持と情報統制のため、魔法少女に関連した記憶を持つ者は、記憶の消去および改竄を行い、日常に帰っていたただくのがルールなのですが……―――承諾が取れました。あなたは我々の被害者ですので、あなたには記憶の消去、改竄を行いません。ただ、我々の情報を公開されるのは非常に困りますし、危険分子になりえるあなたを放置するわけにも参りません。よって、あなたを監視させていただきます」
「また随分と勝手に話が進むな。四六時中監視されるなど不快でしかないんだが?」
「申し訳ありませんが、これに関してはそういう『役割』なもので、如何ともしがたいのです」
「…なるほど、話は分かった。だが、ただで監視されるのも癪だ。何か口止め料的な物でもくれるとうれしいんだがね」
「分かりました。では、我々がどんな存在なのかをお教えしましょう」
そういうと、マスコットは話し始めた。
まずは一話目、展開によってはまた詰むかも…