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本音は隠さずに

食事の後、二人は薬師のギルドを訪れた。

レクサリア病の治療薬の研究を見せたいと言ったら、テオドールは快く引き受けてくれた。


ミレイユの研究所へ向かうと、そこにはアントナンの姿が。

彼の傍らには山のように書物が積み重なっている。


「アントナンさん、こんにちは」


「ああ、ミレイユさん。おや……そちらの方は」


アントナンは背後に立つテオドールへ視線を向けた。

テオドールは軽くあいさつしようと口を開きかけたが、その前にアントナンが口を開く。


「いえ、結構です。私は薬師のアントナン。今はミレイユさんの研究に協力し、レクサリア病の研究をしています」


「…………」


何やら驚いたように目を瞠っているテオドール。

そんな彼をよそに、アントナンは山のような書物をミレイユへ差し出した。


「こちら、レクサリア病に関する文献です。知り合いの医者や貴族の屋敷を回り、集めてきました」


「こ、こんなに……大変でしたよね!? ありがとうございます!」


さすが王国に名を馳せるアントナンだ。

貴重な情報源となる書物を、これほど多く集めてくれるとは。

これだけあれば何かしら手がかりは掴めそうだ。


だが、これらをすべて精査するとなると。

かなり膨大な時間を要するに違いない。


「ひとつずつ読んでいきたいと思います。でも……これだけの書物を読むのは大変ですね」


ミレイユが困り果てていると、後ろからテオドールが声を上げた。


「無理にすべての書物を読む必要はないだろう。手分けして読み、要点だけを纏めろ。その中から必要な情報を取捨選択すればいい」


彼は本の山の中から一冊を手に取る。

その指で表紙をなぞり、ざっと中身に目を通す。


「例えばこの本は、レクサリア病の歴史に関して書かれている。いかにしてレクサリア病が蔓延したのか、発生源はどこなのか。各国はどのように患者と向き合ってきたのか……それらを簡潔にまとめる。そして他の書物の内容と継ぎ合わせれば、全容も見えてくるだろう」


テオドールの言葉に、ミレイユは目から鱗が落ちる思いだった。

たしかに手分けして解読していけば、数倍の効率で研究が進むかもしれない。

アントナンもまた同意するようにうなずいた。


「そちらの方のおっしゃる通りです。無論、私も解読のお手伝いをいたしましょう。私の薬師としての知見も含めて、ミレイユさんと……そちらの方のお役に立てればと」


「俺も時間が許す限り解読しよう。元々、俺からの頼みだからな」


「二人が協力してくださるなんて……とても心強いです!」


聡明な彼らが手を貸してくれるのだ。

必ず進展はあるはず。

ミレイユは確信した。


 ◇◇◇◇


空は茜色に染まり、まもなく夜の帳が降りる。

ミレイユとテオドールは薬師のギルドを後にして雑踏を歩いていた。


「今日はたくさん読みましたが……まだまだ読めていない書物はたくさんありますね」


「そうだな。地道に進めていくしかないだろう。こうして俺も街へ出れるようになった以上、文献の解読には積極的に取りかかる。ともにレクサリア病へ立ち向かうぞ」


「はいっ!」


今まで孤独に日々を送ってきたミレイユにとって、こうして味方ができることは嬉しかった。

ずっと猫になれる魔法薬という目標を追っている最中も、ミレイユは周囲から馬鹿にされ、独りで開発を進めてきたのだ。

テオドールはどうだろうか。

自分と一緒に過ごす時間を、煩わしいと思っていないだろうか。


「これからは貴様が離宮に来るだけではなく、俺から貴様のもとを訪れよう。猫化の薬をいくつか分けてもらえるか?」


「もちろんです。私の家にたくさん予備がありますから、案内しますね」


「ああ。時間があるときに貴様の家を訪れることにする」


ミレイユは自宅に続く道へ向かう。

その道中、ふとテオドールに言っておきたいことを思い出した。

言うべきかどうか迷ったが、勇気を出してミレイユは口を開いた。


「あの……殿下」


「どうした」


「不敬になりそうで、少し言いにくいのですが……」


「構わん。遠慮せずに言え。本音を隠す方が気に食わん」


テオドールならきっと怒らない。

彼が本当は優しい人だということを、ミレイユは知っていたから。


「あの……どうか私のことは『貴様』ではなく『ミレイユ』と呼んでいただきたいのです。そ、その……他の人に聞かれたときも、不審に思われてしまいますから」


王族に対して名前呼びを要求するのは気が引けた。

だが、テオドールの反応は思ったよりもあっさりしていて。


「なんだ、そんなことか。たしかに普通の間柄では貴様呼びなどしないな。城の者に対する態度は、街に出ている間は改めねば」


「では……」


「ああ、ミレイユ。これでいいか?」


「……! は、はい! ありがとうございます!」


予想外にも要求が通り、ミレイユの心は躍った。

ただテオドールは城での粗暴な態度を引きずっていただけで、その姿勢をミレイユにまで向けるつもりはなかったのだ。

周りに敵しかいない城とは違う。

ミレイユはテオドールの味方なのだから。


「さあ、行くぞミレイユ。夜までに離宮に戻らねば、俺が脱走していることがバレるかもしれん」


「そうですね……急ぎましょう」


二人は日が沈みゆく街道を歩く。

他愛のない話をしながら。



そんな彼らの背を見つめる、一人の少女の姿があった。

彼女……ミレイユが勤めていた店の同僚、ロゼールは眉をひそめて二人を凝視する。


「あれって……ミレイユ?」

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