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頼み事

「ミレイユ、俺に協力しろ」


「へ? 協力、ですか……?」


テオドールは立ち上がり、部屋の隅にある金庫に手をかけた。

取り出されたのは何かがいっぱいに詰まった麻袋。

金庫の中にはその麻袋がいくつも詰まっている。


「受け取れ」


「これは……?」


ずっしりと……かなりの重量がミレイユの両手にのしかかる。

開けてみろ、とテオドールが視線で促したので。

恐るおそる袋の口を開いた。


瞬間、ミレイユは絶句する。

中には金貨がぎっしりと詰まっていたのだ。

これだけあれば王都の一等地が買えてしまう。


「お、お金……ですよね?」


「貴様、薬師なのだろう? ならば俺の求めている薬を開発してくれ。その金は研究の費用だ」


研究費とは言っても。

ちょっと多すぎるのではないだろうか。

今ミレイユが働いている店では、一生働いてもこの金貨袋には届かない。

彼女が唖然としていると、テオドールが不思議そうに首を傾げた。


「それでは足りんか? ではあと何袋か……」


「い、いいえっ! 充分すぎます! そ、それで……私はどのような薬を研究すればよろしいのでしょうか?」


「『レクサリア病』の治療薬だ」


レクサリア病。

薬師のミレイユはもちろん知っていた。

徐々に体が動かなくなり、自分の言葉も正確に発することができなくなって……最終的には意識すら失って植物状態になってしまう難病。

治療法が見つかっておらず、世間を悩ませている病気だ。


「レクサリア病を……そう簡単に治療薬の開発ができるとは思えませんが……」


「猫になる薬などという、あり得ないほどくだらん薬を開発したのだ。その熱意だけは認めてやろう。貴様ならば必ずレクサリア病の治療薬を開発できるはずだ」


たしかに……猫化の薬が開発できたのなら。

なんだってできる気がする。

夢を諦めずに追い続けたからこそ、魔法薬は完成したのだから。

これだけ資金があれば材料の調達にも苦労はしないだろう。


「でも、よろしいのですか……? こんなにお金を受け取って」


「気にするな。どうせ俺は金など使う機会はない。この離宮から出られんのだからな」


「出られない?」


腑に落ちない様子のミレイユを見て、テオドールは自嘲するように笑った。

彼は窓から荒れた庭を眺めながら淡々と語る。


「貴族の間では常識だが、平民には知れ渡っていないか。代々わが国の王族は、紋章を持って生まれる。そして……紋章を持つ子でなければ、王位の継承権はない。たまに紋章を持たぬ哀れな子が生まれるのだよ。それが俺だ」


「では……テオドール殿下には、王位継承権がないと?」


「そうだ。だから俺はこの離宮で隔離されている。役目がなく、存在する意義もなく、かといって王族だから殺すわけにもいかず。第二王子と第三王子の身に何かあったときの補欠として、ずっとここに閉じ込められているのだよ」


ようやく理解できた。

第一王子テオドールに関する噂をほとんど聞かない理由が。


「ですが、それとレクサリア病の治療に何か関係が?」


「それはどうでもいいだろう。貴様が知っていればいいのは、俺が外に出られないということだけだ。わかったか?」


有無を言わさぬテオドールの覇気に、ミレイユは強張った表情で首肯した。

とりあえず王族からの命を受けたので、それを全力で遂行すること。

今はそれだけを意識しよう。


「じゃあ……そろそろ夜も遅いですし、私はこの辺で失礼します。治療薬の研究報告は定期的に行いますね」


「ああ。貴様ごときに過度な期待はしていないが、せいぜい励んでみることだ」


テオドールとしても半信半疑だった。

猫になる魔法薬というのがまず非現実的だし、ミレイユが金を持ち逃げしないとも限らない。

だが、彼はわずかな希望に頼らざるを得ないほど閉塞的な環境に置かれていた。


ミレイユは二本目の魔法薬を飲み、猫に変身する。

テオドールはその様子を瞳を少し見開いて眺めていた。


「ほう……興味深い。や、やはり貴様はあの猫だったというわけか」


そう言いながら彼は金貨袋をミレイユの背に取りつけた。

帰りの道中で落とさないよう固く縛って。


「大丈夫か? 重かったり、きつかったりしないか?」


ふるふると首を横に振る。

金貨袋は猫の体には重いが、なんとか走り回れる。

少し跳躍して外壁を飛び越えられそうか試してみたが、問題なさそうだ。


ミレイユは屋根の上に跳び、テオドールの方に振り返る。

彼はうなずいて『早く行け』と手で表した。


城の外壁を飛び越え、夜闇を駆ける。

はたして自分はテオドールの力になれるだろうか。

とにかく、やるべきことはひとつだけだ。

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