表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/17

正体発覚

ミレイユは噂を集めようとした。

……が、第一王子テオドールに関する情報はほとんど見つからず。

第二王子や第三王子についての噂は平民の間にも流れているが、第一王子の話だけ異様に聞かなかったのだ。


そこで猫に変身して貴族街へ。

夜会や舞踏会に忍び込み、三角の耳を噂話に傾けたのだ。

明らかになったのが『テオドールは冷酷な王子』だと言われていること。

貴族たちの彼に対する心象は非常に悪く、邪魔者扱いされているらしい。


「そんなに悪い人には見えなかったけどなぁ……っと」


テオドールの暮らす離宮にて。

草むらに猫の姿で隠れることしばらく。

薬の効果が切れ、ミレイユは人間の姿に戻った。


今回は猫として忍び込むのが目的ではない。

彼女は麻袋の口を開き、意気揚々と宮殿の裏手へと向かった。


「あったあった……!」


青緑色の草を見つけ、ミレイユの心は躍る。

一見して雑草のように見えるが、これは本来外国にしか生えていない珍しい薬草なのである。

これを見たときは思わず目を疑ったほどだ。

さすがは王家の庭。


「私が有効活用してあげるからねぇー……へへっ」


不気味な笑いを浮かべつつ、ミレイユは草を引っこ抜いていく。

傍から見れば完全に不法侵入、かつ窃盗の犯罪者である。

しかし雑草として放置されているには、あまりにももったいない薬草だ。


猫が背負える麻袋がいっぱいになるまで、夢中で薬草を詰め込んだ。

ゆえに、後ろに鬼のような形相を浮かべて立っているテオドールにも気づいていない。


「貴様」


「……へ?」


ひやりとした何かがミレイユの首に触れた。

最近は聞きなれた声が鼓膜を叩き、彼女は恐るおそる振り返る。

テオドールが細身の剣を引き抜き、その刃をミレイユの首に添えていたのだ。


「ここで何をしている、痴れ者が」


空白に染まった思考。

まさかこんな深夜に、しかも宮殿の裏に。

テオドールがやってくるとは思わなかった。


「物音がしたのでいつもの猫かと思えば……まさか盗人とはな。しかも雑草を盗みにくる物好きか」


ぐいと刃先がミレイユの首に押し当てられる。

命の危険を感じ取り、ミレイユは咄嗟に言葉を紡いだ。


「あ、あの……ちっ、違うんです! これは雑草ではなくて、外国にしか生えてないはずの貴重な薬草で……」


「…………」


「決してお城の物を盗もうとか、そういうつもりはなくてですね! このまま雑草として抜かれるなら、せめて調薬に有効活用しようとした次第で……」


「…………」


「あっ! もしかして薬草だとご存知で栽培されていたのですか? でしたら全てお返しいたしますので、命だけはお許しを……」


猫の時に向けられる温かな視線ではない。

ゴミを見るような冷ややかな視線が向けられ、ミレイユは身震いする。

本当にこのままだと殺されてしまう。


「……貴様、名は」


「ミ、ミレイユ・フォルジェと申します……」


「どこの家の者だ」


「家……? えーっと、家はナンシェル通りの小さなボロ家です……」


「……? 貴様、まさか平民か?」


「は、はい!」


予想だにしない返答に、テオドールの瞳が揺れる。

この城に、しかもこんな隅にある離宮に……平民が紛れ込んでくるとは。

いったいどうやって忍び込んだのか皆目見当もつかない。


いささか興味を惹かれた。

テオドールは剣を納める。


「貴様を殺してやってもいいが……面白い。命が惜しければついてこい」


こくりとうなずき、ミレイユは彼の後ろに続く。

猫の姿の時はあんなに優しかったのに。

今は巷で噂されている通り、狂暴な性格に見える。


テオドールは離宮の表口に回り、淡々と中を進んでいく。

相変わらず荒れた内装だ。

たどり着いたのは、唯一清掃されているテオドールの私室。


「そこに座れ」


「はい……」


テオドールと向かい合う形で座らされる。

ミレイユは瞳を伏したまま正面に腰を落ち着けた。


「さて……まずは聞いておこう。貴様、ネストレの手の者ではないな?」


「ネストレ……って、第二王子のお名前でしたっけ?」


「そうだ。俺は第一王子のテオドール・デアンジェリス。聞いたことない名前だろう?」


「い、いえ……! お、お名前くらいは聞いたこと……あります?」


そういえば。

情報を集め始めるまで、第一王子の名前すら知らなかったのだ。

ミレイユが返答するとテオドールは意外そうに眉を上げた。


「ほう。では、ミレイユと言ったか。貴様はどのようにして我が離宮へ忍び込んだ?」


「え、えっと……」


どう答えたものか。

ミレイユが上手い言い訳を考えていると、眼前に鋭利な刃先が突きつけられた。


「虚偽を述べるならば、その首を斬ってやるが?」


「ひ、ひええぇっ! ごめんなさい、あの……ね、猫になって! 忍び込みましたっ!」


正直に言うしかなかった。

反射的に飛び出た言葉。

死ぬか生きるかの瀬戸際で、まともな言い訳を考えられるわけがない。


だが、テオドールの反応は予想以上に意外なもので。

彼は剣を取り落とし、瞳を見開いていた。

先程のミレイユのように思考が停止、動揺に支配されている。


「ね、猫だと……? 貴様、まさか……」


「は、はい。あの……いつもお世話になっております……」


次第にテオドールの顔が赤くなっていく。

同時にミレイユの耳も端まで赤くなっていた。

毎日のように餌付けされていると告白しているのだから、恥ずかしいに決まっている。


「う、嘘を言うな! 人がなぜ猫の姿になれる!?」


「薬を……発明したんです。三年間ずっと猫に変身できる薬を研究し続けて、ようやく完成しまして……あ、こちらの薬です」


帰宅用に持ってきた猫化の薬を見せる。

瞬間、テオドールは頭を抱えた。


「っ……貴様、今すぐ記憶を消せ!」


「え、ええっ!? 記憶をですか!? 無理です!」


「薬師なのだろう? 記憶を消す薬でも作ってみせろ!」


「なんて無茶な要求……」


普段は人当たり厳しく振る舞っている自分が、動物に甘く接しているなどと知られたら。

まるで威厳がなくなってしまうではないか。

テオドールは絶望した心持でため息をついた。


「し、仕方あるまい……ミレイユ。貴様が猫の時、俺がかけた言葉はすべて他言するな。忘れろとは言わないが、聞かなかったことにしろ」


「わかりました、絶対に言いません!」


そもそも話す相手がいない。

別に動物に優しいのは長所だと思うし、恥ずかしがることもないと思うのだが。

テオドールがそうしてほしいと言うなら、ミレイユは従うべきだ。

相手は王族なのだから。


「それと……貴様、俺に協力しろ」


「へ? 協力、ですか……?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ