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50歳で童貞を捨てた話  作者: しげる


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9/10

かけがえのない人と僕

 ……ドーン、パラっ、パラっ……。

 バ、バババババ……。


 ヒューッ、……ドーン…。



 十二月中旬、クリスマスを来週に控えた、土曜日。

 冷え込む冬の夜空に…花火が舞っている。


 市をあげての一大イベントである夏の花火大会がコロナ過で中止になった事を受け、急遽開かれることになった…冬の花火大会。

 真夏に見るのとはずいぶん印象の違う、乾燥して澄み切っている夜空に散る花火が…目に鮮やかだ。


 僕は今、職場であるゴミ収集ビルの屋上に…いる。ここは、毎年納涼祭りの時に職員のために解放される、とびきりの観覧スポットなのだ。

 この場所からは花火大家の上がる公園がよく見えるので、稀に一般の人に開放してもらえませんかというお願いもあるのだが…ここは職員と関係者以外は立ち入り禁止となっている。ここに入っていいのは、ゴミ処理施設で働く職員とその家族のみというルールがあるのだ。


「絶景ですね…いい詩が、書けそうです……!!!」

「でしょう?思い切ってお誘いして、良かったです……!」


 家族といっても…家族になりそうな人でもいいという、暗黙のルールが、ある。課長や部長、同僚も…彼女を連れてきては一緒に美しい花火を鑑賞していた。家族となって再び何度もここを訪れる事になった人もわりといるのだ。とはいえ、幸せが長く続いている人がいる一方、小柳君は三年前の夏、この場所に彼女を連れてきて…プロポーズをして、撃沈していたりもするのだが。


 ―――立花さん、さつきさん誘ったらいいじゃないですか!!

 ―――いや…さつきさんは、そんなんじゃ……。

 ―――どう見ても…そんなんじゃ、ある(・・)だろう?

 ―――大丈夫、さつきさんならこっぴどく振ったりしないですって!!!

 ―――皆には邪魔しないように注意するから!!

 ―――あんなに気を使う人が立花さんを傷つけるとは思えないですよ!!

 ―――課をあげて立花君を応援するよ。特等席、譲るからね。


 僕は、……迷った、ものの。


 ―――最近さつきさんの詩が…変わってきたわね。

 ―――あの、初恋を詠った詩…よかったわぁ…涙出ちゃったもの!

 ―――年齢を重ねても、あんなに可愛らしい恋の物語が綴れるんだねえ…。

 ―――僕も恋がしたくなったよ、長谷川さん、どう?

 ―――あらやだっ!!!


 歌詠みの会の皆さんの、なんてことのない会話を聞いて…ほんの少しだけ。

 少しだけ、勇気を出してみようと、思って。


 ―――あの、よかったら、とびきりの特等席で、一緒に花火…見ませんか?


 さつきさんは、にこりと笑って…頷いてくれた。その笑顔に思わず見とれてしまったのも、記憶に新しい。


 そして今、僕の横で…夜空に輝く、大輪の花を…望んでいるのだ。


 ここに来る時に、エレベーターの中で課長の奥さんから家族やパートナーしか招待してはいけないことを聞いて…しきりに恐縮していたのが、気になるけれども。少し顔が赤かったような気もするが…、それは僕の…都合のいい思い込みなのかも、知れない。


 花火を見ながら、ちらりと…横顔をのぞいて、見る。


 ずいぶん…笑うようになったなと、思う。

 啓介の奥さんだった頃には見られなかった、明るい表情だ。


 ずっと見てきたからわかる、いろいろと話してきたからわかる、さつきさんの…変化。


 ……育った環境の事を、たくさん聞いた。


 身勝手な理由で家を捨ててしまった父親のこと。

 残された母親と二人三脚で生きてきたこと。

 母親が束縛するようになって辛かったこと。

 母親がかわいそうで逆らえなかったこと。

 母親に辛く当たられるようになったこと。

 母親のために生きるしかないと諦めたこと。


 ……啓介のことも、たくさん聞いた。


 母親に雁字搦めにされていた時に出会ったこと。

 地獄のような毎日から助け出してもらったこと。

 搾取されない日常を与えてもらったこと。

 人は変われるのだからと叱ってもらったこと。

 つまらない考えを吹き飛ばしてもらったこと。

 笑顔のある毎日をもらったこと。


 ……お子さんの事も、たくさん聞いた。


 娘さんが啓介に溺愛されていたこと。

 女の子がもう一人欲しいと言われたこと。

 息子さんが生まれてなんだ男かと言われてショックを受けたこと。

 啓介の娘さんと息子さんへの扱いが明らかに違って戸惑いがあったこと。

 娘と啓介の仲が悪くなってから物が急激に増え始めたこと。

 娘さんの結婚式で啓介が暴れたこと。

 息子さんが、自分の居場所を求めて家から出て行ったこと。


 あれほど悪口を言われていたというのに、あんなに蔑ろにされていたというのに、啓介は悪い人ではなかったのだと…、さつきさんは言っていた。自分を救ってくれた人であり、感謝しているのだそうだ。


 さつきさんは、啓介にあまりにも知人が多すぎて、自分の至らない部分が目について仕方がなかったのだと…冷静に分析していた。


 体調が悪くて病院に行っても。

 ―――血圧が高くて、病院にいってきたの。150/99で…

 ―――賀集君なんか下が120超えてようやく病院行ったけど、なんもなかったってさ!大げさなんじゃね?


 ―――食欲がなくて…

 ―――知事の上岡さん、腸閉塞で5日間絶食したんだと!昨日は食べたんだろ?平気平気、ちょっとでも食べられたら大丈夫だって!


 ―――更年期みたいで…めまいがひどいの、頭痛も…

 そんなの朝ジョギングしたら治るって婦人会のみんなは言ってるよ!寝込んでるとどんどん悪くなるんだって、今日天気いいから10キロぐらい散歩して来れば?


 介護で疲れて休んでいても。

 ―――お母さんに頼まれて一日中天井掃除をしたら…疲れてしまって

 ―――由美子さんって知ってる?あの人おばあちゃんもお母さんもお父さんも三人介護してるんだよ!それに比べたらたった一人だろ?弱音はきすぎ!体力なさ過ぎなんだよ、体鍛えたら?


 啓介は、つらい現状を理解するのではなく…、よりひどい過酷な状況を出してお前は大したことがないと言うタイプだったようだ。もっと辛い人がいるのになんでお前は頑張れないの?と比べた上でダメ出しをすることが当たり前だったのだ。


 さつきさんは…どれだけ頑張っても、さらに上の人がいる状況があって、一度も苦労を認めてもらえなかった。どれだけ辛いと思っても、それ以上に過酷な状況の人がいて、一度も心配してもらえなかったのだ。

 啓介にひどい事をされていても、それよりもさらにひどい環境にいた事があるから、それを受け入れることができてしまっていたのだ。


 知人が多すぎるが故の、さつきさんの…努力が足りないと見えてしまう、負のスパイラル。

 啓介が頻繁にさつきさんの悪口を言っていたのは、決してさつきさんが憎かったからではなく…周りにいろんな状況の人があふれていたからこそだったのだ。


 ―――啓介には…感謝してるんです。苗字も変わるし、生まれ変わったつもりで新しい人生を楽しもうと言われて、明るい自分になろうと思えた。なってもいいんだと思って…変わったつもりでした。でも、結局私は根暗で…コミュニケーションをとるのが苦手で、人見知りで。そんな私を見捨てないで一緒にいてくれた、それだけでもう…神様みたいな人ですから。


 ……さつきさんの中で、啓介は。

 感謝の対象で…、神様のような人として…残っているのだ。


 ……僕は。


 啓介に…並ぶことは、できるのだろうか。

 啓介を…超えられるのだろうか。

 啓介を思うさつきさんの心の中に、入りこむことが…できるのだろうか。


 ―――後悔、しないようにね


 母の言葉が…身に沁みる。


 きっと、このまま穏やかな関係を続けていく事は…できる、はずだ。

 けれど、それは…僕の気持ちを伝えないまま、生きていくという事で。


 僕は、このままの関係を続けることで…後悔するのではないか。


 ……おそらく、きっと、僕は。

 今際の際に、どうして…初めて好きになった人に、気持ちを伝えなかったのだと後悔する。


 ―――やらないで後悔するより、やって後悔した方が良いに決まってんだろ?ま、俺は自分の選んだ事をくよくよ悔やむようなショボい生き方はしねーけどさ!


 啓介は…一度だって後悔しないで。

 自分のやりたいことを、自分のやりたいようにやって…何一つ後悔しないで、この世を…去った。


 ……この、気持ちを、伝えないまま。

 人生を終える事だけは……したくない。



 ……ドーン、パラっ、パラっ……。

 バ、バババババ……。



 今目の前で飛び散っている花火のように、僕も……砕け散れば、いい。


 一生に一度きりの、初めての…告白。


 来年、50になる、中年のおじさんが。

 本気で、人を好きになって、気持ちを伝えたいと願って。



 勇気を出して…、花火のように散るつもりで、告白を。



「あのっ…、さつきさん。僕は、あなたのことが…



 ヒューッ、……ドーン!!!!



 僕の、一世一代の告白は。


 大きな、大きな花火の音で…かき消された。

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