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50歳で童貞を捨てた話  作者: しげる
7/10

気の毒な人と僕

「全く…やってくれたよ、あいつはさ!!信じらんねえ…奥さんがかわいそうすぎる。うちの嫁もめちゃめちゃ怒っててさ!!近所のやつらが小さなゴミ袋を持ってゴミ出しにくる奥さん捕まえて根掘り葉掘り聞こうとするんだとよ!で、聞いた端から井戸端会議にかけられてさ!!」


「あのクソ女、離婚するらしいぜ?旦那の弟がさ、ほら…まつり実行委員会の役員でさ…そうそう、看板屋だろ?どこぞのおっさんがあの日の事バッチリ大げさにチクって、まさにカオスだったんだとよ」


「俺のところにも情報?来たよ。俺の嫁、英静えいせいで母親委員会の地区長やってんだけどさ、どこ言ってもその話題で持ちきりなんだって。PTA会長だったときから怪しくて、やっぱりそうだったんだってママ連中が大炎上中で…」


「マジか…すげえな、立つ鳥跡を濁しまくりじゃないか…。下手に知り合いが多いとこんな事になるんだな」


「言っちゃあ悪いけど、それだけ広く浅く顔を売ってた代償?みたいなもんなのかね。俺も客商売だからなあ、今後は気をつけて行こう…」


「それで奥さん、元気なかったのか…。あんなに明るい未来のある詩や俳句を詠める人が、陰のある作品ばかりお出しになるから心配だって…歌詠みの会の皆さんが言ってた。心配だね……」


 八月下旬。

 僕は幼馴染たちと集まって…なじみの居酒屋の座敷で、酒も飲まずに憤っていた。


 井本君、加藤君、鈴木君、屋敷君、向田君、そして…僕。

 前に集まった時は、ここに…啓介も、いた。

 毎年年末とお盆明けには幼なじみで集まって、親交を深めるのが通例だったのだ。


 ―――イモちゃん無事町内会長就任乙!俺も手伝うからさ!パソコンできれば難しくないし!

 ―――啓介が推薦したせいだろ?!まあやるけどさあ!!エクセルとか入れていいんだろうな、俺は手書きで作業とか絶対に…やらん!!つうか、俺はデジタル化を進めるからな!


 ―――やっちゃーん、今度古いファミコン入ったら横流ししてー!!お礼はゲーセン巡りねwでっけーグミあるじゃん、あれ、嫁が好きなんだよー!!取ってやんねーと!!

 ―――買いすぎだろ、お前忙しいのにいつやるのwwwま、ゲーセンは連れてってもらうからな!!俺にもカップ麺とってくれよ?!


 ―――トシはおねーちゃんの尻ばっか追い掛け回してフラフラしてねーでさ、いい加減一途なところを見せないと!俺とイモちゃんを見習え!!嫁はいいぞー!

 ―――いや、決して追い掛け回しているわけでは…街コンに参加してるだけだけど?!俺だって運命のひとに出会いたいって思ってるよ!!


 ―――カトケンとこさあ、庭の木切った方がよくない?全部切って自販機コーナーとか置いたらめちゃくちゃ儲かるって!!

 ―――でもあれは母ちゃんの木だからなあ。

 ―――でもあの柿マズいじゃん!!やっぱ売り物として作ってないから味も薄いし汚いし!!

 ―――いやいや、俺にとってはあの味こそが思い出の味なんだよ!!オメーのいう事なんざ聞かねーかんな!!


 ―――ムッチー、なんかエンジンの調子悪いんだよ、暇な時でいいから見に来てもらえる?

 ―――荷物の積み過ぎだって言ってるだろ?大きい車に乗り換えたら?

 ―――ええー?!バンなのにあれくらい積めねーの?!自動車メーカーとしての企業努力が足りんなあ!!

 ―――ちょwどこのお偉いさんだよwww


 ―――シゲちゃんもそろそろ童貞卒業した方が良いんじゃない?知り合いのやってるソープ紹介しようか?やっぱさあ、人ってのは三大欲を制さないと人生損してんだって!!

 ―――はは、ここまでくると女性に興味が無くなって…あ、男が好きになったというわけではないよ?


 あの時は…話題の中心人物として、メンバー全員を笑わせていた、啓介。


 今日は、怒りと、呆然と、憎しみと、驚愕と…疑念ではない、確固たる不愉快な感情が…あふれ出している。今まで楽しく会話をしてきたエピソードさえ、忌々しいものだったと感じるほどだ。


「あの時さ、俺がいて…シゲちゃんがいて……本当に良かったと思う。あの女、証拠隠滅するために絶対に乗り込んできてたんだよ。あんなに人の目のあるとこでパソコンぶっ壊そうとするなんて、相当だと思うぜ?しかもさ、あのパスワード、女の生年月日だったんだよ。ありえねえって」


 六月に啓介の家で作業をしていた時にやってきた、五人の人物。

 その中にいた、僕たちと同年代の女性は……啓介の不倫相手だったのだ。


 思い出してみればあの日…あの女はおかしな言動をしていた。


 ―――あの、このデジカメ…子供会のやつです、私持っていきますね!

 啓介の私物を勝手に持ち帰ろうとしたり。


 ―――・・・あの!!もしかしたら、私わかるかもしれないんです!

 啓介のパソコンのパスワードに心当たりがあったり。


 ―――あのっ!私、退職したばかりで時間あるんです!私が全部のファイルをまとめてきましょうか?タダでやります、やらせて下さい

 パソコンのデータ処理をやらせろと息巻いたり。


 ―――じゃあ、私運びますね

 重たいパソコン本体をすすんで運ぼうとしたり。


 あの時、僕は几帳面そうな年配男性に、井本君を紹介した。

 井本君は情報処理系の会社でかなりの上役を務めているので、きっと力になると思っての事だった。データ解析やロック解除、ウイルス対策などを行うパソコンのトラブル訪問サービス運営会社が傘下にあり、さらに言えば、井本君自身も自分でパソコンを作れる腕前があったのだ。


 ―――井本さんって…もしかして鏡区の町内会長の?

 ―――確かに…背、高!!!

 ―――ええ、そうです。家内がいつもお世話になりまして…?

 ―――なんだ、いつも奥さんにはお世話になってるよ!!


 井本君は啓介の家から歩いて3分ほどの場所に家があり、ご近所さんだった。その縁で今年無理やり町内会長をやらされて…些か剣呑な雰囲気が流れた事もあったのだ。

 愛する奥さんが町内会の仕事をほぼ引き受けてくれているそうで、ほとんどすることはないと言っていたのだが、奥さんは事あるごとに『うちの旦那はここらでは見ないレベルで背が高いから、後ろのおばあちゃんが見えなくなっちゃうんであんまり来ないようにしてるんですよ』と言って会合に出ていたらしく、もしかしてと思ったらしい。井本君は195センチあるので、目立つのだ。


 紹介してすぐに打ち解けて、その場で名刺を渡して、いつでも困ったら連絡してくださいと言って別れた10分後。


 ―――ごめん、俺ちょっと公民館行ってくるわ!!!


 井本君は呼び出され、慌ただしくどこかに連絡をして…作業を中断して啓介の家を出た。

 そして、車で15分ほどの位置にある公民館に向かい、異様な光景を目にしたのだ。


 なんと、持ち込まれたパソコンが、公民館の絨毯敷きのホールのど真ん中で、破壊されていたのである。


 とりあえずばらけているパソコンをそっと分解しはじめて、しばらくすると…すでに連絡をしておいた近くの営業所で作業中の関連会社の人が到着したそうだ。作業を任せ、破損状況などを調べてもらっている隙に改めて何があったのかを聞いたところ…。


 1,絶対に持ってきたはずのデジカメがないともめはじめて作業がなかなか進まず、いったんそれは置いておいてパソコンに取り掛かりましょうという話になった

 2,電源を入れてパスワードを入力しファイルを開こうとしたその時、誰かが突如パソコンケースにぶつかって、テーブルの上から落ち、火花が散って煙が出た

 3,『貧血でめまいが』と血色のいい女が詫びる中、名刺を交換した人が冷静に電源コードを抜いて井本君に連絡を入れた

 4,気分が悪いなら迎えに来てもらって帰りなさいと言って女の旦那に連絡を入れたら、自分で帰って行った


 話を聞いて、井本君は何かおかしいと思ったそうだ。これは絶対に何かある、このままパソコンをここに置いて行けば、必ずまた同じようなことが起きると考えた。

 検査の結果、落ちたパソコンは電源コードがショートしただけで、ハードディスクは無傷だった。新しいパソコンに接続すればデータは確認できるが、それよりもいろいろと気になるので…専門家に任せて処理をした方が良いと提案したところ、そのままデータの取り出しを正式に依頼されることになり、井本君は仕事として作業を請け負ったのだ。


 とりあえずパソコンデータは井本君が引き受け、その場を去って…啓介の家まで戻り。一時間ほど作業をして、その日は解散になったのだが。


 公民館では、信じられないような展開があったのだ。


 ディスクを公民館のパソコンに入れてみたところ……とんでもないものが、出てきたのである。


 大量に持ち帰ったディスクには、ご丁寧に3月までの全てのデータが記録されていた。

 おそらく、行方不明になってしまったデジカメの中に入っている、誰かが絶対に見られたくないであろう画像や動画も、全て。

 こまめにバックアップを取っていたのだろう。変に神経質な…啓介らしさを感じるざるを得ない。


 ……悪いことはできないものだ。

 連絡を受けて心配して駆けつけた女の旦那立会いの下、ディスクの中身が全て確認された。

 もちろん、他のディスクの中身も…総勢7人の目前で暴かれたのだ。


 大量の名簿、議事録、日程表、電話番号、人についての覚書、愚痴、悪口、写真、動画。

 確認していくたびに…、見る者たちの顔が歪んでいったであろうことは想像に容易い。


 ディスクには、信じられないものまで、しっかりと残されていた。奥さんではない女性たちとの交遊写真、いかがわしい動画。

 一番問題となったのが、女児の写真のフォルダだった。

 娘さんが小学生だった頃に撮ったと思われる、不特定多数の女児の写真がフォルダにたんまりと残されていたのだ。

 どう見ても、啓介の娘ではない、明らかに不自然な女児たちの写真。

 娘さんと映る写真もあったが、多くは…自分の子どもではない他人の子どもの、しかも女児ばかりをとらえた写真と動画だった。


 僕の記憶では…娘さんは中学一年の頃に不登校になっていた、はずだ。その頃…啓介は、思春期は難しいなと、頻繁に愚痴を言っていた。

 だが……おそらく。

 娘さんが不登校になった頃に撮られた、夥しい量の…いかがわしい写真と、動画が、示しているのは。

 憶測でしかないが、娘さんはもしかしたら……啓介の暴走の、被害者なのでは…?


 写真や動画は販売や譲渡、送信などの形跡は一切なく、啓介の個人的な趣味として集められていただけのようだった。盗撮まがいの動画もあったので警察に届けたのだが、啓介はすでに亡くなっており…どうにもできなかった。


 あっという間に…すべてが露呈した。


 事件性があるという事で、各所に警察の調べが入り、奥さんも自宅のパソコンを出したりすることになり大変だったようだ。直接本人から聞いたわけではないが、今日の飲み会で色んなところの情報が入ってきて…正直困惑している。……大丈夫なのだろうか。……心配だ。


 不倫した女は泣いて無理やり脅されたからと訴えていたようだが、後日井本君が抜き出したデータによってそれは否定されている。PTA会長をしていた啓介に執拗に迫っていた、不倫女のメールが丸々残っていたのだ。

 旦那への不満を相談するところから始まって、二人きりで出かけるよう巧みに持ち掛けて、知人に見られてまずい事になったから誰にも見つからない場所で相談したいと持ち掛け、そのままホテルで密会するようになり…こういう事はやめようという啓介に必死で縋りつくメールも、男心をくすぐる扇情的な映像も動画も、全て残っていた。


 メールのやり取りを見る限り、はじめは啓介も、不倫などするつもりはなかったと思われた。だが、人好きで、困っている人を助けずにはいられない…求められたらサービスを上乗せして返してしまう、啓介ならではの展開があったようだ。気分は悪いが、結局他人である不倫女に対しては気を使って…身内である奥さんには微塵も気を使わないという態度を貫いたのだろう。


 不倫した女の旦那さんは地元の郵便局員をしており、啓介と面識もあった人物だ。…非常に寡黙ではあるが穏やかで、信頼のある人物として知られていた。家族思いで、市のイベントにも頻繁に顔を出していたので、信頼は…厚い。女はすべての罪を奔放な啓介と無口で気が利かない旦那になすりつけようとしたらしいが、別れたくないと言うメールがしっかり残されている上に、どう見ても旦那さんには非がないのは一目瞭然だった。しかも、不倫女は……自分の娘の…露出の多い写真を啓介に送っていた。旦那さんが隠しきれない怒りを爆発させてしまうのは当然の事だろう。おそらく、確固たる証拠を突き付けられた不倫妻を擁護するものはこの市内に誰一人いないはずだ。


 啓介が残したデータが巻き起こした、一連の、騒動。

 奥さんには、全く非がない。だというのに、周りが奥さんを…放っておかない。

 興味から、怒りから、やるせなさから…奥さんに向かって、言いたいことを言い放つものも少なくないらしい。


 あまりにも…あまりにも、気の毒で、言葉が出てこない。


 奥さんは、不倫相手を訴えないそうだ。

 啓介は亡くなっているし、今さらという気持ちがあるらしい。


 ……そういう、ものなのだろうか。


 僕には、愛する人に裏切られていたことを…愛する人を奪った憎い相手を…許せない気持ちが、強い。


 ……もしかしたら、奥さんは。

 無気力になってしまって、何も考えられなくなっているのかもしれない。


 ……胸が、痛い。


 僕は、近いうちに…必ず奥さんを尋ねようと思った。



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