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50歳で童貞を捨てた話  作者: しげる


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5/10

何も知らない人と僕

「…お義兄さんたちがどうしても…五月中に全部片づけて欲しいというので、無理を言ってしまって。先月は本当に申し訳ありませんでした。あんなにお世話になったのに…今月も、お世話になります…すみません。あの、お時間は…大丈夫でしょうか。ご都合が悪いようでしたら、断っていただいても…」

「いえいえ、こちらこそ…解体屋さんも電気屋さんも買い換えたい機材がタダでもらえて良かったって言ってましたし、小柳君も屋敷君もずいぶん恩恵に与っているようですし…僕も無趣味で時間を持て余しているので、気にしないでください。自宅もスピーディーに事が収まるといいですね、頑張りましょう」


 ゴミ袋が無くなってしまったので、奥さんにもらいに行ったら深々と頭を下げられてしまい…逆に気を使わせて悪いなと、申し訳ないような気持ちになってしまった。たかが親友の奥さんという親しくもない関係性があるだけで、お宅にまで乗り込んで…ここまで踏み込んでしまってよかったのだろうかと…思わないでも、ない。


 月が変わった6月第1週。

 …僕は今、生前啓介が暮らしていた住宅にお邪魔している。


 先週まで不用品回収とゴミ出しを手伝うために入っていた啓介の実家は、今日から解体作業が開始されるそうだ。詳しいことは聞いていないが、実家は奥さんではなくお兄さんとお姉さんが相続するようで、更地にして売却されるとのことだった。解体と廃材の処分と整地の手配が終わった今、もうあちらに関わる必要はないとのことで…、奥さんの負担はひとつ減ったと思われる。


 ようやく後回しにしていた家の荷物を処分する事になり…今日から友人・その他の協力者が集まって作業にあたることになったのだ。


 50坪ほどの土地に建つ啓介の自宅は、幹線道路から二本ほど入った住宅の多い地域にある。家の前には歩道が完備されていて比較的余裕がある場所なのだが、敷地内にはモノがあふれていて…圧迫感がハンパない。ビルトインタイプのガレージを備えた小さな庭付きの二階建て3LDKには、家の中、外、どこを見ても空いている場所が見当たらない。

 現在は奥さんが一人で住んでいるそうだが、なんというか…階段も物が置かれているような状態で、出入りがかなり不自由そうだなという感想しか出てこない。


 前、ここに来たのは…、今から20年ほど前…確か、娘さんが保育園に通っていた頃で、息子さんの入園が決まったとかなんとか、言っていたような気がする。引っ越し祝いをするというのでお邪魔させてもらって、広いリビングで朝まで飲み食いをして…。

 あの頃は、家の中も庭もスッキリとしていて、何もモノがなかったのに…長い年月は、こうも景観を変えてしまうのだなと思った。うずたかく積まれているマンガ雑誌を段ボールに詰めながら、ペットボトルやビール缶、スイカの皮にケーキの箱…大きなゴミ袋を7つも並べて騒いだ日の事を思い出す。あの時は確か、広いリビングのど真ん中でスイカ割をやって…。


「じゃ、奥さん、俺らは階段が終わったらガレージで作業させてもらいます!いったん車を出して、荷物を空いたところに並べて分別しようかな?ここ、車通り多い?」

「歩道があるから大丈夫だろ。もし苦情が出たら対応すりゃいいんだよ。奥さん、キー持ってくね!!」

「あ、ハイ、お願いします!」


 今日の参加者は、屋敷君と小野君、僕の同僚の小柳君、わりと近所に住んでいる井本君にディーラー勤務の向田君。


 20年前二台車を停めても余裕のあったガレージは、啓介の乗っていた軽自動車がギリギリ収まっている状態で…乗り込むのにも苦労するレベルだ。おそらく、車の中身を出すまでに相当時間がかかると思われる。


 啓介は作業車を所有していたのだが、ミッション車であるため奥さんは運転することができず…処分が決まっている。作業車は向田君の店舗で買ったので、その縁でそのまま処分をお願いする事になり、今日作業にあたってもらう事になった。車の中には膨大な作業道具や部品、ゴミが詰め込まれているので、まずそれをすべて廃棄してから、自動車整備工場に持ち込むのだそうだ。…作業の難航が予想される。


「ごめんくださいー、町内会の宮部ですが!!!」

「こんにちは、このたびは・・・お悔やみ申し上げます」

「なんだこの家は!!汚いなあ、もっと掃除をせんといかんわ!!もう二ヶ月でしょ、奥さんナニやってたの!」

「ちょっとはたさん!!すみませんねえ、お忙しいですもんねえ!!」

「……お邪魔します」


 僕が玄関で大量の靴をゴミ袋に押し込んでいると、開きっ放しの玄関をのぞき込む中高年の集団が現れた。高齢の男性が二人に、年配の女性が一人、僕よりも少し上の世代の男性が一人、同年代の女性が一人。


「こんにちは…。お手数かけます、すみません。足もとが悪いですが、こちらですので…上がってください」


 玄関を埋め尽くしていた作業靴、スニーカーなどをすべてゴミ袋に入れてようやくできた空間に…訪問客の靴が並ぶ。


「…足の踏み場もねえなあ!!うわ、こんなところに議事録が…カレーの汁がついてる、きったねー!!これ、確保ね!!」

「持って帰るものはこの段ボールに入れていきましょう…全部入りますかね?」

「パソコンだけもらっていけばよくないですか?」

「あらやだ、これ敬老会のマイクじゃない…これは相当…なるべく持ち帰った方がよさそうね」

「…もしもし?うん、今ケイちゃんとこ!藤岡さんきた?…うん、データを探る要員がさあ…」


 啓介はあらゆる自治会に顔を出していた。町内会、敬老会、青年会、婦人の会、祭り運営委員会、お子さんが小中学生だったころはPTA会長もやっていたし、市議会議員への立候補も何度も何度も薦められていた。あらゆる集まりのデータ処理をやっていて、啓介がいなくなってしまったことですべての業務が滞り、運営が危ぶまれている団体もあるのだそうだ。

 奥さんに引継ぎを求める人が多く訪ねてきたそうなのだが、パソコンにはロックがかかっておりどうにもならないため…パソコンを丸ごと渡す事にしたのだと、聞いている。


「あの、このデジカメ…子供会のやつです、私持っていきますね!」

「あら、でもそれ婦人会でも使っていたわよ?データが残っているかもしれないから、いったん公民館に持ち込みましょう」

「解析業者も頼まんとな。どこの自治会も金は出せんと言い張りおってからに…完全にノーヒントだと2万かかるってよ!!」


 パソコンが置いてあるのは玄関のすぐ横のリビングなので、いろいろともめている声が丸聞こえだ。あまり聞き耳を立てるものではないなと思うが、未使用の傘などが山のようにあってなかなか処分が追い付かず、聞き流しながら作業を続ける事しかできない。


「奥さん、ロックはずせませんか?パスワードに心当たりなどは?」

「主人はいつも、誕生日を暗証番号にしていました。ゲーム用のものは自分の誕生日ですし、家族の共用パソコンは娘の誕生日ですし。でも…自治会専用パソコンは、誰の誕生日を入れても全部違うみたいで…ロックがはずせないんです」


 …そう言えば、啓介は携帯電話のパスワードはいつも奥さんの誕生日…19730709だったなと思い出す。酔いつぶれて奥さんにメールを送れなくなった時、下戸の僕がいつも頼まれて…携帯のロックを外して謝りのメールを代筆して送っていたのだ……。


「・・・あの!!もしかしたら、私わかるかもしれないんです!なんか、けいさん、元アイドルの末原メグのファンだって言ってて!19740122、入れてみては?!」


 僕と同世代の女性が、話し合う奥さんと年配男性の会話に割り込む。


 啓介が、アイドルファン……?

 イメージないな、そんなことを思ったのだが。


「…あっ!ひらいた、あたりだ!案外ケイちゃんもミーハーだな…」

「うわ、ファイルだらけのデスクトップだな…、日付しかないから全部片っ端から開いて確かめるしか

「あのっ!私、退職したばかりで時間あるんです!私が全部のファイルをまとめてきましょうか?タダでやります、やらせて下さい、啓介さんにはお世話になったから恩返しが

「機密事項もあるものを個人に渡すわけにはいきません。これは役員が立ち会ったうえで厳重に管理します。奥さん、パソコンはこのまま公民館に持ち込んで役員の方で解析させていただいても?もしかしたらプライベートなものも見てしまうかもしれませんが…お預かりしてもいいですか?」


 随分厳格な役員がいるようだ。  

 確かに…個人情報は取り扱いが難しい。かなり慎重なように見えるが、これだけキッチリと線引きをしている人がいるのであれば、おそらく奥さんのプライバシーも守られることが予想できる。…というか、井本君は情報処理系の企業のお偉いさんだから、もしかしたら何か力になってくれそうではあるな…。あとで少し相談してみるか。


「は、はい。あの、私には必要がないので、そちらで処分していただくわけには…処分費は払いますので」

「じゃあオレもらってイイ?俺のパソコンさあ、ウイルスでバカになっちまってよぅ!!」

「小島さん!!すみませんねえ、奥さん…」

「じゃあ、私運びますね」

「女性にこんな重たいもん運ばせるわけにはいかんな!落として壊れちまったら大切なデータがおじゃんになっちまう!お~い、そこの人、ちょっといいかい」


 声をかけられてしまった僕は、作業の手を止めて…パソコンを年配男性の車に積んであげた。


 なぜか大量のCDやハードディスク、書類などまで運ばされて…少々疲労感を増したので、首と肩を回しながら…休憩がてらガレージの様子を見に行くことにした。


「あ、シゲちゃん…ちょっといい?」


 大量の燃えるゴミ袋が積まれたガレージ前で、ゴミを囲んでいる井本君と向田君、屋敷君も両手に何か機材を持ちながらゴミを乗り越えて…こちらに向かって来るのが見えた。


「コレさ…奥さんに渡すか迷ってるんだけど、……どう思う?」


 指差された場所には、…見慣れない、モノが。


「座席の下に仕込んであった感じからすると…隠してたと思うんだよな」

「奥さんと使うなら、隠す必要は……なくね?」


 未開封のものに、使いかけ、バラに、可愛らしく包装されたもの。

 四角い、薄っぺらい…この、物体は。


「スゲーな、啓介現役だったのか…ほら、レシートが今年の3月だ。なんつーか、お盛んだったんだな」

「オレなんざ最後に嫁とヤッタの5年前だぞ…」


 大量の、避妊具。


 僕には縁のなかった、衛生用品だ。

 思わぬところで、生々しい部分を垣間見て…、ひるんでしまった。


「奥さん、車の中のものは全て処分で良いっていってるから、これは…そのまま捨てようよ」


 なるべく目をそちらに向けないよう、冷静を心がけて進言すると…ゴミにもたれかかって手元を動かしていた屋敷君が、慌てた様子で、声を上げた。


「おい、まずい…この小型カメラ、入ってる動画…俺、いけないもん、見ちまった……」


 屋敷君の、手元を……みんなで、のぞき込むと。

 啓介と、奥さんではない女性の、姿が。


 ……女性の、姿が。


「……ここにあるのは、ただのゴミだよ。もう誰も使う事のない、ただの…不要品だろ?」


 極力、気持ちを落ち着かせて、冷静に…言葉を、出す。


 いつ、この場所に…奥さんが来るか、わからない。

 僕は、無言でゴミを…燃えるゴミ袋に突っ込んでいった。


「……そうだな。愛妻家だったし、死後に…奥さんを悲しませること…ないよな」


 向田君も、地面の上に散らばるゴミを鷲掴みにして、次々に燃えるゴミ袋の中に放り込んでいく。


「…愛妻家?こんなんで……?」


 愛妻家仲間だった井本君が…拳をにぎっている。

 ……思うところが、あるのだろう。


「データの入ったマイクロSDカードだけ、抜いとくか……」

「もしかしたら、今後…奥さんにとって必要なものになるかもしれないからな。様子を見て、渡すべきだろう」


 近々、友人たちの間で。

 啓介の印象が…大きく変わるのだろうなという、予感がした。

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