思い出のない人と僕
「奥さん、これは買取できます、捨てないで!ごめんシゲちゃん、このビニールもらっていい?」
「うん、あ、燃えるゴミ袋じゃなくて…透明なやつあるよ。間違えて捨てちゃうといけないからこっちに…」
「てんちょー!!箱のないティーセットどうします?これブランドっすよね?!」
「奥さんこれホントに持ってっていいんですか?けっこうレアなやつですけど」
「私には何の思い入れもないし…、不要なものなので大丈夫です。あの、ごめんなさい、ほこりだらけで…」
啓介の実家の不用品の処分作業にあたるのも、今日で…三回目。
まだまだたくさんのゴミがあるので…、友人の屋敷君とその部下である小野君、僕と職場の同僚、奥さん…計5人で作業を進めている。
不要品の処分の相談を受け初めてここを訪れた日、敷地いっぱいまでせり出してガッツリ積まれているプラケースや木材、廃材に雨ざらしの機材を見上げ…しばし途方にくれた。
たかが自治体のごみ収集所で働いているに過ぎない僕の力だけでは…到底片づけられないであろうことを瞬時に悟り、あまりの状態に思わず言葉を失った事も記憶に新しいのだが、案外何とかなるものなのだなと思う。あの日見た景色が信じられないくらい…玄関前はスッキリとしている。
あの日、僕は、最近『SDGsを意識するように』という勧告及び指示が自治体の方から出ている事を思い出し…リサイクルできそうなものがあれば地元の企業に引き取ってもらえるかもしれないと考えた。
奥さんの話では、高価な機材をはじめ専門工具やツール、部材などもたくさんあるというので、まるっとすべてゴミとして処分するよりも…使えそうなものを引き抜いてもらった方がいいだろうと思ったのだ。とりあえずこの件はいったん預からせてくださいと奥さんに伝え、上司に相談をしてみることにした。
さすがに職員を動員して片付けを手伝う事はできないが、顔なじみの業者に声をかけてみるくらいの事はしてみようという話になって…初日、10人ほど集まってくれた。持ち上がらないような重たい機材も、使い方の分からない工具もどんどん持って行ってくれて…助かった。
作業二回目は、友人たちとその家族に手伝ってもらって、玄関前のゴミを分別した。燃えるゴミが36袋、燃えないゴミが22袋、金属ゴミにビン、缶、ペットボトル、ダンボール…、広い玄関前のスペースが、水色の袋とオレンジ色の袋、透明な袋でいっぱいになった。
月曜、火曜、水曜と奥さんが一人でゴミ出しをしたので、駐車スペースが確保できる程度に場所が空き、作業スペースができてかなり効率が良くなったのは嬉しい誤算だ。玄関横の水道付近に金属ゴミとダンボールが残っているものの…明日あさっての回収でほぼほぼなくなると思われる。
幼馴染の屋敷君はリサイクルショップの店長をしていることもあって、部下を連れて参戦している。最近は工具のリサイクルがずいぶん熱いそうで、かなり汚れたものもどんどん引き取ってくれて作業が進む。
僕の同僚はレトロなものを集めるのが好きなので、今回の話を聞いてぜひ手伝いたいと声を上げてくれた。作業を手伝いつつレアモノをゲットしたいと意気込んでいて、積極的に掃除の手伝いをしてくれるのでとてもありがたい。
奥さんが遺品処分サービスの見積もりを取ったところ、100万を軽く超えるだろうと言われてしまったのだそうだ。とても支払える金額ではないので、自分である程度捨ててから処分業者に入ってもらおうと思っていたのだと聞いた。ゴミ関連で少し印象に残っていた僕に連絡をしたことで思いがけず処分が進み…嬉しいけれども申し訳ない、ご迷惑をかけて心苦しいと何度も頭を下げられている。そのたびに僕は、親友の力になれたらそれが嬉しいのでと返しているのだが、奥さんはとても肩身が狭そうで…気になっている。
予定外に機材を高く買い取ってもらえたので、解体の費用が賄えそうだと聞いて安心した。今日も家の中に入ってみれば…マニアが喜びそうな贈答品や百科事典などがたくさんあって、お金になるものは多そうな見込みだ。屋敷君の方でかなり買い取ってもらえそうだから…余った分は今回手伝った人に商品券を配ると決めているのだという。…ずいぶん律儀で、欲のない人なんだなと思った。
「ははっ、シゲちゃん…これ、小学校の時の写真だよ。啓介、どこに貼ってんの…電話台の裏って…ありえないだろ」
「これは…修学旅行前にみんなで撮ったやつだね。おばさんが貼ったのかも?ほら、ここ…昔おばさんがよく作業してた場所だし」
物が無くなって風景が変わったせいか、時折…かつて自分がよく見ていた光景を思い出す。
住宅地のど真ん中にある、啓介の実家。ここは小学校に一番近くて、皆の拠点となる場所だった。
100坪の敷地に車を4台駐車できるカーポートがあって、いつもおじさんのトラックが停まっていて。その奥に…いつも空きっ放しになっていた横開きのドアがあって、遊びに行くといつもおばさんが広い玄関の中で椅子に座って軽作業をしていて…大きな声で二階にいる啓介を呼んでくれて。
年の離れたお兄さんとお姉さんがいた頃は…時々遊んでもらったり、おやつを作ってもらったりした。現場仕事をしていたおじさんに…時々ユニック車やアッパーなどを使って近くの空き地で高いところの景色を見せてもらった事もある。豪快なおばさんに…カーポートで流しそうめんをやってもらったんだ。大きなビニールプールではしゃいで、穴が開いて大洪水になって……。
今でも友人たちと一緒に盛り上がるような思い出の場所が目の前に広がっているので…懐かしい記憶があふれて…ふとした瞬間に手が止まってしまう。
「…ごめんなさい、立花さん、屋敷さん、皆さん…お疲れですよね。せっかくのお休みの日なのに、こんな…申し訳ないです。あの、来週業者さんに入ってもらうので、全部一緒に…つぶしてもらうので、もう大体でいいですから…」
しまった、ぼんやりと思い出をたどっていたら…奥さんに気を使わせてしまったようだ。
「いえ…疲れた訳ではなくて、この家は…僕にとっても思い出深い場所でして。すみません、思い出があるので、つい…手が止まってしまっただけなんです」
「俺ら、この場所でキャンプをした事もあるんですよ。おじさんが…ずいぶん子供好きな人でねえ。悪いねぇ…思い出があふれてしまって、手が止まりがちに…なっちまう」
言い訳をしながら、休み休み作業を続ける。奥さんはこの家にほとんど入ったことが無いらしく…手元の不要品をてきぱきとゴミ袋に詰め込んでいっている。…人というのは、物に思い出が重なると動きが鈍くなってしまうのだなと思う。
「てんちょー!!こっちの部屋にすごいお宝ある!!これもしかして、店長のやつじゃない?名前書いてあるけど!」
二階のクローゼットの中の衣類を袋に詰めていると、啓介の部屋にいる屋敷君の部下から声がかかった。気になることを聞いたので、屋敷君と一緒に隣の部屋に向かうと…くすんだラグマットの上に、おびただしい量のファミコンカセットが積まれていた。箱あり、箱なし、汚れのひどいもの…いろいろあるが、……その中に。
「…うわ、何これ…アイツ、こんなに借りパクしてたのか……?俺のテニスに、ぽんちゃんのドラクエ、宮脇…?誰だろう。シゲちゃんのさんまの名探偵もあるじゃん」
「すげー!!俺ジャイロロボット初めて現物見た!!これディスクシステムっすよね?!ゲーム…はもうできないだろうなあ…」
僕は、初めて自分のお小遣いで買ったファミコンカセットと…40年ぶりに、対面したのだった。