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50歳で童貞を捨てた話  作者: しげる
3/10

親友の奥さんと僕

『すみません、立花さんもお忙しいのに…』

「いえいえ、いつでも連絡してください。僕はゴミの処理についてはプロなので」


 葬式が終わった週の土曜、啓介の奥さんから電話をもらった。


 参列のお礼と、不要品の処分についての相談だった。

 啓介は自営業を営んでおり、自宅から20分ほど離れた場所にある実家を拠点倉庫にしていた。そこを相続の関係で更地にする事が決まり、残っている機材などをすべて処分しなければならなくなったのだが、どうやって捨てたらいいのかわからず…僕に連絡が来たのだ。


 高校を卒業後、自治体のゴミ処理施設に就職した僕は…今までに何度も啓介からごみの処分の相談を受けていた。奥さんが啓介と一緒に働いていた頃は、廃材をたっぷり載せた軽トラックの助手席に顔を向け…目線だけで挨拶をしたものだ。直接会話をする事も顔を合わせることも無かったが、なんとなくそこにいるという雰囲気だけ感じていた。

 …確か、奥さんのお母さんが近所に引っ越してきて、自営業を手伝う事ができなくなって。以降、見かけたことは無かったように思う。


 久しぶりに会話をした奥さんは、ずいぶん…印象が違っていた。


 奥さんと初めて会話をしたのは、啓介が結婚をした頃…今から25年も前の事だ。

 資金が無いので結婚式はしないということで、籍だけ入れて自宅でパーティーを開く事になり、お邪魔させていただいた。

 駅前の、二階建てのアパート、2LDK。玄関入ってすぐの6畳のリビングに友人たちが集まって…手料理を振舞ってもらった。


 料理が好きだという奥さんの出すものはどれもおいしくて、ずいぶん盛り上がったのを覚えている。和食中心の野菜をふんだんに使ったメニューは僕好みで、結婚っていいものなんだなあと思った。


 啓介は奥さんの弁当をマズイと言っていたが…僕にはそれがいまいち信じられない。おそらく、健康診断でカロリー制限などしなければならなくなった啓介のために…、奥さんがいろいろと工夫をして弁当を作っていたのではないだろうか。自分の好きなメニューじゃないものを食べる時、いつも啓介は…マズイを連発していたように思う。


 ランチ会食の予定だったのだが思いがけず話が弾んで、啓介がいろいろとメニューを追加でお願いして…途中で近所のスーパーまで買いだしに行く事になって。結局昼前から夕方過ぎまでずっと酒を飲み、語らい…一階の人から苦情が来て解散になったのだ。

 修羅場になるとあせったのだが、啓介のコミュニケーション能力の高さが発揮されて…後に一階住人と飲み仲間になったという逸話が残されている。


 あの時奥さんは…終始わがままを言う啓介と対等に渡り合い、少々きつめのツッコミをしては場を盛り上げていた。だから、似たもの夫婦なんだな、お似合いだな、気が強い人なのかなと思っていた。


 その後も何度か顔を合わせたが、いつも忙しそうにしていてほとんど話をする事もなく、簡単な挨拶だけする程度で…交流をした覚えがない。啓介からは、旦那の交友関係に顔を出そうとしないコミュ障で自分勝手な嫁だと聞かされていた。


 だが、電話で話した印象では…、こちらに気を使い、言葉を選びながら話しているように感じた。

 啓介がいなくなったことで意気消沈している事もあるのだろうが、気弱な感じで…自分の都合を押し通そうとしない、他人ファーストとでも言えばいいのか…かなり遠慮しがちなものの言い方が気になった。


 ……どことなく、自分と似通っているような気がした。不満をおくびにも出さず、大人なんだからと飲み込んで…愛想笑いをする僕と同じ空気のようなものを感じたのだ。


 手続きも色々とあるだろうし、わからない事や困惑する事も多いはずだ。不安を胸に、言葉を選んで…僕に負担がかからないよう気を使っているのだろうなと…感じた。


 ……伴侶を失うことで、うつ状態になってしまう人も多いと聞く。職場の上司も、思いがけず奥さんを失くして…ずいぶん落ち込んで。気持ちを切り替える事ができずに退職し、…孤独に人生を終えたことを、思い出してしまった。


 啓介の話を聞いている限りでは、奥さんには友人は無く、親は施設に入っていて意思の疎通が出来ず、娘は遠くに嫁いでいてあてにならず、息子は学生でまだまだ手がかかるらしいから…頼れる人が身近にいないように思う。


 僕が廃品処理の手伝いに行くのは、来週。

 親友が遺していった奥さんを…、少しでもいたわる事ができたら良いのだが。

 そんな事を、思った。


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