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50歳で童貞を捨てた話  作者: しげる
2/10

親友と僕(2)

 親友の通夜葬儀会場には、人があふれていた。


 建物の中に入りきらない弔問客が歩道までせり出しており、整理をする人、車の誘導をする人、かたまって話をする人、バスから降りてきた人などが入り乱れている。大きな幹線道路沿いの斎場ということもあって、道行く一般人の視線を集めている。

 とにかく人が多すぎて…先に来ているはずの友人たちの姿が探せない。恐らく、もう先に席についているとは思うのだが…。斎場の腕章をしている年配男性を見つけたので、声をかけてみることにした。


「あの…すみません、参列したいのですが…」

「あ、列が…あちらが記帳の最後尾になりますので」


 どうしても抜けられない仕事があり…出遅れてしまった僕は、長い参列者の記帳台の列の最後尾に並ぶことになった。…式が終わるまでに、中に入れるだろうか。不安を胸に、黙って順番を待つ。


「まだ50前だぞ…早い、早すぎる!!」

「クッソ…今度一緒に市民祭りのイベントやるっていったじゃないか!!」

「若いのに…死に急ぎおって……」

「……う、ううっ…」

「都築さんのお店の近くの…そう、あの空き地の、雑草のとこ…」

「あのあたりは人通りが少ないから、発見が遅れて…」

「なんであのとき一人で帰したんだ!!」

「そう言えば健康診断の結果が思わしくないっていってたな」

「あんなに健康を自慢してたのに、こんなことになるなんてねえ…」


 列の最後方からざわつく声を拾ってみると、悲しみの声に混じって…いろんなことが聞こえてきた。

 地域の一番大きな斎場のホールは、親友の知人である斎場の経営者が用意したのだそうだ。花も親友の知人が持ってきたらしい。親族用の食事はなじみの寿司屋の人が用意をし、飲み物は仲のいい酒屋のおばちゃんが持ってきたとのこと。明日は市長が来る。司会は地元の有名アナウンサーが担当するようだ…。詳しい死亡原因に、見つかった状況…誰が動いて、どうやって連絡が行き渡ったのか……。


 受付をはじめとする各要所には、ご婦人や年配者、若者がたくさんいる。人の整理をしているのは制服姿の学生…息子さんのご友人たちだろうか。会場内を埋め尽くさんとするのは、老若男女、きちんとした喪服の人にスーツ姿の男性、作業着の人、普段着のおばあちゃん、車椅子に乗ったおじいちゃん…、故人…親友の人脈の広さが伺える。職場から直接こちらに向かい、参列を望む人が少なくない。かくいう自分も、職場から着替える間を惜しんで駆け付けたので…灰色のつなぎを着用している。


 並んでいると、どんどん列が…伸びていく。本当に、人気のある人物だったのだなと…胸が痛む。仮に自分自身の葬儀が行われることになったとしたら…この会場の、受付部分だけですべてが事足りてしまうだろうなと…ぼんやり思った。


「ああ、あれが…言葉を知らない奥さん?」

「…娘さん?へえ、あれが…貯金のない奥さんの代わりにへそくりを…」

「いつも卵焼きを焦がして…まずい弁当が…」

「あんなに大きな息子さんがいらっしゃったかね」

「全然掃除しないんでしょう?掃除ができないから自宅で葬儀ができなかった…」

「初めて見た、あんな顔してるんだ…わりと…」

「コミュ障で人見知り、何もできないって…大変だね、お手伝いしてるお友達の皆さん」

「市議のコネで…そうそう、専業主婦のくせに…へたくそな書道を…」

「座ってるだけとか…もっと挨拶すればいいのに」

「息子さんの部活の…いつもケイさんがやってて、一回も手伝いに来ないサボり魔…」


 列の中ほどで一人黙って並んでいると…あちこちから噂話が聞こえてくる。

 親友を讃える声もあるが、主に聞こえてくるのは、奥さんの…悪口だ。


 ……啓介は、よく奥さんの悪口を言っていた。


 話題豊富な啓介の鉄板ネタは、できの悪い奥さんの愚痴だったのだ。それをいつも面白おかしく発表しては、臨機応変に対応してミラクルをおこした自分のエピソードを・・・声高らかに語っていた。


 ―――いいな、イモちゃんの奥さん料理上手で!俺の嫁はクソマズいもんしか作れないからなあ…

 ―――ま~た嫁がいらんもん買ってきてさ!しかも箱も開けないでおきっぱなしなの!!

 ―――見てみて、これ嫁のちょ~不細工な写真!ウケるっしょ!!


 親友は…とても面白い人ではあったが、デリカシーのないタイプだった。


 普通は軽く流すような…笑う事をためらうような自虐ネタにも、平気でゲラゲラと笑い転げた。物事の裏側を考えず、誰かの出した言葉をそのまま解釈して…謙遜しようものなら、本当にそう思っているのかと考え『もっとうまくなれるって!』などと元気づけたりもしていた。

 気を使って言葉を発するのは不得意で、思ったことを深く考えずに口に出し・・・それが嘘をつかない実直な人という印象を与えていたのだ。


 天真爛漫で能天気、嘘がつけない正直者…、タブーにも臆することなく率直な意見をかぶせていく、子供がそのまま大人になったような人物、それが啓介だった。


 ……学生時代に、クラスメイト達の失敗を面白おかしく語って…ひどく仲間外れにされてしまった啓介の泣き顔を、思い出す。


 小学四年生の学級会議でやり玉に挙げられて以来、親友は誰かの悪口を言ったり失敗をからかう事はなくなり、明るく優しく思いやりにあふれた声をかけるようになって…ぐんぐんと人気を伸ばしていったのだ。そして大人になっても、あの時学んだことを忘れずに…朗らかさと優しさとユーモアを振り撒いて…失言は多いものの、徹底して他人の悪口を言わない人を貫いていた。


 が、結婚をしたころから、身内を下げて笑いを取るようなことが、多くなっていった。初めは24で結婚したことをからかわれ、恥ずかしさのようなものもあって…謙遜するつもりで言い始めたのだと思う。それがいつしか愚痴になり、悪口になり…それを聞いた周りの人は、奥さんの印象をどんどん悪くしていったのだ。


 おそらく…、もともと親友は、悪口を言いたいタイプではあったのだと思う。

 他人を悪く言えば嫌悪感を持たれてしまう…、だから身内を悪く言う事で、日ごろのうっぷんを晴らしていたのだろう。


 奥さんの失敗、お子さんの恥ずかしいエピソード、見てしまった事を後悔するようなひどい写真。正直、ドン引きしている人も少なくなかった。そして、それを咎められるたびに、深くその場で反省をして…ご家族にお土産を用意して帰宅するようなパフォーマンスを見せ付けていたのを思い出す。


 僕は、へらへらと笑う啓介を見るたびに…なんとなく、モヤモヤしていた。


 毎日マズい弁当を持たされる俺の身になってよと言っていたが…毎日弁当を作ってくれるいい奥さんなんじゃないのか?と思った。寝起きを写真で撮られたら誰だって怒ると思った。せっかく奥さんが書いた書を、わざわざ僕が書き直す必要はないのではないかと思った。


 だが、ニコニコと笑顔を向けられると…何も言う事が、できなかった。


 啓介は、自慢の親友で…一番の、理解者で。…僕はいい年をして、啓介の機嫌を損ねて見限られてしまう事を、恐れていたのだ。次の飲み会に、誘われなくなったら…どうしよう。飲み会に呼ばれなくなったら…友達がいなくなってしまうかもしれない。自分から連絡をするのが苦手で、常に誘われる事を待っているような自分には…親友を咎める事は、できなかったのだ。


 記帳を済ませ、焼香をさせてもらった時、久しぶりに…奥さんの姿を、見た。


 前に会ったのは、親友の引っ越し祝いのときだから…もう20年も前の事だ。あの時は大きな体の親友とお似合いの、存在感のある印象を持ったのだが…ずいぶん小柄になってしまったように感じた。


 号泣する人がたくさんいる中…、奥さんが、涙1つこぼさずにお辞儀をしているのを見て。


 …なんとなく、親友の家庭の…知られざる真実を見たような、気がした。


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