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07話 オーズタット・クロップナンス

主人公視点に戻ります。


◇ ◇ ◇



俺とニコが八歳の時、とある貴族が農業指導の為にエンデナ村にやって来た。何でも、特殊な石を粉々に砕いて土に混ぜると作物の育ちが良くなるらしく、国中を周って教えているとの事。その人物こそが俺たちの師匠、オーズタット・クロップナンス伯爵、この国の賢者とされる人だ。


賢者と言っても異世界ラノベみたいな何でも出来て最強!って感じではなく、そうだな、歴史の教科書に出てくる平賀源内? そんなくらいのイメージ。妙なものを作ってみては失敗してまたやり直す。師匠は天才肌ではなく試行錯誤の人だ。そして色々試した中から生まれた代表作が望遠鏡であり、水車や風車、そしてリン鉱石の発見だ。他にも幾つかある。どれも前世では当たり前の物だけど、この世界にとっては画期的で、特に望遠鏡についてはとても高く評価されている。


これまで風魔法を使って遠くの音を聞くことは出来たが見る手段は無かったのを、魔法無しで実現し、オズの魔法と言う言葉が生まれた。更にレンズの概念が広がる事で水魔法を応用した遠見魔法が発明されるに至り、工芸と魔法の両方に貢献したとして子爵から伯爵に上がったと言う話だ。ちなみに工芸とは、前世で言う軽工業を指す。


まあ、水車くらいとっくに誰かが発明してたんじゃないのかと思うけど、この世界は魔法で出来る事は魔法で、魔法で出来ない事は手作業で、って考えが染みついていて、機械を作る発想が乏しいみたい。そういうものは芸術の一種、工芸って括りになっている。そして師匠は工芸、いや、機械技術や自然科学の発展に強い執念を持つ人だ。魔法で出来る事は機械でも出来る世界、それが理想なんだって。


そんな偉い人が村にやって来た訳だが、子供の俺たちには関係なく、むしろ大人たちが皆集会場に集まって居なくなったのを良い事に、二人で内緒の実験を試みていた。



◇ ◇



話はさらに一か月ほど遡る。いつもの様に土を休ませる為に何も植えていない畑で遊んでいると、不意にニコがこんな事を言い出した。


「ねえ、お湯を沸かす時、お鍋の蓋がカタカタ鳴るのって何で?」

「ん? ああ・・」


水が沸騰して水蒸気になると体積が増えて、って言っても分からないよな。どう説明したものか。


「えーと、お湯を沸かすと湯気が出るだろ? あれが蓋を持ち上げようとしてカタカタ鳴るんだよ」

「湯気? あのモワモワっとしたのが固い蓋を持ち上げるの?」

「そう」

「何で?」

「何でって言われても・・湯気って上に登っていくだろ? 蓋があると邪魔だから下から押すんだよ」

「えー? 手で触ると消えちゃうくらい弱いのに、蓋を押したり出来るの?」

「出来るの」

「本当に? でもお母さんは、水の精霊がお湯が沸いたのを教えてくれるからって言ってたよ」


まあ確かに沸騰して気体になった水分子が合図している様なものだから、あながち間違いではない。精霊の存在を否定するのも無粋なのでこう答える。


「湯気には水の精霊の力が宿っていて、その力で蓋を押すんだよ」

「そーなんだ。精霊の力って強いの?」

「湯気が増えればどんどん強くなるよ」

「どれくらい?」


これは圧力計算能力を試されているのかな? 前世で習ったような習っていないような・・どっちにしても説明できないや。


「よく分からない」

「そうなんだ」


その日からからニコはおかしな事を始める。お湯を沸かしている鍋の蓋に石を載せたり手で抑えたり、それを家でやっていたらお母さんに怒られたらしく、遊び場の畑に竈を作るのを手伝わされた。火遊びの方がもっと怒られるのでは。でもニコって一度こうって決めると突き進むタイプだからな。何度も言うが普段は大人しいのに、何かのスイッチが入ると止まらくなる。


仕方が無いので周りに火が移らない様に土を大きく掘って石を並べ、竈っぽい何かを一日かけて作った。


「ふう、一応出来たかな」

「明日、お鍋を持ってくるね」


そして翌日から野外理科実験が始まる。鍋に水を入れて火にかけ、蓋をしてその上に石を置く。だが沸騰し出すと蓋が小刻みに揺れ、石は落ちてしまった。蓋はカタカタと普通に持ち上がる。石を大きくしてみても似たような結果に。置いた場所からだんだんと端にズレて行き、蓋の反対側が持ち上がって水蒸気は逃げてしまう。


「どうやったら湯気が溜まるの?」

「隙間から逃げちゃうからなあ」


なにせ相手は気体。石の有る無しに依らず精密でも何でもない鍋と蓋の接面からも普通に漏れている。圧力鍋じゃないんだからそもそも密閉されていない。石の置き方を変えたり数を変えたり、置く物を変えたりまた石に戻したり。それから何日もの実験と失敗が続いたが、ニコは諦めない。


「うーん。石じゃ駄目だわ」


そして話は師匠が村に来た日に戻る。



◇ ◇



その日、ニコは休耕畑と言う名の実験場に秘密兵器を持って来た。両手に抱えた小さなバケツに入ったその茶色いドロッとした液体は、村の近くの森の奥深い所に生えた珍しい木から採れる、変わった樹液だ。熱を加えると何にでもくっついて頑丈に固まる性質を持っている。前世で言う所のあれだ、確か熱なんとか樹脂って名前だったと思うけど、あの便利樹脂だ。


「お父さんもお母さんも居ないから、全部持って来ちゃった」


バケツをのぞき込む俺にニコはさらっと言う。ニコ、勇気あるなあ。これ絶対後で怒られるヤツだ。


「これをどうするの?」

「こうするの」


ニコは鍋と蓋の隙間に樹液を塗り始める。やっぱりそうするんだ。


「ちょっと待って、先に水を入れないと」

「あ、そうだね」


空気だけ密閉しても仕方が無い。空気も膨張はするけど今はその実験では無い。俺は手順を直させるついでに塗り方もアドバイスする。ニコはただ上から隙間に塗ろうとしていたので、鍋の側面にまで回り込むように塗って、鍋と蓋を樹液で挟み込む様にした。大事な樹液を勝手に使ってきっと今晩は怒られるから、実験できるのは今日だけだ。色々やってみる余裕は無い。


鍋に水を入れ、蓋をして樹液を塗り、火にかける。やがて水は沸騰し・・蓋がカタカタ鳴りだした。見ると樹液が半固体くらいの状態で垂れている。固まりきるより先に沸騰が始まったらしい。あれま。余熱で十分だと思ったんだけどなあ。前世の便利樹脂はドライヤーくらいの熱で固まっていたのに。


バケツに樹液はまだ残っている。もう一回使うとほぼ無くなってしまうが、ここはヤルしか無いか。ラストワンチャン。触れるように一度冷ましてから再度鍋に水を入れ、蓋をしてさっきよりも分厚く樹液を塗り、今度は枝先に移した火を翳して入念に炙る。ガッチリ固まったのを確認してから竈の火へ。後はじっと待つべし。


鍋の中からグツグツと音がし出す。やがて鍋全体がガタガタと小刻みに揺れ出した。見た感じ水蒸気は漏れて無いっぽい。その状態が長く続くと、やがて・・


ズボボボーーーーン!!!!  ガランガラン  ・・カンッ


爆発した。いや、鍋は破裂していないが、轟音と共に蓋が見えなくなるくらい高く吹っ飛んで行き、遠く離れた所に落ちた。鍋自体も反動で明後日の方向に転がって行った。


「・・・」

「・・・」


ニコが驚いた顔で俺を見つめる。俺だって驚いたよ。もっとこう、ポンッってくらいで樹脂が割れると思っていたんだもの。この世界の便利樹脂、固すぎ!


大きな音に大人たちが駆けて来る。


「ニコ、あなたまた!?」

「アル、何があった!?」

「あ、俺の樹液!」


辺り騒然。集会所に居た全員が寄って来たので村のほぼ全人口がこの場に。加えて、小綺麗な服を着た、青みがかった灰色の髪で痩せた背の高い中年男が村人を制して歩み寄って来る。これが俺たちと師匠との出会いだ。


師匠は何が起きたか詳しく話すように言った。両親たちもそうするように命じたので、俺とニコは隠さず全てを話す。途中で幾つか質問が挟まったりしたが、師匠は俺たちの話をきちんと聞いてくれて、最初は驚いた顔だったのが話が進むうちにとても穏やかなものになった。聞き終わると、大人たち、主に俺たちの両親と何やら話し込んでいる。良く分からなかったが「弟子」とか「試す」とかの単語が混じってた様に聞こえた。その場はそれで一段落したらしく、解散して皆家に帰る。帰った後も何故かあまり怒られなかった。その代わりと言うか何と言うか、翌日から俺とニコの毎日は一変した。


朝食を済ませた早々に、昨日の痩せた中年男、つまり師匠に呼び出される。ニコも来ていた。師匠は昨日の実験について改めて詳しく聞き、他にも似たようなことをやらかしていないか、しつこく尋ねた。それから幾つか質問をし、それが終わると今度は何やら宝石の様なものを取り出して、何かを調べていた。


次の日もまた呼び出される。また質問され、俺たちは答える。それが一日中続いた。精神的にかなり疲れたが、師匠の方は満足そうな顔をしていた。そして帰りがけにこんな声をかける。


「君たちの事を暫く見たいと思う。両親にそう伝えなさい」


見たいってどういう事? 俺は家に帰ってそのままの言葉を両親に伝えると、


「そうか、頑張れ」

「アル、しっかりね」


などと励まされた。しっかりって何を?


その次の日も呼び出される。今度は質問は無かった。逆に俺たちの方が質問をする立場に変わった。


この日を境に師匠は俺たちに色々な事を教え始め、分からない事があったら分かるまで質問するように言った。師匠が言うに俺たちが弟子になった日なのだそうだ。てっきり秘技を教わった時だと思っていたけど後からそう聞いた。今を思えば、前の日までの質問は弟子になるためのテストで、それは知識を問う物では無く、考え方を問う物だった様に思う。前世の感覚で答えてしまった部分も多々あったが、むしろそれが気に入られたみたい。ニコも少しは俺に影響されているだろうし、何より鍋爆発事件を起こすまで一か月間も苦労した事がポイントだったらしい。


それから俺たちは文字を教わり、計算を教わり、この国の事を教わり、師匠が作った機械の事を教わった。当然ながら平民の八歳児に拒否権など無い。ちなみに師匠はずっと村に居るのではなく、他の村へ農業指導へ行ってはまた戻って来る形だったが、居ない間もみっちりと宿題を出された。正直、遊んでいる暇も無いのだが、俺はある程度、前世の知識でカバー出来る部分もある。計算、前世で言う算数と数学の中間くらいのレベル、とか。それに比べてニコはさぞ大変だろうと思い、それとなく気遣ってみると、


「宿題、難しいね」

「うん、でも楽しい。アルがいつも色々教えてくれるのも楽しいけど、これも同じくらい楽しい」


嫌がる様子も全く無く、むしろ熱中している様子だった。これはスイッチが入ってるのかな? 実は俺も楽しんでいる。そろそろ畑遊びとは違う事もしたかったし。


そんな日々が一年近く続き、俺とニコは九歳になっていたある日、師匠は俺たちに魔法を教えると言い出した。同時にある課題を出した。



◇ ◇


ここまで読んで頂いた方、ありがとうございます! 

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