06話 医務室
◇×2は場面転換を、◇×3は話者転換を示しています。コロコロ変わってますがご容赦を。
◇ ◇
医務室で俺を見てくれたのは、小柄な老先生だった。老先生は頬の傷を手早く水で洗うと、絆創膏の様な謎物質を貼ってくれた。
「これくらいなら跡も残らんじゃろ。次は背中じゃな。見せなさい。当たったのじゃろ?」
上を脱いで後ろを向く。老先生はささっと触診すると
「骨には異常無いな。なら、これで問題無かろう」
と、湿布の様な謎物質を貼ってくれた。
「いやあ、相変わらずキッシンデント先生は手際が良い」
「ふん、誰かさんのお蔭でこの手の処置には慣れとるでな」
「ははっ」
服を着直している間に、横で見ていたレイ王子と老先生がそんなやり取りを始める。知り合いなのかな?
「お二人はお知り合いで?」
「ああ、先生はついこの間まで王宮の侍医だったのだよ。僕が入学するのと同時にここに転属したのさ」
「へえ」
「要するにお目付け役だよ」
両掌を上に向け、おどけて見せるレイ王子。
「ふん、今の儂は大勢の面倒を見なけれならない校医じゃからな。どこぞのやんちゃ王子だけに構っていられるほど暇では無いのじゃよ」
「はははっ そう言う事にしておきましょう」
「さあ、治療は終ったのじゃから早く行きなさい。儂は忙しいのじゃ」
せかされて俺たちは立ち上がる。
「明日もう一度ここへ来なさい。湿布と絆創膏を取り換えてあげよう」
そのまんま湿布と絆創膏だった。
◇ ◇
医務室から廊下に出ると、丁度いがくり頭と剣士二人組がこっちに向かって来る所だった。
「ジン、ここに来ると思っていたよ」
「ああ、怪我をしていたからな」
レイ王子がいがくり頭の肩を軽く叩く。そして向き直ると、
「さて、全員揃った所で改めて紹介し直そうか。さっきは皆、気が動転していた様だからね。僕は、まあ知っているだろうが、レイナード・ホックフォルテガルド、このホックフォルテガルド王国の第二王子だ。でもここでは学生の一人に過ぎない。気安くレイと呼んでくれたまえ。そしてこっちが」
「ジルビスシン・ガナードロップ。ジンと呼ばれている。」
ガタイが良くて背も高い赤毛のいがくり頭が受け継いだ。そして俺に向かって
「俺からも感謝と謝罪を言わせてくれ。その傷は本来俺が受けるべきものだった」
と、深々と頭を下げた。俺の頭の上の疑問符が見えたのか、レイ王子が補足する。
「ジンは幼い頃からの友人でね。僕の護衛役を自称しているらしいけど、正式に任命された訳ではない。だからジン、君には何の責任も無いんだよ」
「だがしかしっ!」
レイ王子といがくり頭改めジンとの視線が激しくぶつかる。ここはフォローしとかないとマズイかな。
「あ、あの、たいした怪我ではないので」
「・・そうか」
少し間がっあった後、心からホッとした表情をするジン。見たままの熱血漢らしい。
「次は君たちだね」
レイ王子が剣士二人を促す。
「ケイロンド・ノルトポイマーです・・だ。ケイと呼んでくだ・・くれ。本当に済まない事をした!」
長めの茶髪を後ろで束ねた、ジンと同じくらいガタイが良くて背の高い、剣士その一がぎこちなく自己紹介をしてレイ王子に頭を下げ、俺にもう一度ビシッと頭を下げた。続けて、
「セレナバト・ビルフォルデ。僕の事はセットと。君の怪我が軽くて良かった。申し訳ない」
黒髪で少し小柄な剣士その二も同様に二度頭を下げる。後で聞いた話だが、俺にもきちんと謝るべきだとジンに諭されたそうだ。王子にばかり気が行って俺の事は目に入っていなかったらしい。気持ちは分かる。
「た、たいした怪我ではないので・・」
二人の勢いに押されつつもフォローする俺。レイ王子も手で二人を制している。表情は笑顔だ。怒っている様子は微塵も無い。
「最後は君だね。君の事も皆知っているだろうけど」
俺の番か。皆知っている・・っぽかったなあ、確かに講堂の時から。
「アルバス・エンデナ。エンデナ村から来た。アルって呼んでくれ」
ふう、タメ口にもちょっと慣れてきたぞ。
「皆宜しく頼むよ。このまま廊下で話し込むのも何だから食堂へ行こうじゃないか。そろそろ良い時間だしね」
と、王子が歩き出すので俺たちも付いて行く。どうにも振り回され気味だが皆悪い奴では無さそうだ。
◇ ◇ ◇
ふむ、やはり転属を願って正解じゃったな。やんちゃ王子め、入学早々医務室に来たと思ったら、あのクロップナンスの弟子の片割れを連れて来おった。しかも廊下からの声を聞くに、新しいご友人は他にも出来た様子じゃな。なんと手の早い。やはり見ていて飽きないお方じゃ。
お目付け役も内々に承ってはいるが、それが無くとも儂は王子のやんちゃぶりを見るのが一番の趣味じゃからな。
◇ ◇ ◇
アルはあれっきり戻ってこない。わたしの事が心配じゃないの? 心配要らないけど。でも、もうすぐお昼だよ、一緒に食べるつもりだったのに、どこに行っちゃったの。
「そろそろですわね。行きましょうか」
フェルが立ち上がる。四人でお昼になるのかな。わたしはそれでも良いけど、アルは一人で食べるのかな。でもアルが悪いんだからね。
わたしたちは食堂へ向かう。わたしとフェル、それから黒髪のロングヘアで凄くスタイルが良くて背も高い、リサ、エリザベート・ハイロスフェルト伯爵令嬢と、金髪寄りの赤毛でセミロングの、私と同じくらいの背格好のリリィ、リリアナ・ソルンベキア子爵令嬢との四人で。
食堂の前まで来た時、ちょうど反対側から男の人の集団もやって来て、その中にアルが居るのを見つけた。わたしがアルに声をかけようとする前に、フェルが男の人たちの一人と話し出す。
「あら、レイ」
「やあフェル、奇遇だね。せっかくだからご一緒に食事でもいかがかな?」
「ぷっ、奇遇って、ここ食堂ですわよ、食事でもって、ぷぷぷ、くくく、」
フェルは何故だか必死に笑いを堪えている。ツボに嵌るってこういう事なのね。相手の人はレイナード王子? 新入生代表の。王子と気軽に話せるなんて、さすが侯爵令嬢だわ。仲も良さそう。それにしてもアル、わたしの事をほったらかして男の人同士で遊んでいたの!?
フェルたちの会話を邪魔しないように、黙ってじっとアルの目を睨み付けた。
◇ ◇ ◇
食堂の前まで来た時、覚えのある金髪縦ロールが見えた。黒髪ロングのグラマラス美人と、朱色の髪で小柄な眼鏡を掛けた美人、そしてニコも居た。これまで自分の事で一杯で、ニコを放って置いてしまった事に今更気が付く。やべえ、後で怒られるかな。でも何だかニコと他の三人とは馴染んでいる雰囲気だし、心配無かったのかも。或いは戦い終えて友情が芽生えるパターンとか。などと思っていると、レイ王子が金髪縦ロールと話を始めた。彼女とも知り合いなのか。ニコもこちらに気が付いて目が合う。その目は、私は大丈夫だよ、って言っている様だった。力強さを感じる。
結局俺たちは金髪縦ロール組とも一緒に食卓の長テーブルに着く。ともかくニコと合流出来たならそれで良しだ。王族貴族を差し置いて二人で話を始めるのも気が引けたので、お互いの事情はまだ分かっていない。いくら友人と言われても、無神経に前に出られるほど俺は鈍感じゃない。そういえば、席に着く前にニコに肘で小突かれたけど、あれはどういう意味だったのだろう?
「見事なものだねフェル、動きが早い。もうオーズタットの弟子を傍らに置いているとは」
「貴方に言われたくは無いですわね、レイ」
一通りの自己紹介の後、会話の中心はやはりこの二人だ。
「僕の場合はほんの偶然がなせる業だったのだが、君はどんな魔法を使ったんだい?」
「魔法なんて使ってませんわよ。ただ、貴方が入学前に仰っていた事をそのまま言葉にしただけですわ」
「僕の言っていた事? ああ、オーズタットの弟子と友人になれたらきっと楽しいだろう、とは言ったかな」
「言いましたわ。だからわたくしもあなたに倣ってみましたの。わたくし自身がこの学園生活を楽しむために」
「なるほど。それで当のニコ嬢の方はどうだい? この学園を楽しめそうかい?」
レイ王子は急にニコに向かって問いかけた。
「は、はい! 楽しめると思います」
「それは何より」
ニコはびっくりしながらもはっきりと答えた。そうか、四人で友達同士になったのか。良かった。
「あ、あの」
ニコがさらに何かを言おうとする。
「ん?なにかね?」
「お二人はどういうご関係なんですか」
それ俺も聞きたい! ニコ、勇気あるなあ! 昔からニコって突然とんでもない事をするんだよな。普段は本当に大人しい美少女なのに。
「そうだな。古い友人・・だった関係かな」
「だった?」
「今は婚約者さ」
「レイ!?」
縦ロール改めフェル嬢が止めようとするが、レイ王子は気にしない。
「良いじゃないか、もうだいぶ知れ渡っている事さ。正式な発表はここを卒業してからだがね。婚約者に内定というのが正確な言い方かな。正式に婚約者となれば僕とともに公務に就く事になり、友人だった彼女は僕の人生のパートナー兼仕事のパートナー、という関係になる。今はその途中と言った所かな」
「そ、そうなんですか・・」
予想外の答えにニコも戸惑っている。でも王族や貴族なら、学生のうちに婚約が決まる事も在り得るか。前世の知識がある俺は多少驚いたもののすぐ腑に落ちた。村の常識しか知らないニコはそれ以上言葉が出なくなって俯いてしまった。
「僕らの事よりも、君たちの事を聞かせておくれよ。あれだけ弟子を取りたがらなかったオーズタットと、君たちの関係をさ」
レイ王子が俺に話を振る。出会ったばかりでどこまで信用して良いのか分からないが、俺はエンデナ村での出来事を話すことにした。
いや別に、俺が転生者である事と、もう一つの事を除いては、秘密にする理由も無いんだけどね。
◇ ◇ ◇
婚約? わたしたちまだ十五歳で、学生だよ? 貴族ってそういうものなの? それともこの二人が特別なの? 婚約とか結婚とか、遠い先の話としてなんとなく考えた事しか無いわ。それがこの二人にとってはもう決まった事なんだ。
わたしはふと、フェルが最初に言った言葉を思い出す。この学園生活を思い切り楽しみたいって、そういう事なのね。王室に入れば、それはとても凄い事だけど、きっと・・。
わたしはなんだか寂しい気持ちになっていた。ううん、学園生活は二年もある。私もフェルも、思い切り楽しめるように頑張ろう。せっかくお友達になったのだから。わたしはまた両拳をぐっと握って顔を上げると、いつの間にかその場はエンデナ村の話題に変わっていて、アルが村での事を話し始めていた。
◇ ◇ ◇
ここまで読んで頂いた方、ありがとうございます! ちょっと長くなってしまいました。途中で切った方が良かったかな?