38話 北の市場
定時更新です。
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いやあ、夕べの魚料理は美味かったなあ。さすが自慢するだけはある。さてさて、今日から諸々調査だ。まず最初は連合国の案内で油田の視察へ向かった。ここまでは全員一緒だ。
着いてみると、思っていたのと大分違う。石油と言えば井戸を深く掘削するイメージだが、ここでは自然に湧き出る石油を”汲む”と言った感じだ。山の麓の、林の中に、小さな黒い沼が点在していた。そこへ桶をもって裸足で入って行くのだそうだ。
「如何でしょう。この様な油田が他にいくつも御座います」
「ふむ、思っていたより素朴な光景ですね」
レイ王子が、俺が思ったのと同じ感想を述べる。
「少し採って参りましょう。お待ち下さい」
そう言うと、モントール国王は靴を脱いで桶を片手に石油の沼に足を入れた。なんて気さくな王様だろう。同行していた連合国の役人らしき人達は目を丸くしていた様だったけど、王様は全く気にする様子も無く、桶に半分ほど入った石油を持ち帰って来た。二リットルくらいかな。鼻を突く独特の匂いがする。
「このまま使えるのですか?」
「ええ、この様に」
桶からひと匙ほど石油を掬って小皿に乗せる。そこに火を着けると・・オレンジ色の炎がフワッと立ち昇った。炎は小さすぎる事も激しすぎる事も無く、小さめの薪を燃やすのと同じくらいの強さで揺らめいている。
◇ ◇
移動して別の油田へ。そこでも同様の石油が取れる事を確認した後、レイ王子たちと別れた。俺たちのやる事は三つ。石油の確認、カラクリ工芸の需要、そして魔王・・石油は見たから次はどちらにするか。やっぱ魔王は後回しだよな。となると需要調査か。何すれば良いんだ?
「さて、どうするか」
俺より先にケイが切り出す。
「市場に行けば良いんじゃないかしら。この国の人たちがどういう物を使ってどういう暮らしをしているか、お店で売っている物を見れば分かると思うわ」
「そうですね、それが良いかもしれません」
「さすがリリィ」
「決まりだね」
そんな訳で、街に出て、通りすがりの人に市場の場所を聞く。周りの人たちとは微妙に雰囲気の違う服装で、全員が全員剣を履いている、特に女子も皆剣を履いている一行に、ちょっと驚いていたけど、親切に教えてくれた。ちなみに、連合国の人は付いて来ていない。監視されるでも案内されるでも無く、俺たちは好きに行動して良い事になっている。
市場には直ぐに着いた。なにしろ小さな街なので、移動に時間がかからない。このモントールの王都は人口わずか一万人。五倍しても東京ドームを満員に出来ない。五十万人が住む我が王都とは規模がまるで違う。が、その割には賑わっている。コンパクトに纏まっている街らしい。
「おや? 旅の人かい? あまり見ない格好だね。是非見て行っておくれよ。新鮮なのが沢山入ってるよ! 捕れたてだよ!」
市場の通りに入ると直ぐに声をかけられた。どうやら魚屋らしい。銀色に光る、如何にも北の海の身が引き締まっていそうな魚が並んでいる。結構大きいのもあるな。あれは鮭かな? ふと立ち止まると、店のおかみさんが手招きしながら試食用の切り身を出してくれた。え? 生のままで? と、他の皆は躊躇していた様だったが、俺は思わず反射的に食べてしまった。だって見るからに美味そうな刺身だったんだもの。
「どうだい、美味いだろう?」
「はい」
刺身なんて食べるのは前世以来だ。感激でちょっと泣きそうになる。
「気に入ったみたいだね。一匹どうだい? それだけ人数が居たら一匹じゃ足りないかね?」
おかみさんが大きな鮭をぐいっと持ち上げて見せる。
「いえ、食事は用意してもらえる事になっているので・・」
「そうかい? それは残念だねえ」
「ほんとに美味しかったです。これで醤油が有ればなお美味かっただろうなあ」
「ごめんよ、醤油は今切らしてて」
「え?」
「そうだ、持って帰るのが無理なら、良い店を紹介してあげる。うちが魚を卸してる料理屋でね、刺身醤油もちゃんと置いてあるから、そこで食べてお行きよ」
「へえ、そんな店が・・・・・って、醤油有るんかい!!!!!!」
「うわ、びっくりした。アル、どうしたの?」
後ろから覗き込んでいたニコが仰け反っている。つい大声で叫んでしまった。この世界には無いと思っていた、話の流れ的に何時か俺が作らないといけないと思い込んでいた醤油が、この世界に既に有ったとは!! 聞けば連合国の一番東のサイザル国が、更に東に有る国から輸入しているんだって。どのご家庭の食卓にも、とまではいかなくとも、そう珍しい物では無いらしい。
「おいおい、どうしたんだよ」
「生の魚を食べて頭がおかしくなったのかしら」
「その可能性は否定できません」
「なんだ君は醤油が欲しかったのか」
「驚いたよ、急に大声を出すから」
遠巻きに見ていた他の皆も寄って来る。ってちょっと待て、一人聞き捨てならい事を言っているぞ。
「あ、あのさ、マギー」
「なんだ」
「もしかして君は醤油の事を知っていたの?」
「山向こうでそんなものを料理で使っていると、聞いた事が有る。遥か東から運んで来ているとは知らなかったが」
「なんで教えてくれなかったんんだよーーー」
「君が聞かなかったからだろう」
「うう」
まあ、こうして分かったから良しとするか。買って帰れるかなあ。て言うか、北の国の事を「山向こう」って言うんだね。ともかくその料理屋とやらに行ってみよう。俺が知ってる醤油と同じ物なのか確かめなければ。
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ここまで読んで頂いた方、ありがとうございます! 続きはまた来週。




