36話 越境
◇×2は場面転換を、◇×3は話者転換を示しています。
◇ ◇
鉄道は、王都から暫くは真東に進み、そこからカーブを描きながら北へと伸びて行く。その建設現場をずっと横目に見ながら、王国最北の地までやって来た。結構遠かったなあ。エンデナ村程では無いにしろ、気軽に往来出来る距離ではない。
領主の屋敷に着くと、トレンブルハール騎士爵とマギーが俺たちを出迎えた。
「ようこそお越しくださいました」
「また世話になるよ」
「さあどうぞ中へ」
騎士爵が恭しくレイ王子を案内する。俺たちも後に続いた。灰色の石造りで青みがかった屋根の屋敷は十分に立派で、落ち着いた雰囲気が周りの景色にマッチしている。背後には、青黒い山脈が大迫力で聳え立っていた。
「この山を越えていくのかあ」
思わず声が出る。
「大変だぞ」
マギーが何故か自慢げに言う。追加メンバーと言うのは彼の事だろう。
「君も行くんだよね?」
「当然だ。僕が案内する事になっている」
「そっか。宜しくね」
「ああ」
「それよりさ」
「何だ」
「俺の事よりもリサ嬢を気にかけなくて良いの?」
「ちゃんと気にかけている」
「そうなんだ」
ほんとかよって突っ込みたくなるのを我慢して、屋敷の中に入る。こんな時くらい、遠巻きに見てないで前に出れば良いのに。まあ、そういう性格なのは知ってるし、他人の事をあまり言えないけど。
◇ ◇
翌朝、俺たちは直ぐに出発した。騎士爵はもう何日か滞在して欲しい様子だったが、先を急ぐ。一行にマギーが加わり、更に山に慣れた領民を案内役と世話役に雇い、十数名の大所帯だ。て言うか、マギーが案内するんじゃないんかい。案内役に案内させる役? ともあれ、早朝の林道へ入って行く。ある程度整地はされているが、馬車は通れないので、徒歩と荷馬で連なって進む。
「慌ただしい出発で、少し申し訳無いですわね」
「帰りに寄った時は何日かゆっくりさせて貰う事にするよ」
「是非そうして下さい。温泉にもご案内したいですから」
「温泉? 温泉が有るの?」
「ああ、屋敷の風呂も汲んで来た温泉を沸かしたものだ。だがせっかくなら広い露天風呂に入って貰いたい。我が領の自慢だからな」
「まじか! 露店風呂か! やったぜ! ついに! 温、泉、回、だっ!!」
「アルがまた変な事言ってる!」
「海でも似た様な事を言ってたわね」
「そうなのですか?」
「うん、言ってた!」
北での用事はさっさと済ませるとしよう。その為にも、早く向こうに着きたいのだが、道のりは遠かった。昼休憩を挟み、さらに登っていく。坂はそんなに急でも無く、歩き易い道ではあるけれど、一向に着く気配が無い。何度か小休止を挟み更に進む。陽も少し傾いて来た。
ウオーーーーーーーーーン
何処からか狼の遠吠えが聞こえて来る。そりゃ居るよなあ。自然豊かな山だもの。鹿とかも立派なのが沢山居る。夕ベ食べた鹿の燻製肉、美味かったなあ。製法がこの地方独特なのか、食べた事のない味と香りだった。しかし、このまま夜になってしまったら、食われるのは俺達の方かも知れない。
「見えて来ましたよ。もうすぐです」
先頭を歩いていた案内役の領民が教えてくれた。少し進むと見えて来る。丸太を組んで作ってある、そこそこ立派な、山小屋が。今日はここで一泊するのだ。国境越えは、まだ先だった。
北の国との交易が、今迄殆んど無かった原因の一つがこれだ。道は通じていても、一日では峠を越える事が出来ないのである。狼のテリトリーで夜を明かさなければならない。護衛を雇って野営する方法もあるけれど、馬車が通れない山道では運べる荷物も限られて、商売として元が取れないと言う訳だ。
まあ、一番大きな原因が、必要が無かったから、と言う、身も蓋も無い話なのはさておき、国境警備を殆ど気にしなくて良いくらい、峠を越えて移動する人間など居なかったのである。一応、トレンブルハール領には軍の一部が駐屯しているが、山中を警備する様な事はせず、山から降りて来る人間を麓でチェックするだけらしい。
「いやあ、疲れたー」
ともあれ、今日はここまでだ。小屋の中の、山奥にしてはそこそこ立派なソーファーに倒れ込み、パンパンに張った足を摩る。
「そうか? もっと険しい道かと思ってたぜ」
「そうだね。思っていたより歩くのが楽だったね」
「大分整備したからな。以前はもっと細くて荒れた道だった。この小屋も、最近建てたんだ」
「まさか俺たちの為に??」
「そんな訳無いだろう。ここはパイプライン建設の為の宿泊施設だ」
「なるほど、それで三つも小屋があるんだね」
「少し行った所にもう一つある。全部で五十人以上泊まれるはずだ」
「へええ」
計画では、連合国側の麓から峠を越えてトレンブルハール領までパイプラインで結んで石油を運ぶ事になっている。石油の運搬はそれで目途が付いているが、実はこちらから輸出する商品をどう運ぶかは結論が出ていない。最悪は人が担いで行くのかも。ちょっと大変そう。
「何にしろベッドで寝られるのはありがてえ。感謝するぜ」
「ほんとだね」
「感謝なら僕じゃなくて父にしてくれ」
「君はブレないなあ」
◇ ◇ ◇
山の中を沢山歩いて、今日は丸太で作った家にお泊り。建物の中だけど、なんだかちょっとだけ野営しているみたいな気分にもなる。食事の後、割り当てられた寝室へ。部屋の中にはベッドが四つ置いてあって、フェルとリサとリリィと、眠くなるまでお話をした。
「まだ遠吠えが聞こえますわね」
「小屋の中に居れば問題ないでしょう」
「ニコは狼を実際に見た事があるんだっけ?」
「うん。村に居た頃、森の奥で」
「襲われなかったのですか?」
「平気だったよ。一匹だけだったし、遠くの方だったし、アルも一緒だったから」
「本当にいつも一緒に居たのね。だからああなのかしら」
「?」
「私、もう少し二人の関係を進めた方が良いと思うのよねえ。就職したら新しい出会いもあるだろうし、王都では平民の夫婦って殆どが職場結婚って聞いたわよ」
「今のままでも本人が幸せそうなんだから、それで宜しいのではなくて?」
フェルとリリィが苦笑いを見せる。リサは小首をかしげていた。わたし、何か変な事を言ったかな。
◇ ◇ ◇
ここまで読んで頂いた方、ありがとうございます! 続きはまた来週。




