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35話 北へ

定時更新です。◇×2は場面転換を、◇×3は話者転換を示しています。


◇ ◇



九月末、俺はキッシンデント先生の、補習と言う名の特訓を受けていた。


「ほれ、縫い目が曲がっとるぞい」

「すみません」


ここ一週間、俺は猪や鹿の皮や内蔵と葛藤していた。来月予定されている外科実習を受けられない為、特別に今教わっているのだ。包帯の巻き方から骨折の処置や縫合に至るまで。


「もっと正確に、直角に針を刺さんか」

「は、はい。こうですか?」

「そうじゃ。やれば出来るではないか」

「ありがとうございます」

「ふむ。それだけ小さな物が縫えれば大抵のものは処置できるじゃろ」

「あの、今更なんですけど」

「なんじゃ?」

「どうして俺だけ補習なんですか?」

「お前さんが一番暇そうだからじゃよ」

「酷い・・」

「異国の地で何があるか分からんからな。一人くらい処置できる者がおらんといかんじゃろ」


あれ? 表向きは至って平和な外交使節なんだけど。もしかして先生も、もう一つの目的を知っているのかな。


「北の国にも医者くらい居ると思いますが」

「そうかもしれんな。そうそう、これも持って行くが良い」


ドサッ


「これ、全部?」

「人数がそれなりにおるからな。足りなくなったら現地で作るんじゃぞ。作り方は覚えておるな?」

「そりゃ覚えてますけど・・」


大量の湿布を持たされてしまった。荷物が重くなるのは嫌だなあ。て言うか、これ絶対余るって!!



◇ ◇



十月になり、王都から物々しい装備の一団が魔の森へと入って行った。第一王子が指揮する、騎士団の半分と軍の一部の混成部隊は、一般向けには森での合同野営訓練と通達されていたが、実際は森の深部への調査隊だった。去年の調査よりも、ずっと奥まで行くらしい。


角熊だけなら様子見を続けるつもりだったのが、海月、火熊、西の国や北の国の噂、不審な事が幾つも重なって、王宮は本格的に対処する事に舵を切った。レイ王子率いる、北への外交団と言う名の魔王調査隊と連動した動きになっている。そう聞いた。


「あれってレイが指揮するって言ってなかった?」

「僕の体は一つしか無いからね。兄弟で役割分担って訳さ。兄上が居ない間の軍の統率が難点だったが、父上が担う事で落ち着いたよ。内政は、少しの間なら文官たちに任せても問題無いだろうからね。まあ、適材低所さ」

「やっぱり軍はしっかり見ていないと危ないの? その、反乱とか」

「ん? ああ、違う違う。指揮系統を一本化するのと、有事の際に王族が指揮している方が、その場で色々決める事が出来るからね。貴族の指揮官では同じ位階同士で意見が割れたり、王宮にお伺いを立てないとならないだろ? 一刻を争う時、それでは困るじゃないか」

「なるほど」

「今の時代、隣国との戦争はまず有り得ないが、災害対応も軍の重要な役目だ。時間の為に民の命を犠牲にする訳にはいかないからね。ついこの間も北で土砂災害が有ったし、その前は南で川の氾濫が有った。元々は再び起こるかもしれない魔獣戦争に備えた組織で、今もそれは変わらないが、出来る事なら彼らが災害から民の命を救う英雄である時代がずっと続くと良いと、僕は思っているよ」

「そうなんだ。・・俺もそう思うよ」

「さて、軍の事は父上にお任せして、そろそろ出立しようじゃないか」


俺たちは馬車に分乗して、一路北へと向かった。外交団のメンバーは・・いつもの九人だった。全員、俺と同じ様に学園から課題を出され、全員レイ王子から真の目的も聞いている。多少の危険も有るかもしれないが、多少の危険は共に潜り抜けて来た頼もしいメンバーだ。


「ねえ、北の国のお魚ってすごく美味しいんだって! 楽しみだね!」

「・・・」

「アルは食べたくないの?」

「食べたくない訳じゃないけど」


頼もしいけど、緊張感が無いなあ。


「あ、見て、あれ線路だよね?」


馬車が通る街道から少し離れた所を沿う様に、石垣が断続的に続いている。鉄道は全線高架で通す予定なので、橋桁だろうか。俺が提案がてらに師匠の家の庭に作った模型は、盛り土で単線の簡素な物だったが、師匠が言うには、盛り土で土地を分断してしまうと人や動物が横切る事が出来なくなって宜しくないそうで、高架で複線を敷く事になった。ポイントの仕組みも俺が言う前に師匠が自力で作ってしまった。水車に付随して水流を切り替える仕組みの応用だって言ってたけど、つくづく凄い人だ。しかし、もう工事がこんなに進んでるのか。土魔法全開の土木工事ってチートだね。


「鉄道が出来たら、北のお魚もすぐに食べに行けるね」


国の未来の経済を決める一大外交と、世界を揺るがしかねない魔王の存在が、俺たちの調査に懸かっていると言うのに、全く持って緊張感が無い。


「なあ、本当に魔王が居たら怖く無いか?」

「アルと一緒なら怖く無いよ!」

「ニコ・・」

「えへへー」

「俺はちょっと怖い」

「えーーーーー」

「コホン、貴方たち、イチャつくなら二人の時にしてくださるかしら」

「イチャついてる訳では・・」

「フェルも一緒だから怖く無いよ!」

「・・全く、調子が良いんですから。でもわたくし達は一緒じゃないですわよ」

「え?」

「あれ、言わなかったかい? 僕とフェルは連合国のお歴々に付き合わなければならないからね。あまり動き回れないのさ」

「そうなんだ。リリィは? リサは?」

「僕と同行するのはフェルとジン。後は君たちと一緒だ。それと、もう一人、加わる予定だよ」

「ふーん」

「それで、もし魔王に出くわしたら、どうすれば良いんだ?」

「全力で、全員無事に、逃げてくれ」

「逃げて良いの?」

「勿論だよ。出来ればどういう存在なのか、分かるに越した事は無いけれど、君たちの安全が第一だ。それに、何も直接会う必要までは無い。存在が確認出来れば、あるいは存在しないと確認できれば、今回の任務は完了だ」

「存在しない確認って難しく無いか?」

「君たちが十分に調査して、それで見つからなければ、居ないって事さ」

「そんなんで良いのかなあ」

「それ以上の事は出来ないんだから、それで良いんだよ」



◇ ◇ ◇



「こっちの馬車は四人だから、少し広く使えるね」

「そうだな」

「私、ニコとお話したかったな」

「移動の間だけです。向こうに着けば時間は幾らでも有るでしょう」

「リサは向こうに着くのが楽しみ?」

「?」

「まあ良いわ」

「それで、魔王ってのは何なんだ?」

「リリィは色々調べていたけど、魔王については何か知ってる?」

「いいえ。私が調べていたのは魔獣の事だけよ。魔王なんて聞いた事が無いわ」

「私は聞いた事が有ります」

「「え!?」」

「昔、魔獣戦争の頃、魔獣を統率する魔王が居るのではないか、と唱えた人が居たそうです」

「その話なら俺も聞いた事がある。東の連中だろ?」

「どういう事?」

「つまりだ、魔獣が人間を襲うのは、魔王がけしかけているからに違いない、魔王なんかには勝てっこない、そう信じた連中が、山脈の向こうまで逃げて、あの国を作ったんだ」

「あの砂漠の国?」

「ああ」

「へえ、それは僕も知らなかったよ。戦争から逃げて行った人たちが作った国と言うのは授業にも出て来たけど、魔王が理由だったなんてね」

「あくまでそうした説が有ると言う話です。実際の所はあの国の王にでも聞かないと分かりません。いずれにしろ人間が戦争に勝利し、結局魔王など居なかった訳です」

「もしかして、その時の魔王が生き残っていて、今になって現れたと言う事なのかしら。でもそれだと昔の文献に一切記述が無いのがおかしいわ」

「そうですね。そんなに長く生きられるのかも疑問です」

「俺も同感だ。生きてたら今何歳だよ。魔獣戦争の頃なら、人の不安がそんな話を生む事も有るかもしれない。実際に魔王とやらが居たのかもしれない。だけど今の時代に魔王って何なんだよ。何者だ? また戦争がしたいのか? 何の為に?」

「人間を滅ぼす為、かしら?」

「滅ぼして何がしたいんだよ。だいたい、昔より魔法も発達して、城壁も町も大きくなって、軍隊だって整備してる。もう一回やったって人間が勝つだろ」

「そうですね。しかし目的が分からない事自体が脅威かもしれません」

「脅威になんてならねーよ!」

「でも、戦争になったら、命を落とす人だって・・」

「まあまあ、居るのか居ないのか分からない魔王の為に僕らが言い争う事もないよ」

「・・そうだな、すまん。ちと熱くなった」

「いえ、最悪の事態でも、対応できる前提は大事です」

「そうね。もし本当に魔王が居たら人間は滅ぶしかない、なんて前提じゃ、こんな調査はやる意味が無いわね」

「ああ、最悪になっても、勝率を上げる為、いや、損害を最小限にする為の調査って考え方が良いんじゃないか」

「賛成だわ」

「そうだね」



◇ ◇ ◇


ここまで読んで頂いた方、ありがとうございます! 

来週はお休みを頂きます。続きはまた再来週。

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