26話 春期休暇2
◇×2は場面転換を、◇×3は話者転換を示しています。今回はリリィ視点です。
◇ ◇ ◇
春期休暇を使って、私は遥々トレンブルハール領までやって来た。学術発表会に選ばれたのは光栄だったけど、結局核心に触れる事が出来ないままに終わってしまった。悔いが残り続けた。
年が明けてもずっと元気が無かった私に、ある日リサが家からこっそり持ち出してきた書きかけの書類を見せてくれた。何か怪しい。私は自分の直感を信じて、王都から北に遠く離れたこの地までやって来た。ずっと一生懸命手伝ってくれたニコが居ないのがちょっと寂しいけれど、フェルにリサ、それにレイとジンも付いて来てくれて、とても心強い。
「はあ、やっと着いたわね」
まだ雪がちらほら残る街道を抜け、背後に白く高くそびえる山脈を控えた領主の屋敷にようやく辿り着くと、私は安堵と疲労の混じった息を吐く。その息は少し白かった。
「ようこそ。お待ちしておりました。さあどうぞ中へ。暖かい飲み物を用意しております」
トレンブルハール騎士爵が私たちに向かって恭しく頭を下げる。私たちと言うよりレイによね。レイが一緒じゃ無かったら面会出来たかどうかも分からなかったから、本当に助かるわ。騎士爵の横には、同じクラスの、あのリサに時々手紙をよこしてくる男の子がバツの悪そうな顔で立っていた。彼も帰省中なのね。
「世話になるよ」
レイが、いつもはあまり感じない威厳のある態度で答える。こういう所を見るとやっぱり王子様なんだわって改めて思う。うちの本家筋に当たるフェルと私が幼馴染で、フェルとレイも小さい頃から知ってる仲だから、私にもお友達として接してくれるけど、本来なら王家と子爵家とではちょっと差が有るわよね。もっともレイは平民のニコやアルとも同じ様に接しているけれど。
「リリィ、どうしたんだい? 中に入ろうじゃないか」
「何でもないわ。行きましょう」
◇ ◇
応接室で暖かい飲み物を出して貰い、冬に起こった出来事について騎士爵から話を聞いた。
「ふむ。僕が知っている話とだいたい同じだね。崩れた土の中に毒が埋まっていたとは知らなかったが」
「理由は分かりませんが、長い時間をかけて自然に溜まったものだろうと。それがあの崖崩れで偶然表に出来て来た様です」
「・・なるほど。それで被害に遭った者たちはその後どうしている?」
「お蔭様で皆回復しております。医薬品の備蓄を使い切ってしまいましたが、それも補充して頂きました。今後は備蓄量自体も増やして頂けるとの事で、誠に感謝しております」
「そうか。それは何よりだ」
会話の中で、レイは一瞬意外そうな顔をした。そして騎士爵が退席すると、ジンが口を開く。
「何か気になる事があるのか?」
レイは、少し屈んで声を抑えて私たちを見回しながら言った。
「妙な話だね」
「何がですの?」
「毒の話は初めて聞いた。父上や兄上は何故その事を言わなかったのだろう」
「話す必要が無かったからではなくて?」
「隠す必要も無いだろう」
「リリィはどう思ったかね」
「良く分からないわ」
私は一旦考えを整理しようと、飲み物に手を伸ばそうとする。すると、扉の向こうからあの男の子、マギー君が手招きしているのが見えた。
◇ ◇
客間の一つに場を移し、チラチラとリサに目をやりながら暫く黙っていたマギー君が、声を潜めて話を始める。
「実は、崖崩れなんかじゃ無いんだ」
「どういう事だね」
また静かになってしまうマギー君。
「何があったのですか?」
リサが改めて問いかけると、マギー君は一つ大きく息を吐いてから、話の続きを始めた。
「魔獣が出たんだ」
「やっぱり!」
つい大きな声を出してしまって、慌てて口を手で塞ぐ私。
「詳しくお願いできますか?」
「ああ。ここから見えるあの山の中腹で、新年の祝い用の獲物を捕るために、領民総出で狩りをしていたんだ。そこに・・大きなクラゲが出た」
「クラゲ? あの海に居る?」
「ここの領民は見た事なんて無いから、それが何かは分からなかったらしい。退治しようと取り囲んで近づいて・・」
「刺されたのか」
「山にクラゲが? 何で?」
「それは分からない。分かるまでは口外しない様に王宮から指示が有った」
「ふむ。しかし、仮にクラゲが居たとしても、備蓄が切れる程の毒消しが必要になるかね」
「それが、とてつもなく大きかったそうです。話によるとこの部屋の大きさくらいの物が三匹居たと」
「この部屋くらい!?」
私は部屋を見渡す。小さめの客間とは言え、ベッドも二つあって、それなりに広い。そんなクラゲが居るなんて聞いたことが無い。ツノグマに襲われてから、魔獣に関する本は数えきれないくらい読んだ。遠い昔の、魔獣戦争時代の御伽噺を除いては、そんな記述は一切無かった。そもそも、海の魔獣が何で山の中に居たの?
「とても信じられないが、事情がはっきりする迄、崖崩れが起きた事にした訳だね?」
「いえ、正確に言えば、騒ぎの中で一部崩れた場所も有りました。ですが、それで怪我をした人は居ません」
「そのクラゲは? 死体はどうしたの?」
「燃やしたよ。中々燃えなかったらしいがね」
燃やしちゃったのか。実物を見てみたかった。それにしてもこの子、レイに対してだけ言葉使いが違うのね。一応うちだってお宅よりは上なのよ?
「良いのですか? 私たちに話してしまって」
「僕が話した事は黙っていてくれ。特別に、君にだから話したんだ」
あら、ここで貸しを作っておこうと言う魂胆なのかしら。中々の策士ね。リサの方はどう思っているのだろう? 手紙を受け取るのは悪い気分では無さそうだけど、聞いてもはぐらかされるのよね。
◇ ◇ ◇
ここまで読んで頂いた方、ありがとうございます! 来週はGWなのでお休みします。
続きはまた来週。




