16話 魔獣
火曜日更新のつもりが一日遅くなってしまいました。
◇ ◇ ◇
翌朝、貴族組は揃って寝不足の顔をしていた。見張り役も有ったけれど、固い地面の上では熟睡出来なかったらしい。俺とニコは幼い頃から板張りのベットの様な何かの上で寝ていたので慣れたものだ。護衛騎士たちも朝から気合の入った顔をしている。
昨日の晩と同じメニューの朝食を済ませ、寝足りない者の二度寝に小一時間ほど付き合った後、俺たちはまた狩りに出る。本当はこの日は薬草採取と簡単な加工に当てる筈だったのだが、リリィ嬢がリベンジを申し出て、今度は全員で繰り出す事にした。昼飯は兎か猪、出来れば鹿肉のご馳走と行きたいものだ。
昨日とは違う方向へ森を分け入り、女性陣四人がそれぞれ探知魔法を使う。前方にレイ王子とジン、後方に残り三人が剣を構えて待機、いつでも飛び出せるように備える。護衛騎士はさらに前方と最後尾に居るので、中盤をダイヤモンド型にした3-4-2-1のフォーメーションだ。昨日の様に立ち止まっては探知、また進んで立ち止まっては探知を続ける。しかし獲物は見つからない。はあ、今日の昼もまた乾燥肉のスープか・・と諦めかけたその時、右側を担当していたニコが何かを見つけたようだ。
「いた!」
一斉に右を向く一同。
「ニコ、どこだ!?」
「なんかこっちに近づいて来る! たぶん二匹!」
右側に集まる俺たち。皆目を凝らして奥を見るが、獣の姿は無い。多分、かなり遠くで探知したんだろう。一同息を殺して動かずにいると、随分時間が経ってから、ニコが小声で
「まっすぐこっちに来てる」
と囁いた。また少し経って
「来た」
と囁くと、ほぼ同時に近くでザザッっと音がした。そして、
「ガオーーーーーーーーーーッ!!!」
木の間から大きな獣が現れた。兎でも猪でも鹿でも無い黒い物体は、明らかに敵意と分かる雄叫びを俺たちに向けて来た。でかい! 俺たちの倍くらいの高さがある! 本当にガオーって言う生き物が居るんだ!? 容姿は一言で例えるなら、角の生えた熊? 黒い巨体をさらに大きく見せる様に両腕を挙げて襲い掛かって来る。
「魔獣ですって!?」
フェル嬢が上ずり気味に声を上げる。
「そういう事か!」
騎士の一人が駆け寄り、振り下ろされた爪を剣で払いのける。俺たちも剣を構えていたが、予想外の事に一瞬出遅れた。そしてさらに、
「きゃっ!」
振り向くと、後ろでリリィ嬢が尻餅を突いていた。その頭の上で、もう一人の騎士が飛びかかかって来たであろう小熊、小角熊? の牙を剣で受け止めている。いつの間にか回り込まれていたらしい。親角熊の咆哮で探知魔法が無効化されたか。驚きと安堵と共に、反対側の警戒を怠っていた己の未熟さを恥じた。
護衛騎士が居なかったらどうなっていたか。流石プロ。冷静だ。小角熊の方は、牙を抑えられたまま騎士に蹴り飛ばされると、劣勢と見て森の陰に消えて行った。
そして問題の親角熊だが、
ガキッ! キンッ! ガキン!
「ぐっ!」
左右から繰り出される爪を必死に凌ぐ護衛騎士。俺たちも加勢したいが下手に近づくとかえって彼の動きを制限してしまう。なので、魔法で援護射撃を行いつつ、後ろに回り込んでタイミングを伺った。子角熊みたいに動きを止める事が出来れば一斉に切りかかれる。フェル嬢とリサ嬢が、バシュッ、バシュッっと親角熊の頭めがけて水魔法の氷柱を放つ。しかし、あまり効果は無い様子。気を取り直したリリィ嬢が加わっても大差は無く、打ち続けながら、
「駄目ですね。ツノグマって土魔法が使えるんでしたっけ?」
「ええ、毛皮も爪も野獣とはまるで違う固さでしてよ!」
「そんなあ。じゃあどうすればいいのよ!」
「良いからお続けなさいな! 相手の気を逸らすだけでも!」
焦燥の色を見せながら会話を交わす三人。リリィ嬢は完全に涙目だ。てか、そのまんま角熊なんだね。レイ王子とジンは、そんな彼女たちの前に立ちはだかって盾役になる。
やがて防戦一方だった護衛騎士の旗色はさらに悪くなり、剣だけでは受けきれず、鉄の防具にいくつもの傷が入るようになる。騎士も角熊もぐるぐる動き回りながら戦い、常に正対する位置を取るので、俺たちが後ろから踏み込もうとすると騎士が横からスライドしてくる形になって、手を出そうにも出せないでいた。と言うより、俺たちに手を出させないように位置を取っている? いずれにしても、もう一人の騎士となら息も合うだろうし、二人がかりで行けるのではないかとも思うのだが、もう一人はフェル嬢たちの後ろでいつまた飛び出して来るかもしれない子角熊を警戒している。警戒役を俺たちに任せて加勢に行くのもプロのプライドが許さないのだろうか。あくまで二人で対処する様に見える。
対処しきれるのならそれで良かったが、親角熊に対する騎士がとうとう吹っ飛ばされた。そして、次のターゲットを魔法攻撃組に定めたのか、彼女たちに向かってまた咆哮を上げる。今だ! 皆で一斉に・・ん?
すぐ横で発生した強い光に目が眩みそうになった。剣組に入っていたニコが他の三人よりも先にずいっと前に出て、手にした剣は、今までも魔力を込めていたのだろうが、さらに一段強く、ブワワーーーーーッ っと激しく光を放っていた。余りの輝きに目を奪われる三人。ニコの顔からは完全に感情が消えていた。あ、これ、一番怒ってる時のやつだ。
「おい! ニコ!」
いち早く我に返ったケイが呼び止めようとするが、ニコは無言で更に一歩前に出で剣を上段に構える。・・勝ったな。ああ。心の中で呟く俺。親角熊も光に気が付いたのか、こちらに向き直って右腕を大きく上げ、勢い良く振り下ろして来た。ニコも剣を合わせて振る。
ガシーーーーンッ!!
爪攻撃を完全に受け止めた。爪の間に剣が挟まった状態になり、相手の足を止める。続けてもう一方の爪も振り下ろされるが、
ゴキーーーーンッ!!
爪に挟まったままの剣を相手の右腕ごと動かして左爪を受け止め、それもまた挟まり、両腕を封じられた親角熊は無防備になった。
「「「「今だ!」」」」
一斉に切りかかる。吹っ飛ばされた騎士も復活して四人がかりだ。やたら固くて苦労したが、ニコがずっと押さえ付けてくれていたので、レイ王子とジンも加わり、腹の一部とか膝の裏とか弱い部分を見つけて集中攻撃することで、何とか倒すことが出来た。近くで隠れていた子角熊も、探知魔法で発見されると、護衛騎士が今度は二人がかりで始末した。
◇ ◇
「実物を見るのは初めてですね」
リサ嬢が顎に手を当てて言う。
「わたくしもですわ」
「この森に、こんな魔獣が居るとはね。父上や兄上はご存じなのだろうか」
「いえ、分かっていれば我々にも知らされていた筈です」
設営地に戻り、護衛騎士も輪に加わって皆で角熊の死体を眺めていた。これどうするの? 食べられるの?
「居ない筈の魔獣だよね。僕の記憶だと、確か最後の目撃は二百年以上前だったんじゃないかな。それも、もっとずっと森の奥の方で」
セットの言う通りだ。歴史の授業でこの森の事は教わった。魔獣が居ると言っても、せいぜい土魔法で効率よく穴を掘る土竜とか、自分の身を守るために風魔法の刃を使う鼬とか、小型の物だけだ。種類も数も多くない。角熊の様な大型な魔獣は既に絶滅している。本に載っていたから姿形は知ってはいるけど。
現在のこの森では、魔物よりも普通の野獣、例えば猪とか狼とかの方が危険度は上なのだ。仮にもし人知れず大型魔獣が生き残っていたとしても、こんな半日で来れるような森の浅い所に居るとは思えない。居たらとっくに見つかっているだろう。俺たちみたいな学生はともかく、薬草採取や狩りをする人ならこの辺り迄は来る事も珍しく無い。
「つまりどういう事なんだ?」
「僕にも分からないよ」
「俺たちが悩んでも仕方が無い」
「はい、この件は戻り次第、上に報告します」
「そうだね。任せるよ。一応僕からも父上の耳に入れておいた方が良いかな」
事件と言って良い出来事だったが、この場に留まっていても出来る事は無さそうだったので、事後処理は王宮に任せるべく護衛騎士に託し、俺たちは手早く昼食を済ませて撤収した。結局三食同じになってしまったよ。狙っていた獲物は大型魔獣が出現した事でどこかへ逃げ隠れてしまったのだろう、と言うのが護衛騎士たちの見解だった。角熊の死体は、素材に使えそうな爪と角だけ切り取って、土に埋めて処分した。死んで土魔法が切れた巨体は、それでも結構固くて、取るのが大変だったけど。
後日、王宮から調査団が派遣され、一か月近い時間をかけて他にも魔獣が居ないか捜索をしたが、結局土竜と鼬程度しか見つからず、しばらく立ち入り禁止になっていた森は、また平常に戻ったのだった。
◇ ◇ ◇
リリィが、今度こそ見つけてみせるって言うので、次の日もわたしたちは狩りに行った。でも獲物はやっぱり居ないみたい。わたしもまた頑張って探知魔法を遠くまで使う。すると、何かの気配があった。これって大きい獲物かも。アルが狙ってる鹿かな? でもちょっと変だ。真っすぐこっちに向かって来る。皆に知らせて待ち構えていると・・来た! これ何!? 熊!?
驚いていると、騎士さんが飛び込んで来て戦いになった。わたしも戦おうと思ったけど、騎士さんが邪魔で入って行けない。ううん、わたしが入ると騎士さんの邪魔になる。でも、負けそう。フェルたちが魔法で援護しているけど、効いて無いみたい。
そしてとうとう騎士さんが倒された。魔獣はフェルたちに向かって雄叫びを上げる。レイ王子が剣で牽制するけど構わず近付いて行く。その時、フェルの頬にキラリと涙が伝うのが見えた気がした。そこから先の事はよく覚えていない。とにかく皆で頑張って、あの魔獣を倒したんだ。
あの時の話をすると、フェルは今でも、泣いてなんかいませんわ、って言うけれど、そうかなあ。見間違いかなあ。確かに見えたと思ったんだけどな。
◇ ◇ ◇
ここまで読んで頂いた方、ありがとうございます! 続きはまた来週。




