7話 「顔合わせ」
俺とエンジュが晩ご飯を食べていると、玄関のドアが開く音がした。
――父さんと母さんだ。
「両親が帰ってきた! お前のことどうやって説明しよう!?」
「町で知り合った友人とでも言いなさい。今日から私の家の都合でしばらく泊めさせることになった、って。後は私も話を合わせてあげるわ」
「上から目線なのは気に食わないけど頼む! こっちは俺の社会的地位がかかってるんだから!」
「分かったわ。あなたが望むのなら完璧に演じてみせる」
どうだか。父さんと母さんの足音が聞こえてくる。こっちに来るまで秒読みだ。さて、どうなるものか――。
「吉、ただいま」
「ただいま〜」
「お、おかえり。二人とも、帰ってくるの久しぶりじゃないか?」
「お邪魔してます」
両親を前にして、エンジュは小さく礼をして笑ってみせた。よし、第一印象は良いぞ。
「おや、見慣れない顔だね。もしかして吉の彼女かい?」
「はあっ!?」
「久しぶりに戻ってきたらもう彼女まで出来てたの? やるじゃない、吉」
「ちょっ、え、はぁ? ゆ、友人だよ、友人。町で知り合ったんだ。道に迷ってたところを助けてさ、それで話が合って意気投合したって言うか」
我ながら見苦しい弁明を図る。おい、エンジュが隠れて笑ってるの気づいているんだからなっ。
「まぁどっちでもいいわ。ご飯までご馳走するなんてよっぽどなのね」
「そ、そんな……別にっ、俺は」
「昔からここに移住してきたのですが、やっぱり慣れない道も多くて。あと、しばらくはここに泊めさせてもいいですか? こっちに言えない事情がありまして……」
「そういうことならいいよ。ただし、寝る時は二人とも別の部屋で寝てほしい。もしもの事があれば大変な事態になるからね」
「分かってるよ、馬鹿」
「はい、分かりました」
「そういえば、名前はなんと言うんだい? 僕は春野仁。桜の木を守る春野一族の当主で、この家の大黒柱……と言いたいところだけど、実質吉が受け継いでるようなもんだからなぁ」
「エンジュです。フランスから越してきました」
「へぇ〜、わざわざフランスから。私は春野美咲。大阪からこっちへ嫁いできた女よ。まぁ見ての通り吉はムカつく子供だけど、仲良くしてやってね」
「いてっ。な、頭を撫でるなよっ、人の前でっ」
「いーじゃんたまには〜。しっかし、あんたもでかくなったね〜。細い癖に筋肉はあるんだから」
「むぅ……」
しばらくされるがままに頭を撫でられる。特段悪い気はしなかった。年頃と言えど、母さんは時に姉のように接してくれたから、不思議な感情を持て余す。
「そういえば吉、私達にも晩ご飯ないの? 母さんお腹空いちゃった〜」
「あー、分かったよ。そう思って二人の分も作ってあるから。ていうか、ラインで今日帰ってくるって言ってたのはそっちだろっ」
「あは、バレちゃったか〜」
「じゃあ、僕達もいただくとしようか」
今度は両親の分のご飯を盛り、ハンバーグを皿に分ける。これで俺と両親、そして同居人との夕飯が幕を開けた。
「うん、もうこれだと母さんの腕を超えてるんじゃないかい? 本当、上手くなったよ」
「私の腕は健在です〜。そしたら今度私もハンバーグ作ってやるからね。吉を泣かせてやるんだからっ」
「実の息子を泣かすなんて大人気ないぞ、母さん」
「ふふっ。その時はぜひいただきますね、お母さん」
「あら〜お母さんだって! ねぇ父さん聞いた!? お母さん! 私達に娘がいたとしたらこんな感じだったんだろうねぇ」
「そうかもしれないね。春野一族を代表して歓迎するよ、エンジュさん」
「ったく、これからどうなることやら……」
今夜は騒がしくなりそうだ。けれど、それは俺にとって少し嬉しい、新しい風が春野家に吹いたのだった。