6話 「ほかほか晩ご飯」
「ただいま」
「お邪魔するわ」
俺とエンジュ、二人して玄関の框を踏む。程よい散歩のおかげか、リラックス効果を得たみたいだ。……まぁ、本題はエンジュが家に居候しそうなのが不安要素なんだけど。
「ヨシ、どうかしたの? 顔色が悪いわ」
「十割お姫様のせいでな。なんだよ、本当に俺ん家に居候してご飯までご馳走になる気か?」
「えぇ、そうよ。悪いかしら? というより、共にいることを条件にした契約を交わしたのだから当然じゃない。私から逃げることは出来ないわよ」
「ひえっ……。お前、見かけに寄らず執念深いんだな。契約したのが本当に正しかったのか分からなくなってきたぞ……」
腹の底からため息をつく。これは想像以上に面倒くさい……いや、厄介なことになりそうだ。
◇◇◇
夕日が沈み、夜になった。エンジュはテレビを流し見していて、俺は仕事で遅くなる両親の代わりに晩ご飯を作っている。
いつもの事だ。慣れてはいる。けれど、両親を待つこの時間だけはいつまで経っても慣れないものだった。
「エンジュ、ご飯出来たぞ」
今どき現代に似つかわしくない、ちゃぶ台の上に料理が乗ったお盆を置く。今日の献立はメインにハンバーグ、白米に大根の味噌汁と、ほうれん草のおひたしと言ったラインナップだ。
「あら、とっても美味しそう! 本当にヨシが作ったの?」
「当たり前だよ。ここじゃ俺が大黒柱みたいなもんだし。実質一人暮らしだしな。料理スキルは昔から身につけてる」
自分の分もご飯をよそって、料理を乗せたお盆をちゃぶ台の上に置く。いただきますの習慣を口にして、味噌汁に手をつけた。うん、自分が思うのもなんだけど美味しい。
「毒は盛ってないからなっ。安心して食べてくれ、お姫様」
「じゃあ、お言葉に甘えて。いただきます」
エンジュは綺麗にハンバーグを箸で割って口に入れた。その動作一つ一つが作られていると言うか、とにかく美しかった。
「うん、美味しいわ。ヨシには料理人の才能があるわね」
「いや、一般の男子高校生より自炊が少し出来るってだけだけど。まぁ……ありがとう。褒められて悪い気はしない」
「本当に美味しい。今日からヨシは私の専属シェフ決定ね」
「うげっ、そう来たかお姫様。契約相手に専属シェフを命じますか」
「少なくとも召使いからは昇格しているわ。おめでとう、ヨシ。才能を見出した私に感謝なさい」
「いや、しませんよ? ていうか俺まだ高校生だし。学校との両立はキツいって。また買い物とか準備に専念しないといけないし」
そう。両親から食費を貰う代わりに、俺は学校が終わると近くのスーパーで買い物をしないといけないのだ。それに下ごしらえをしたり、家周辺の住民とあいさつをして食材を貰ったりとか。
「あら、まだ高校生だったの。その体格からてっきり成人済みだと思っていたわ。細マッチョという奴かしら」
「それが十七歳なんだよこっちは。残念だったな、俺はまだ未成年です」
両手を上げて降参のポーズをする。それを見たエンジュの顔は少しだけ笑っているように見えた。
「な、なんだよ」
「いいえ。美味しそうと思っただけよ」
「……どういう意味で?」
「ふふ、秘密よ」
そんな意味深な会話を終えて、やり切れない顔でハンバーグを口に入れる。
すると、待ってましたとばかりに玄関のドアが開く音がした。
――父さんと母さんだ。