5話 「散歩に行こう」
「お菓子も食べたし、尻叩きに散歩でも行くか」
ゴミ箱がお菓子の袋で半分ほど満たされたところで、俺は立ち上がった。
「ヨシ、あなたってば隠居したおじいちゃんみたいなこと言うのね……」
「おじいちゃんじゃねぇですよ!? ほらお前のせいで日本語が変になった」
「私、責任は取らないわ。まぁ――散歩という名のデートなら許してあげるけど」
「はぁ〜……分かりましたよ、お姫様。じゃあそういうことにしておく。なら早く、俺の手を取ってくれませんかね」
ほら、と俺は手を差し伸べて催促する。エンジュは一瞬目を見開いて、それはもう嬉しそうに笑うのだ。
「ふふ、言うようになったわね。ヨシ」
「はいはい、気のせいですよお姫様」
エンジュが俺の手を取って握る。その後はそのまま玄関に出て、春野家を後にした。
◇◇◇
「やっぱりここは本当に田舎ね。周りが田んぼと家しかないわ」
「エンジュん家はどうだったんだよ」
彼女より前に出て二人歩く。この光景は誰にも見られたくない。……色々と面倒くさくなるから。
「ここよりもっと田舎よ。周りが森しかないの。外れには村があったけど、もう廃れているかもね」
「廃れてるって……。子どもが少なかったのか?」
「それもあるし、何より村の人達は都会を求めてたから。ほら、よくあるじゃない。田舎の人間が狭苦しい箱から逃げ出す口実によく使う、上京していくパターン」
「あぁ、そういう……。確かによくあるパターンだな。ここもいずれそうなるかも。というか、なっているかもしれない。春野を継ぐ者としては少し悲しいな」
柄になく、俺はくさくさとした気分になる。
――そう。俺は一生をこの山に捧げないといけない。それが桜を守る者としての使命だからだ。街や都会に行くことはあれど、それは一時的なものに過ぎない。
結局は、この山にいないと成立しないのだ。
「……あなたはこの地に縛られているのね。一時的にこの山を離れることはあっても、結局はここにいないと話にならない。
――かわいそうね、ヨシ。自由な私と違って、あなたは檻に閉じ込められているかのよう」
「同情してくれるのか? それはありがたいけど結局はそんなもんなんだよ、田舎って。……いや、俺の場合はちょっと特殊なパターンか。無駄に実家がデカいと苦労するんだよ、ホント。お姫様は気楽でいいですねぇ、羨ましいですわ」
半分冗談、半分本音でたまらず唇を噛む。今まで気ままに自由に日本を横断しているのかと思うと、羨ましさでどうにかなりそうになった。
「そうかもね。ごめんなさい。あなたも身に合わないストレスで擦り切っていたのに、何も気づかなくて」
「いいよ別に、気づかなくても。……この話は終わりにしよう。もっと明るい話に変えて、家に帰るぞ」
「えぇ、ヨシ。そうしましょう。それに私、帰ったらあなたのご飯が食べたいわ」
「居候するつもりかよ!? 俺はいいけど、両親がなんて言うか分かんないぞ」
「そこはヨシが説得するところでしょう? ふふ、帰るのが楽しみだわ」
「俺は楽しいどころか帰りたくなってきたぞ……」
若干腹立たしい気持ちのまま帰路を歩く。……今日の夕焼けは、やけに赤く見えた気がした。