4話 「どうぞお入りください、お姫様」
ほんの少し前のことだ。俺は吸血鬼と『生涯共にいること』を条件に、契約を交わしてしまった。吸血鬼……エンジュとの契約はまんざらでもなかったが、正直言うと実感が湧かない。本当に俺は吸血鬼に命を預けてしまったのか。
「なぁ、エンジュ。一つ確認があるんだが」
「何かしら?」
「契約を取り消すってことは出来ないんだな」
「何言ってるの、当たり前じゃない。さっきのムードを壊してどうするつもり?」
「いや、悪い。そんなつもりはなかったんだ。まだ実感が湧かなくて」
「それはこれから先、嫌というほどあなたに教えてあげるわ。吸血鬼と共にいるということがどういうことなのかを」
「お、おう。分かった」
釈然としない顔でとりあえず了承する。そうでもしないと首をかっさられる気がしたからだ。
「さて、これからどうしましょうか。お茶でもする?」
「……あー、まぁ別にいいぞ。俺ん家上がって」
そういえば、吸血鬼は招かれないと相手の家に上がれないという俗説を思い出した。エンジュは本物の吸血鬼だから、そうなのかもしれない。あれ? でもエンジュに影ってあったっけ。なんかよく分からなくなってきたぞ。
「広くてデカい武家屋敷ってこと以外は特に何も無いから。ようこそ、吸血鬼のお姫様?」
「あら、そんな歓迎してくれるなんて思ってもみなかったわ。じゃあ、お邪魔して」
そう言うと、エンジュはキャミソールワンピースの両端を掴み、お嬢様さながらの礼をしてから春野家へと上がった。
……本当に彼女は招かれないと入れなかったみたいだ。
◇◇◇
「菓子は和か洋、どっちがいい?」
湯飲みに常温のお茶を注ぎながら俺は言う。
「どっちも欲しいわ。私、損はしたくないタイプなの」
「それはわがままって言うんですよお姫様」
「……。私は取りこぼしたくないだけ。あるはずだったもう一つの可能性を潰したくないもの」
「それってつまり欲張りってことだろ。シリアスな顔して言ったって俺には効かないんだからなっ」
「残念。バレちゃった」
「そんなことくらい、俺にはお見通しですよお姫様。はいこれお茶。菓子は適当になんか持ってくるから」
「ヨシ、あなたには期待してるわね」
「はいはい分かりましたよお姫様。ホント、お前には頭が上がらないですわ」
居間の隣にある台所に行き、俺は一番高い棚の上から菓子入れ用のカゴを取り出す。そこから二~三種類ほどのせんべいやらおかきをラインナップし、洋菓子は某家のパイだとか小さめのドーナツなど、至って庶民的な物を厳選した。
「ほら、エンジュ。持ってきたぞ」
「早かったわね。大変結構よ、ヨシ。あなたは良い働きをしたわ」
「はいはいお褒めのお言葉ありがとうございます」
「これだとあなたが召使いみたいね」
ふふ、と笑いながらエンジュはせんべいに手を付けた。ボリボリという音が居間に響き渡る。おい、お姫様に似つかわしくないぞ。
「召使いも何も、ただ菓子持ってきただけだろ。それに……今は対等な友人なんだし」
「そうね。男女の友情って良いわねぇ。まぁ、後々私達は恋人になるのだけど」
「ほんっと、何でそうなるんですかねぇ」
俺もせんべいをかじりながらお姫様との会話のキャッチボールをした。時折変化球やデッドボールもあったが、それなりに打ち解けた……と思う。