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26話 「昔話」

 エンジュが俺の両足に包帯を巻き終えた後、しばらくして彼女は口を開いた。


「そうね。ヨシが言うのなら、私の過去を話してもいい頃合いかしら」


「ほ、本当にいいのか? なんか言わせてる感じがして申し訳ない」


「いいのよ。あなたが私を信頼してくれたように、私もあなたのことを信頼してるもの」


 そう言われると少し照れくさくなった。エンジュの心からの言葉は嬉しいし、俺が信頼に足る人間になれたのは、彼女にとって俺のことを認めてくれたということになる。


「……そ、そうか。なら、少しずつでいいから話して欲しい。お前の、昔の話を」


「えぇ、話してあげる。これは一種の昔話――おとぎ話と捉えてくれてもいいのよ? だって、吸血鬼のお姫様と人間の青年の、ありふれた話なのだから」


 言って、エンジュは歌うように自分の過去を語っていく。


「昔むかし。フランスの田舎――とある深い森の中に、小さな家がありました。そこには三人の吸血鬼が穏やかに過ごしていました。父親と母親、そして小さな娘と共に三人は慎ましく暮らしています」


「三人はただ普通に、平和に暮らしたいだけでした。しかし、ある日突然エクソシストがこの家を見つけ出し、両親を殺したのです。娘は命からがら逃げ出し、身を隠して何とか生き延びることが出来ました」


「数日して家に帰ってきた娘は、人間に対する恐怖と怒り、憎しみでいっぱいになりながら日夜を過ごしていました。そんな時、ある一人の青年が森に迷い込んで来たのです」


「黒髪に青い瞳、美丈夫な青年は名をテオと言いました。エクソシストに両親を殺されて疑心暗鬼になっていた娘は、テオに尋ねます。『あなたも私を殺すの?』、と」


「テオは微笑みながら言いました。『殺さないよ。僕も君の痛みが分かるから』。そう言って、娘の頭を優しく、優しく撫でました。

 それで娘は大声で泣きました。涙が枯れるほど泣きました」


「娘が落ち着いてしばらくした後、テオは自分の過去を話してくれました。『僕も彼らと同じ人間なのに、迫害されながら生きてきた』。そう言うのです。詳しいことはそれきり話してくれませんでした」


「『怖がらせたお詫びに君の知りたいことを教えてあげる。何でもは無理だけどね』。困ったようにテオは笑います。そして娘は願いました。『ここよりも遥かに遠い、外の世界を教えて欲しい』と」


「テオはその願いに快く応えてくれました。歌うように、語るように。時には古びた本を開きながら、笑って」


 エンジュは一息ついて、懐かしむように微笑んだ。古い友人を思い出すのは、やはり喜ばしいみたいだ。


「あら、ヨシってば嫉妬しないのね」


「……しない。あんまりにもエンジュがテオって人を嬉しそうに話すもんだから、余計になっ」


「ふふっ、そんなに言われちゃテオも喜んでくれるわね」


 談笑も交えながら、俺とエンジュは話を進めていく。だが、エンジュが話す更なる過去は悲惨なものだった。


「テオと出会って一ヶ月が経った頃。彼が家に着くのがいつもより遅いと、娘は不安になりました。そしてテオが息を切らしながら走ってきた時、唐突に彼は言いました。『ここから今すぐ抜け出して、僕と一緒に外の世界に行くんだ』と」


「なぜ、と尋ねる前にテオは娘に白いローブを着せて抱き上げます。途中で炎が燃え上がる音と、色んな人達が声を荒らげているのが聞こえました。それがエクソシストだと気づいたのはすぐ後です」


()ぜる炎の中、テオは外に向かって走り続けました。そして外に出た時、たくさんのエクソシストが娘とテオを待ち構えていました。エクソシストは吸血鬼の娘の身柄をこちらに渡すよう命令します。しかし、テオは断りました。人間がエクソシストの命令に背けば殺されると知っているのに、彼は自分の意思を貫きました」


「そして、テオは娘を地面に降ろして言いました。『振り返らずに、走って逃げて欲しい』。さらに彼は何かを口ずさんで唱えます。それが魔法だと気づいたのは、全てが終わった後の話でした。

 彼が唱えたのは姿を一時的に消させる魔法で、私は一心不乱に走りました。言われた通り、後ろは振り返らないで」


「走って、走って。走り終えた先に、外の世界は娘を歓迎していました。賑わう街と人で活気に満ち溢れていましたが、娘はそんなことどうでもよかったのです。新聞を見ると、ある見出しが目に入りました。『最後の魔法使い、テオ・アルカナム エクソシストに反し刑に処す』、と」


「あの夜。エクソシストから逃げ出したあの後、テオはとっくに殺されていたのです。たった一人の吸血鬼の娘を守るためだけに、自分を犠牲にして殺された。私は、それをっ」


「……もういい。もういいんだ、エンジュ。痛いほど十分伝わったから」


 少女の過去に苦しむ声が部屋に響く。泣き崩れるエンジュを、俺はただ抱きしめることしか出来なかった。

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