23話 「空の目」
真の手が俺の眼帯に触れる。嫌だ。やめてくれ。そこは誰であっても触れてはいけない場所なんだ。
俺は何も対抗出来る手段が何も無い。ただひたすら願うのは時が止まって欲しいという、馬鹿げた発想だけ。
「は。お前は何も出来ずに、その目を僕に晒されるがいい」
「ぐっ……!」
真は無理矢理俺の眼帯を上にあげ、右目をあらわにさせた。その瞬間、痛みとともに何か見えないはずの何かが見えた気がした。
「へぇ。確かに目の機能としては死んでいるが、鮮やかな目をしている。本来黒であるはずの瞳孔も反転して白く美しい。お前の目は高くつくだろうね」
「……そうですか、お眼鏡にかなって光栄です」
価値が高い、ということは深く考えないことにした。多分、裏の世界では高くつくとかそういうことだろう。
立ち上がろうと腕に力を集中させる。隆司につけられた傷のせいで何度かこけそうになり、加えて突然の頭痛が俺を襲った。
「っ!?」
引き裂かれそうな痛みが頭から瞳にかけて伝っていく。刹那、また見えないはずの何かが見える。本来なら何であっても見えるだなんて、絶対にありえない。なのに痛みと共に何かが伝わってくる。
「これは、いったい何だ……?」
ふと、真の右腕に終わりが見えた。俺はそれを掴むように無意識で腹に刺さった刀を抜き出し、斬る。すると――。
「は?」
真の右手首。一本の綺麗な斬り傷から、とめどなく血が溢れていく。エンジュの爪と同じように見えて、その過程は全くの別物だ。
「え……? 何だよ、これ」
「どけ! 真!」
「なっ!?」
血は止まらない。確実に真の血が減っていく。その混乱に乗じて俺は真にタックルし、座敷牢からエンジュを救い出す。
「立てるか、エンジュ!? 逃げるぞ!」
「えぇ。ありがとう、ヨシ」
ふらつく足を叱責し、エンジュの手を引いて離れから抜け出す。月が俺とエンジュを照らして、俺達を酔わせたのか笑いを増幅させる。
「はは、あははっ!」
「ふふっ」
やっと、やっとだ。逃げることが出来た。この笑みは決して狂った訳じゃない。嬉しさから来たのだ。
走って、走って。夜道を抜け出していく。
斬られた足の感覚が無くなっていく。
それは神経が壊死したという意味で。俺の体はとっくにおかしくなっていたと言う訳だ。
「あぁ――俺の足、おかしくなっちまってたんだ」
「ヨシ、大丈夫? 私があなたを運ぶから心配しないで」
「悪い、エンジュ。お前には迷惑かけてばっかりだ」
「そんなことは無いわ。私、ヨシが生きてくれるだけで十分だもの」
そう言って、エンジュは俺の頭を撫でてお姫様抱っこした。普通の男子高校生より少し重い体重なのに、エンジュは見かけによらず軽々と俺を抱えた。
「ヨシ、その右目……空の目ね?」
「くうのめ?」
「本来は見えるはずのない、虚空……つまり、あらゆるものの終わりを捉えることの出来る目のことよ。攻撃の終わり、体の器官の終わり。手とか足とかね。そして、命の終わり。
ヨシ、その目はね。あなたが視力を封印されたことによって、本来なら見えない虚空……何も意味を成さないものの空を掴むことで終わりを結びつけることが出来るの」
「えっと……ざっくり言えば、俺の右目は物事の終わりが見えるようになったのか?」
「そうね。さっきマコトの右手首を斬ったでしょう。空の目で斬ってしまえば、再び動かせるようになるのも時間がかかるでしょうね」
「そういうことだったのか……」
ガーゼの眼帯の位置を元に戻す。当たり前だが右目からは何も見えなくなり、元の静けさを取り戻した。
「ヨシ、走るわよ。こんなところ一秒足りともいたくないもの」
「俺もだ、エンジュ」
エンジュは俺を抱えたまま春野家へ向かって行く。しかし、完全に殺気を隠した隆司が、森に紛れて俺達を待ち構えていた。




