18話 「刺客」
月明かりが照らす空の下、月代真が俺に刃を向けている。奴は月代家の当主としてエンジュを迎えに来た……つまり、殺しに来た。月代にとっての『お迎え』は殺しと同義だ。
幼い頃、月代の先代が俺に教えてくれたから理解はしていた。
「やってみろよ、実力行使って奴を。残念だが、俺に酷いことをしてもエンジュは絶対に渡さないからな」
「分かった。なら言葉通りお前を人質にするとしよう。どうやって知り合ったのか、まずは吐かせないとな」
瞬間、視界から真が消える。どこを見ても真がいない。
「くそっ、どこに行っ!?」
気がつけば俺は真に吹き飛ばされていた。茂みで衝撃はカバーされたが、我に返った時は奴が俺の頭に蹴りを入れる。
「がっ!?」
「教えろ。あの吸血鬼とはどこで出会った?」
「……街で出会ったんだよ。あいつが道に迷ってて!?」
がつん。
アッパーが入る。続けざまに右頬に一発、左頬に二発。ついでにもう一度、真は俺にかかと落としを食らわせる。
「それは嘘だ。表情や心拍数で読み取れる。僕に嘘は通用しないと思った方がいい。父様にそうあれかしと訓練されたからね」
「はっ、お前よりも先代のじいさんの方がよっぽど良い人だ。無闇に殺そうとはしないし、赤子や忌み子とされた子達を『お迎え』する時だって慈悲があった。なのにお前はどうだ? エンジュをおびき寄せるために俺を出しにして、じいさんが泣くぞ」
「お前に月代家の何が分かる。それに僕はその良い人の父様に“こうあるべき“と育てられた人間だ。いずれ混血を孕む吸血鬼ともなれば、殺すのは道理だろう?」
「分かってないな、真。お前は何も分かってなんかいない。エンジュは――あいつは可愛くて、美人で。わがままばっかり言って腹が立つし、たまにどうにかしてやろうかって思うくらいもどかしくなるけど。けど、エンジュは尊い存在なんだ。離したくないんだ。それに契約しちまった仲だからな。もうどうしようもないんだわ」
思わず口角が上がる。笑いが込み上げてくる。今は真を貶めていたくてたまらない。
そうだ。俺はエンジュに出会った時から恋してたんだ。あの桜の木の下で、エンジュが現れた瞬間。俺は彼女に心を奪われた。
あの時は気づいていなかったけれど。今となってはきっかけの一つに過ぎなかったのだ。
「馬鹿馬鹿しい。一つ気になることがあったが、契約だと? おい、それは禁忌だぞ。してはいけないんだよ。お前、その意味分かってるのか?」
「いいや? 成り行きで契約を結んだからな。それに、俺はもう心に決めてるんだよ。あいつと――エンジュと一緒に、生涯を共に過ごすんだって」
「……。あぁ、そうか。これで点が繋がった。吉、お前……僕に殺されたいんだな」
言って、真は鞘から刀身を取り出して俺の首筋に刀を向ける。
あぁ、そうだな。死ぬならこんな夜が良いかもしれない。驚くほど風が柔らかくて、星が綺麗で。
まるで右目の視力を失った、あの冬のよう。
目をつむる。死を悟る。
真は躊躇しない。そういう人間だ。だから、俺は穏やかな死を待つだけで。
「待ちなさい、そこの下郎!」
振り返る。その声の元を辿る。
その先には、エンジュが赤い目を灯しながら真に牙を向けていた――。




