#6 目指せ! 世界一!
話が一段落ついたところで、水零が口を挟んできた。
「ところでさ、夜宵。いつも言ってることだけど、そろそろ学校に来る気はない?」
まるで世間話でもするように軽い口調で、重要な話題を切り出してくる。
俺は夜宵が何故不登校なのか理由を知らない。
ひょっとしたら一年の頃、学校で嫌な目に遭ったとか、イジメを受けていたとか、重い背景があるのかもしれない。
恐らくデリケートな話題だろうし、迂闊に口を挟んでいいものかどうか。
「やだ、行かない」と夜宵が即答。
「そっかー、仕方ないね」と水零は諦める。
「いや、軽っ!」
重い話になると思った俺の覚悟を返せ。
クスクスと笑いながら水零は俺に説明してくる。
「この子のお母さんから頼まれてるの。夜宵が学校に行けるよう説得してってね。
だからまあ夜宵に会う度に今の質問をするのはノルマみたいなもんね。
はい、今日のノルマしゅーりょー。説得しっぱーい」
かっるー! 夜宵の不登校問題、目茶苦茶扱いが軽ーい!
「太陽くんも気になってると思うし、教えてあげたら? 不登校の理由」
あっさりと水零はそう提案する。
デリケートな話題かと身構えていたのに、そんな軽々しく話してくれるものなのか?
夜宵は少し逡巡した顔を見せたが、すぐに席を立って行動に移した。
「理由は、これ」
リビングにあったテレビをつける。
そのテレビには俺もよく知るゲーム機が接続されていた。
ゲーム機の電源が入り、テレビにゲーム画面が表示される。
魔法人形、魔法で動く人形を使役し戦わせるアクションゲームだ。
このゲームには魔法人形を戦わせながら冒険するストーリーモードと、他のプレイヤーと腕を競う対戦モードがある。
夜宵は迷うことなくコントローラーを操作し、インターネットへ接続してオンライン状態になった。
これで世界中のプレイヤーとネット対戦できるランキング戦に参加可能となる。
だが注目すべきは画面に表示されていていた夜宵の成績だろう。
プレイヤー名、ヴァンピィ。順位、十位。
全世界のプレイヤーが参加するランキングで十位となれば紛うことなく強者である。
「やっぱ、ヴァンピィさんは強いな」
二年間ツイッターで交流し、彼、いや彼女が常に高順位帯で戦ってる上位ランカーであることを知っていた俺としては改めて感嘆の息を吐くしかない。
「私、魔法人形で一位をとりたいの」
テレビ画面から目を離し、夜宵は俺達に向き直る。
「あの、い、今の一位が誰か、って、その、知ってる?」
「いやー、知ってるわけないし」と苦笑する水零。
「猫ルンバさんだな。この前、ツイッターで一位報告してた」俺はそう言葉を挟む。
「えっ、知ってるの!」と目を丸くする水零。
まあこのゲームに詳しくない彼女が知らないのも無理はない。
猫ルンバさんは魔法人形界の強者の一人であり、愛猫家としても知られている。
よくツイッターで飼い猫の画像をアップしていることでも有名だ。
その猫は家にあるロボット掃除機のルンバがお気に入りのようで、ルンバをオモチャにしたり上に乗って眠ったりといった写真が目立つ。
ハンドルネームの猫ルンバの由来は、まあ今更考えるまでもないだろう。
「ね、猫ルンバさんは社会人だから、平日の昼間は潜れない。そこに私が追いぬくチャンスがあるの」
夜宵の言葉が熱を帯びる。
緊張で舌が回っていなかったさっきまでとは一変し、興奮した様子で捲し立てる。
「誰かが会社で仕事してる時、誰かが学校で勉強してる時、引きこもりの私は魔法人形に打ち込める。腕を磨いてその誰かを追い抜くことができる。
誰よりも強くなる為に、自分の時間の全てを魔法人形に使いたい。ランキングで一位をとる為に!」
「ヴァンピィさん」
つい、ハンドルネームを呟いてしまう。
ランキング上位を目指し、一切の妥協も甘えも許さず、鉄の意志で魔法人形に打ち込む。
その姿勢はネットの世界で良く知った、強者・ヴァンピィのイメージそのものだった。
学校をサボるのはいけないとか、そんな一般論で説得できるほど、彼女の魔法人形への情熱は甘いものではない。
きっと誰であっても、彼女の道を阻むことはできないだろう。
それくらいの決意の固さを感じた。
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