#61 太陽の告白
日付は変わり、時刻は深夜。
風呂から出たばかりの頃は元気にゲームをしていた夜宵も、うつらうつらと頭を揺らし口数が少なくなってきた。
眠そうに目蓋を擦る彼女を見て、俺は声をかける。
「夜宵、眠いならそろそろ寝るか?」
「んー、おかしいなあ」
俺の問いかけには答えず、自問するように彼女は吐き出す。
「私って夜行性の吸血鬼だった筈なのに、どうしてこんな時間に眠くなるんだろう? なんで真人間みたいな体になっちゃったのかなあ」
「いやいや、真人間になって結構じゃないか」
俺は苦笑する。
「ほら、辛いならもう寝ようぜ。部屋まで送るから」
タオルケットに包まれた彼女の肩に優しく手を置くと、夜宵はこくりと頷く。
ゲーム機とテレビの電源を落とし、夜宵の手を引きながら俺はリビングを出た。
廊下を歩いていると、彼女がふらつきながら俺にもたれかかってくる。
「おっと、仕方ないな。肩に掴まれよ」
好きな子との思わぬ接近にドキリとしながら、俺は夜宵に肩を貸す。
「うん、うん」
寝ぼけ眼の夜宵に寄りかかられながら、俺達は階段を上る。
そして夜宵の部屋のドアを開け、彼女を伴って中に入る。
「ほら、夜宵。ベッドについたぞ」
夜宵を肩から引き剥がし、ベッドに座らせようとする。
しかし予想以上に彼女の眠気は限界だったらしい。ベッドに腰掛けた瞬間、力なく倒れこんでしまう。
夜宵の無防備な寝顔を見る。
まったくこいつは。
人をドキドキさせておいて自分は呑気に寝てるなんてずるいぞ。
さっきまで彼女が体に巻いていたタオルケットは、ベッドに倒れた衝撃で乱れてしまった。
その下に着ていたピンクのパジャマがチラリと見える。
俺は改めて夜宵の体にタオルケットをかけ直してやる。
それにしても、熟睡してるなあ。
本当に無防備過ぎるぞ。
パジャマ姿を見られたくないとか、寝顔を見られたくないなんて前に言ってたのに、今ならどっちも見放題だ。
でもまあ、確かにドキドキするけどさ。
夜宵の穏やかな寝顔を見てると、ずっとこの平穏を守りたいって、そんな気持ちになるのだ。
夜宵は眠っている。
今なら普段ならできないようなこともできるぞ。
なあ、何がしたい? 日向太陽。
そうだな。
俺が一番やりたいこと、それは。
「夜宵」
眠ってる彼女に向けて、静かに言葉を紡ぐ。
「好きだ」
この気持ちを吐き出したかった。
「お前の笑った顔が好きだ。困った顔も照れた顔も最高に可愛くて好きだ」
夜宵は眠ったまま、無防備なその寝顔に俺は思いの丈をぶつける。
「美少女アニメを活き活きと楽しんでるところも、魔法人形が強くて頼もしいところも、リアルだと実はコミュ障で、初対面の相手には碌に話せないところも運動が大の苦手なところも、全部好きだ」
起きてる彼女の前では絶対に言えないこと、俺の正直な気持ち。
「お前の全部が好きなんだ」
それを最後まで言い切った。
一ヶ月前、夜宵は言った。
普通の子と同じように学校に通って、友達を作って、『普通』に追いつきたい、と。
そして自分が『普通』に追いつくまで、俺に友達でいて欲しいと。
今まで友達も作らず、他人に興味を持たなかった夜宵は恋もしたことがないという。
だからこそ今は友達のまま、俺は待たないといけないんだ。
今、俺の気持ちを伝えれば彼女を困らせることになるから。
好きな子に告白すらできない、その抑圧された俺の感情が、眠ってる相手に愛の告白をぶつけるという行動に走らせた。
衝動的に全てを吐き出したところで、自分の心臓がどうしようもなくドキドキしていることに気付く。
今ので夜宵が起きたりしないよな?
彼女の顔を見る。相変わらず平和そうな寝顔だった。
「なあ夜宵、寝てるのか? 実は起きていて、全部聞いてたりしないか?」
そう問いかけるも、夜宵の口から吐き出されるのは規則正しい寝息のみ。返事など返ってくる様子はない。
俺の本心はどっちなんだろうな? 聞いてて欲しいのか、聞かれたくないのか。
答えの出ない問題に、今は蓋をする。
「おやすみ、夜宵」
彼女の頭を撫でようとして、止めた。
眠ってる女の子に触るのはマナー違反だと思ったから。
俺は夜宵に軽く手を振ると、電気を消して部屋を出た。




