#44 世界一位への挑戦
猫ルンバの使用機体は迷彩服に身を包んだ二足歩行の猫型マドールだ。その名をアーミーミーミーという。
右手に持ったナイフで近接攻撃を、左手のライフル銃で遠隔攻撃を可能とするテクニカルな機体だ。
夜宵の操るジャック・ザ・ヴァンパイアは早々に相手の懐に入り込み、接近戦に持ち込んだ。
両者の実力は拮抗していた。
夜宵が相手の左腕パーツを破壊すれば、すぐさまこちらの左腕パーツも壊され、次にジャックの脚部パーツが破壊されれば、お返しとばかりに相手の脚部パーツを壊して食らいついた。
そして勝負は最終局面を迎える。
脚部パーツが壊れたことで相手の防御・回避性能は半減している。今なら頭部パーツへの攻撃が通る可能性は高い。
アーミーミーミーとジャックが睨み合う。
猫型マドールはふらつきながらも一歩足を踏み出す。そこで地面の窪みに足をとられ体のバランスを崩した。
アーミーミーミーの左半身が揺らぎ、倒れそうになる。
チャンスだ! と夜宵は瞬時に判断した。
ジャックは敵に接近し、右手の魔剣を猫の頭部を狙って突き出す。
コンマ数秒先の未来に魔剣がアーミーミーミーの頭部パーツを貫く光景が夜宵の目には見えた。
その時、彼女は勝利を確信した。
しかし次の瞬間、敵マドールは上半身をひねり器用に魔剣を躱す。
剣は勢いそのままに猫の顔の横を通過、それを持つジャックが近づいたタイミングで敵は右手を伸ばし、その手に持ったナイフでジャック・ザ・ヴァンパイアの喉元を切り裂いた。
ジャックの頭部装甲ゲージがゼロを示し破壊、そして機能停止が決定した。
まさか、体勢を崩したように見えたのはわざと?
こちらの攻撃を誘われていた?
攻勢に出たジャックにカウンターを仕掛け、防御の隙を与えず倒す算段だったのか。
自分は勝ちを焦って罠にかかったのか?
様々な考えが頭の中を巡る。
夜宵は呆然とテレビ画面を見つめた。
YOU LOSEの文字が表示された後、画面が切り替わり、今の敗戦が成績に反映される。
夜宵の順位が五位まで下がった。
時刻は朝九時過ぎ、これで六月シーズンは終わったのだ。
勝てなかった。
一位まであとちょっと、あと一勝だったのに。
拳をソファに打ち付ける。
気付けば瞳から熱いものが溢れ出していた。
喪失感が胸に広がる。
何が悪かった? どこが敗因だった? あの場面か? いやあそこで判断を誤らなければ。
だがいくら試合を振り返っても結果は変わらない。
夜宵はテーブルのスマホを拾い、ツイッターを見る。
『対戦ありがとうございました』
猫ルンバがそう呟いていた。
すぐにそれにリプライを送る。
『ありがとうございました。最後の場面、わざと隙を作って、こちらの攻撃を誘ったんですか?』
『そうだよ。とは言ってもヴァンピィくんは勘がいいから罠にかかってくれるかは賭けだった。正直ギリギリの戦いだったよ』
ギリギリ、か。
世界ランキング一位にギリギリの戦いと言わしめたのだ。
夜宵は思う。
恐らく実力の差は殆どなかった。十回戦えば五分五分くらいには持ち込めただろう。
だが現実は一発勝負で、自分は負けた。それが厳然たる結果だ。
テレビを消し、Aコンをゲーム機に付け直す。
しかしStandを片付ける気力もなく、夜宵はスマホを片手にフラフラと自室へと向かった。
部屋に入り、ベッドに横たわる。
あとちょっとだった。なにかの行動が一つ変わるだけで勝敗は逆転していたかもしれない。
いくら後悔してもしたりない。
この気持ちをどう処理すればいいのかわからず、夜宵はもう一度スマホを見た。
ツイッターのタイムラインに表示されている猫ルンバのアカウント。
『最終一位をとったぞ』
そのツイートに多くのいいねとリプライがついている。
それを見るだけで悔しくて、夜宵は気持ちを吐き出す先を決めた。
自分も猫ルンバにリプライを送る。
『一位おめでとうございます。少しDMでお話ししても大丈夫ですか?』
『うん。これから会社に行かなきゃいけないから、移動中で良ければ』
何の用件かも告げてないのに早々と承諾してくれた。
夜宵は折角なのでその優しさに甘えることにした。




