#33 決着
「はっ、威勢よく飛び込んできたところで、アンタが崖っぷちであることは変わらないんすよ!」
ジャック・ザ・ヴァンパイアの隣には青白く燃える人魂が浮いており、そこに1という数字が表示されている。
死のカウントダウンは残り1、あと一度でも撒菱を踏めばジャックは機能停止するのか。
プロミネンス・ドラコは何とか大河忍者から離れることはできたが、夜宵の方も既に限界が近い。
このままではジリ貧だ。
その時、どこからともなく黄金の光線が飛んできてジャックを襲う。
ジャックは横っ飛びでそれを躱し、光線は地面に突き刺さった。
光流のラビット・バレットの攻撃か。あれに当たれば動けなくなる。
しかも肝心のラビット・バレットがどこにいるのかわからない。
姿なきスナイパーに狙われながら、夜宵は琥珀と戦わなければならない。
「ちょこまかと逃げるなら、逃げ道を塞いでやるっす!」
琥珀の言葉と共に、虎の被り物をした忍者の口が開き、光線が発射される。
それはジャックの後方の地面を照らし、そこに透明な撒菱がばら撒かれた。
まずい、このままではジャックの逃げ場はどんどんなくなっていく。
プロミネンス・ドラコが安全な場所に逃げても、ジャックを援護できないのでは夜宵が一人で戦ってるのと変わらない。
だが両腕を失ったプロミネンス・ドラコでどうすればいいんだ。
火炎球による攻撃、火炎壁による防御、どちらかが使えれば夜宵を援護できたが、もはやそれもできない。
残ったのは頭部特性の燃え盛る魂か。
いや、駄目だ。燃え盛る魂は広範囲攻撃。これで大河忍者を攻撃すればジャックを巻き込むことになる。
駄目だ。何も打つ手が浮かばない。
そしてこうしている間にも徐々に夜宵が追い詰められていく。
後方と左右の地面を撒菱で埋め尽くされ、正面からは虎忍者が爪で斬りかかってくる。
ちくしょう。何か手はないのか? 夜宵を助ける方法は!
使えるのは燃え盛る魂のみ、でもこれを撃てば夜宵を巻き込んで――
そこで頭の中で何かが引っ掛かった。
いや、待てよ。巻き込んでもいいじゃないか。
それはリスクもあるが、同時にリターンだってある。
もう時間が無い。俺の意図を夜宵に説明している暇はない。
頼む。伝わってくれ!
「ヴァンピィ、短期決戦で決めてくれ!」
俺は手短にそれだけ伝え、Aコンを握り締める。
燃え盛る魂の実行ボタンを押すと共に赤き竜はその口を大きく開き、深紅に燃える炎の玉を生み出す。
燃え盛る魂はコントローラーを振り回すことによる振動で威力を上げる。
ならば逆に一切コントローラーを振らなければダメージを抑えることも可能だ。
そして竜の口から火球が放たれた。
それはジャックと大河忍者が斬り結んでいるところへ一直線に向かう。
迫りくる炎の塊に最初に反応したのは琥珀だ。
「これはやべーのがきたっすね。でも大河忍者のスピードなら、ギリギリ避けられるっす!」
言葉と共に忍者は軽々とした身のこなしで宙返りし、その場から飛び退く。
「えっ?」
そこで琥珀が間の抜けた声を出す。
その反応は当然だろう。
燃え盛る魂は広範囲攻撃。大河忍者がその場から退避したように、ジャックだって逃げないといけない。
なのにジャック・ザ・ヴァンパイアは一歩も動かないのだから。
そして巨大な火球は吸血鬼を呑み込み、晴天の青空へに火柱が上がる。
「そんな、味方の攻撃をわざと受けたんですか」
光流の困惑の声が響く。
伝わった。夜宵にだけは、さっきの一言だけで。
避けなかったということは、俺の意図を汲みとったってことだよな。
チラリと夜宵の表情を覗く。
彼女は俺に向けて小さく頷いた後、どこまで透き通った瞳でバトルフィールドを見下ろす。
あれは夜宵が極限まで集中しているときの目だ。
俺は目の前にいる光流と琥珀に種明かしをしてやる。
「今の燃え盛る魂はな、エフェクトは派手だけど威力はかなり抑えてるんだよ」
とは言えダメージ状況を見るに、ジャックの全パーツは限界ギリギリだ。
もう長くはもたない。
その上、燃え盛る魂を受けたマドールは融解状態になり、時間が経つほど継続ダメージに蝕まれる。
次の瞬間、炎の中から黒マントの吸血鬼が飛び出し、虎忍者に向けて疾走する。
それを見て琥珀も表情を引き締めた。
「たまごやき! 援護頼む!」
琥珀の言葉と共にどこからか黄金の光線が飛んできてジャックに襲い掛かる。
だがジャックは迷わず前へと突き進んだ。
光線を避けるそぶりさえなく、全身でそれを受け止める。
黄金に輝くレーザービームが吸血鬼の四肢を貫く。
「これでヴァンピィさんはもう動けません!」
喜色を滲ませた光流の声が響く。
天罰の雷を受けたマドールは停止する。
だが、俺はそんな彼女に言葉を返す。
「悪いな、そうはならないんだ」
ジャックの動きは止まらない。未だその速度を緩めることなく大河忍者へ向かっていく。
「ジャック・ザ・ヴァンパイアは融解状態だ! 停止にはならない!」
このゲームでは、状態異常は重複も上書きもされない。
「まさか、さっきの攻撃はその為に!」
光流の表情が驚愕に歪む。
そう。俺の意図を理解し、夜宵は敢えて燃え盛る魂を回避せずに受け止めてくれた。
そこでジャックは魔剣を構え、大きく跳躍した。
空中へと飛びあがった状態から地上の虎忍者めがけて魔剣を振り下ろす。
「これで、トドメええええええ!」
普段大人しい夜宵が声を張り上げる!
「いいや、そうはさせないっすよ!」
だがそれを琥珀の言葉が遮った。
「大河忍者の切札特性発動!」
なっ、いつの間にか大河忍者もパワーゲージが百パーセントまで溜まっていたのか!
一瞬にして虎忍者の周囲の地面が光り輝き、そこ透明な撒菱が隙間なく生み出される。
「切札特性・夢現魔鬼火死牢! 大河忍者を中心とする一定範囲内の全ての地面に撒菱を仕掛けるっす! さらにこの効果で設置された撒菱は味方が踏んでも発動せず、敵にだけ作用するっす!」
魔鬼火死の弱点を克服した、強化版の魔鬼火死が地面を埋め尽くした。
大河忍者とジャックを取り囲む地面はもはや一面の針地獄だ。
ジャックは空中で剣を振りかぶったままの状態。
これではジャックが次に着地した時、必ず撒菱を踏んでしまう。
だけどな、琥珀。お前が切り札を使うというなら、こっちも既に切り札の準備は整っているんだよ。
「ジャック・ザ・ヴァンパイアの切札特性を発動!」
夜宵の凛とした声が響く。
「切札特性・悪夢の月夜!」
瞬間、ウェスタンフィールドの上空の青空がどんどん暗くなっていく。
「悪夢の月夜はフィールドの時間を進め、夜にする!」
「フィールドの状態を書き換える切札特性だと?」
琥珀が眉を顰める。
そう、バトルフィールドは天候や時間と言ったステータスを持つ。
ジャックの切札特性はフィールドの時間に干渉し、夜にできる。
そして悪魔タイプのジャック・ザ・ヴァンパイアは夜のフィールドでは攻撃力と防御力がアップする、が。
「だったらどうしたんすか? あと一回、魔鬼火死を踏めばアンタは終わりっていう事実は変わらないっす」
今更攻撃力と防御力が上がった程度では盤面に影響はない、琥珀はそれをよく理解していた。
しかしこちらの狙いはここからだ。
ジャック・ザ・ヴァンパイアが背に羽織った黒マントが無数のコウモリへと分離、そして新たな姿へ再構築される。
それは闇夜に輝く邪悪な一対の翼となってジャックの背中に取りついた。
「なっ、変形したっすか!」
琥珀が目を見開く。それに夜宵が言葉を重ねた。
「フィールドが夜の時、オプションパーツ・蝙蝠の外套は蝙蝠の翼へ変形する。そして蝙蝠の翼を装備したジャック・ザ・ヴァンパイアは飛行能力を得る!」
「飛行能力、だと!」
飛行能力を得たジャック・ザ・ヴァンパイアはもはや地面に着地する必要はない。
地上に如何なるトラップが仕掛けられていても全て無意味となったのだ。
満月を背に夜空を飛ぶ吸血鬼が剣を振り下ろす。
「血塗られた魔剣!」
夜宵の叫びと共に吸血鬼の剣が虎忍者の頭部を一閃した。
忍者の体はぐらりと揺れ、力なく地面に倒れる。
大河忍者、機能停止。
「くっ、やられた」
琥珀が悔し気に歯を食いしばるが、まだ勝負は終わらない。
「次はお前の番だぜ。たまごやき」
俺がそう告げると、光流は強い視線でこちらを見つめ返す。
「ラビット・バレットの無敵状態は十分間というタイムリミットがある。フィールドの時間を進め夜にしたことで、お前の切札特性は既に効力切れだ!」
ジャックの切札特性はフィールドの時間を強制進行させた。
その事実を突きつけてもなお、光流は不敵な笑みをこちらに向けてくる。
「それで? 私の無敵時間が終わったとして、お兄様に私が見つけられますか?」
そう、フィールドは夜状態。
プレイヤーにとっても見通しが悪い中、ラビット・バレットはどこに隠れているのか?
透明状態が解除されても居場所がわからなければ意味はない。
息を潜めたスナイパーは闇夜に紛れ、再び俺達に銃口を向けるだろう。
だが、最初から居場所の目星をつけていれば話は別だ。
「さっきから何度も撃っていた天罰の雷の威力と方向から、大体の位置はわかっている。
昔から、かくれんぼの時は鬼の近くに隠れるタイプだったよな、お前は」
俺の言葉を受け、光流の顔から血の気が引いた。
「フィールドが夜の時、プロミネンス・ドラコの切札特性は強化される」
百パーセントまで溜まったプロミネンス・ドラコのパワーゲージを全て消費。
燃え盛る炎の翼を持った赤竜はその炎を全身へと広げていく。
「絶対追尾、貫通付与、威力倍加、融解付加」
今や赤き竜は全身を炎に包まれた火炎竜となった。
「これで本当の決着だ! 月夜の煌めき!」
燃え盛る炎の化身はその体を矢のようにして解き放つ。
炎は闇を切り裂き、ウェスタンフィールドの中心にある時計塔の文字盤を貫いた。
次の瞬間、時計塔は炎に包まれ爆発する。
そしてガンマンの格好をしたウサギ型マドールが爆破の勢いで空へと放り投げられ、瞬きの間に再び炎に喰われていった。
ラビット・バレット、機能停止!
「決まったあああああ! ウィナアー! キャンプファイアアアアアア!」
マイクを通した司会の声が会場に響くのを聞きながら、俺は肩の力を抜くのだった。




