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#2 吸血鬼はコンビニでプリンを買って帰り道で転んで泣いた2

 駅から出た後、コンビニに寄って今日の昼飯を確保する。

 適当なおにぎりを数個カゴに入れてレジに並ぶと、自分の前に並んでいる少女が視界に入った。

 腰ほどまで伸ばした長い黒髪、頭の左側のみ黄色いシュシュで髪を結わえてワンサイドアップにした少女。

 後ろ姿しか見えないが、美少女の雰囲気を感じる。

 なんとなく違和感を覚えて、すぐにその正体に気付いた。

 小柄で俺よりも頭一つ分背の低い彼女は、ラフなジャージ姿だ。

 年齢は恐らく俺と変わらないだろうに、平日朝のこの時間、学校などに行かないのだろうか?

 彼女が新発売らしきプリンの会計を済ませるのを、ぼーっと眺めてると、もう一つのレジに店員さんが現れ、お次のお客様こちらへどうぞー、と呼ばれる。

 そのまま自分も会計を済ませた頃には先程の少女の姿は既になかった。

 買ったものを鞄に仕舞いながら自分も店を出る。

 学校にいかないとな。そういえば今何時だろ。

 スマホを取り出し、時間を確認する。まだ余裕がありそうだ。

 丁度その時、さっき開いていたツイッターの画面が更新され、新しいツイートがタイムラインに表示される。

 ヴァンピィさんが画像つきのツイートを上げていた。

 どこかの公園のベンチに、新発売を謳ったプリンとビニールに包まれた割り箸が置かれている写真。

 そこにこんな呟きが添えられていた。


『コンビニでプリン買ったら割り箸つけられてジャパニーズの洗礼を受けてる。

 ジャパンのサムライもニンジャもゲイシャも箸でプリンを食うらしいが、俺はまだその境地には至れてないんだぜ』


 いや、何エセ外国人の間違った日本知識みたいなこと言ってるんですか。あんたも日本人でしょ。

 何かリプライを送ろうとしたが、そこで写真に意識を引っ張られた。

 あれっ。この公園、見覚えがあるような。

 写真に写る断片的な情報だけでは確信が持てないが、これ近くの公園じゃないだろうか。

 そうだ、コンビニを出て少し住宅街方向に行ったところに小さな公園がある。

 あそこに非常によく似ていた。

 それに気付くと自分の中に好奇心が芽生えてくる。

 この公園が自分の記憶にあるのものだというなら、ヴァンピィさんがすぐ近くにいるということだ。

 ひょっとしたら、よく似た違う場所なのかもしれないけど。

 確かめたい。その欲求に抗う理由は見当たらなかった。

 幸い登校時間には余裕がある。

 地面を蹴り、早足に公園を目指す。

 目的の場所はすぐに視界に入った。

 そこには先程コンビニで自分の前に並んでいた少女がベンチから立ち上がり、エコバッグにプリンと割り箸を仕舞ってるところだった。

 まさか、あの子が?

 逸る気持ちを抑えることもできず、俺は彼女のそばまで駆け寄る。


「待ってください」


 俺の声に、ぎょっとして彼女はこちらを見た。

 息を乱しながら走り寄ってきた俺を見て驚いている。そんな顔だ。

 俺も彼女の顔を改めて確認する。

 人形のように整った目鼻立ち、幼さの残るあどけない顔だちは年下のようにも見える。

 本当にこの子がヴァンピィさんなのか?

 こんな女の子が?

 普段、男口調でツイッターで呟いてるイメージと全く結び付かないぞ。

 頭の中を色んな疑問が駆け巡るが、それは全て目の前の少女に聞けばハッキリすることだ。


「あの! ヴァンピィさんですよね!」


 一瞬の沈黙。俺の問いかけに彼女が息を呑んだのがわかった。

 どうしよう。固まってる少女を前に俺は何か言葉を続けないとという使命感に囚われる。


「さっきツイッターにプリンの写真上げてましたよね。背景からしてここの公園だなと思って――」


 俺の言葉の途中で少女は踵を返し、その場から逃げ出した。


「あっ、待って」


 反射的に俺は後を追おうとする。

 しかしそのすぐ後に、彼女は公園の出口近くまで走ったところで足をもつれさせ、前に倒れた。


「大丈夫ですか!」


 責任を感じて彼女の元に駆け寄る。

 地面に伏している少女の近くまでいくと、うっうっ、という嗚咽が聞こえた。


 泣いてる!


 うわあああああ、泣かせた泣かせた! 女の子を泣かせてしまった!


 警戒されている身でありながら彼女に近寄るのも躊躇われるが、このまま放っておくわけにもいかない。

 俺はうつ伏せに倒れる少女の前にしゃがみ、声をかける。


「すいません、俺は怪しい者じゃないんです。それより、立てますか? どこか痛いところはないですか?」


――うっ、ううっ、うっうっ。


 駄目だ。泣き止まないし、自ら体を起こそうという素振りさえ見えない。

 そう思っていると、彼女の嗚咽の中に言葉らしきものが混じって聞えた。


「ううう、もう無理。死んじゃう……」

「死なないでください! 大丈夫、傷は浅いですよ! 痛いの痛いの飛んでけー!」


 いや、傷が浅いかどうか以前に、傷があるのかどうかもこっちからはわからないけどとにかく励ます。

 まさか見知らぬ女の子に声をかけただけでこんな大惨事になるなんて、後悔と罪悪感が際限なく込み上げてくる。

 やがて彼女は地面に両手をついて上半身をゆっくりと起こす。

 ようやく見えた彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。


 うっ、うおおおおおおお! 俺の馬鹿! 俺の馬鹿! なんて考えなしに行動したんだ。

 仮にこの子の正体が本当にヴァンピィさんだったとしても、どこの誰とも知らない男にリアル特定されたら警戒するに決まってるだろ。逃げ出すのも当然だ。


「本当に、びっくりさせてごめんなさい。立てますか?」


 誠心誠意の謝罪を込めながら俺は彼女に手を貸し、立ち上がらせる。

 ふらつく彼女の肩を支えながら、近くのベンチまで先導し、少女を座らせた。


「大丈夫ですか? 痛いところとかあります? まだ痛むようなら救急車呼びますよ」


 例え学校に遅刻することになろうが、自分がやらかしたことは自分で責任を取る。

 彼女に深刻な怪我でもあれば、救急車に乗って付き添う覚悟だ。

 だが俺の決意とは裏腹に、少女は首を横に振った。


「へ、平気。い、い、痛み、は、収まって来たし」


 さっきまで泣いていたせいか声が震えていた。

 彼女は全身ジャージ姿なので膝を擦りむいたりとかはなさそうだが。


「手は? 手とか擦りむいてないですか?」

「う、うん」


 手の平を広げて俺に見せてくれる。確かに、怪我などは見当たらなかった。

 とすれば、転んだ時の一時的な痛みさえ収まれば歩いて帰れるだろう。

 こんなラフな格好でコンビニに来たということは、きっと自宅もこの近くだろうし。


 俺は地面に転がっていた彼女のエコバッグを拾ってベンチに届ける。

 中身がチラッと見えたが、新商品のフルーツプリンは転んだ衝撃でプリンの上に乗ったクリームとフルーツが混ざってしまっていた。

 容器に入ったままだから、食べる分には支障はないだろうが、見栄えは残念なことになっている。


「ほんっとうに、ごめんなさい」


 彼女がようやく落ち着いたところで俺は改めて頭を下げた。

 そこで少女が、控え目に言葉を吐き出す。


「あ、あの、その、ち、違う」


 途切れ途切れで何を言いたいのかわからないが、俺は彼女が言い切るのを待つ。


「ヴァンピィ、って人、知らない、私、違う、から」


 そっか。

 どうやら俺が口にしたヴァンピィという名前には全く心当たりがないらしい。


「ごめんなさい、人違いでした! 本当にすいませんでした!」


 完全に無関係の少女を驚かせ、傷つけてしまった。

 俺の馬鹿、俺の馬鹿、俺の馬鹿!


「痛みは大丈夫ですか? お詫びに家まで送ります」

「えっ、あっ、うん」


 見るからに気の弱そうな少女は、一瞬戸惑いを見せたものの、俺の言葉に頷いてくれた。

 本当は見知らぬ男に家までついて来られるのは嫌だが、気の小さい彼女は断れない。

 そんな風に見えた。


 とは言え、俺も自分のせいで転んでしまった少女を放置することはできない。

 その後、俺は痛みの引いた彼女に手を貸し、家まで送り届けた。

 彼女の家は公園を出てすぐの一軒家で、本当に目と鼻の先だった。


「あ、ありがと、ございます」

「うん、お大事にね」


 たどたどしくお礼の言葉を吐き出す少女が玄関に入っていくのを見届ける。

 さて、まだギリギリ遅刻せずに済みそうな時間だな。

 学校へ行こう。そう思った時、ふと彼女が入っていった家の表札が目に入った。

 月詠、と書かれていた。

 つくよみ、と読むのだろうか?

 どこかで聞いたことのある苗字のような気がする。

面白かったと感じていただけたら、ページ下にある☆を沢山つけてブックマークをしていただけると嬉しさで作者の執筆モチベが大幅に上がります。

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