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#112 永久なる聖域

 水晶の魔法使い(クリスタル・メイジ)はクルクルと杖を振り回しながら、空中へ放り投げる。

 その杖が落下し地面へ突き刺さると、その場所を中心に広範囲に魔法陣が展開された。

 魔法陣の外周部にはオーロラの壁が生み出され、少しづつ背を伸ばしている。

 それを見て、感心した様子でコスモは言葉を吐き出した。


水晶の魔法使い(クリスタル・メイジ)頭部特性(ヘッドスキル)永久なる聖域(エターナルエデン)はあらゆる攻撃を防ぐ不可侵の聖域を構築する。

 完成すればまさに無敵の城壁となる強力な特性(スキル)だ。

 ただし完成すればの話だがな』


 コスモめ、対戦環境では殆ど使用者のいない水晶の魔法使い(クリスタル・メイジ)の能力も把握済みか。

 流石のマドール知識だな。

 そう、確かに永久なる聖域(エターナルエデン)は完成すれば、外界からのあらゆる干渉を受け付けない絶対の安全地帯となる。

 しかしその発動から完成までには少々時間を要する。

 魔法陣の上に現れたオーロラの壁はまだ水晶の魔法使い(クリスタル・メイジ)の背丈の高さにも及んでいない。

 聖域が完成するまでランスの攻撃を凌ぐ。

 それが水零に託された使命だ。


「水姫、頼むぞ」

「ヒナくんの頼みならなんでも聞いちゃうわ。ちゃんと守りきれたらあとでご褒美頂戴ね」


 いつもの調子で投げキッスをひとつすると、彼女はコントローラーを握り直す。


右腕特性(ライトスキル)多層水晶壁マルチクリスタル・ウォール!」


 水晶の魔法使い(クリスタル・メイジ)が右手を前に出すと、彼女の正面に十枚の鏡の壁が出現する。

 そこでコスモが言葉を放つ。


『行け、ランス。永久なる聖域(エターナルエデン)が完成する前にライオンハートのクイーンを倒すんだ!』

『貴様に指図される謂れはない。我が主君はクロリス様ただ一人!

 女王の首をクロリス様への手土産としてくれる!』


 言葉と共に一角獣のヒヅメが大地を蹴り、鏡の壁へと突進してくる。

 そして騎士の持つ槍と、ユニコーンの角が同時に壁を叩いた。


二重槍殺(デュアルペネトレイト)!』


 重量感溢れるその攻撃は、十枚の鏡の壁の最初の一つを粉々に打ち砕いた。

 その恐るべき威力に、水零も苦々しく口元を歪める。

 まずい、これは彼女一人には荷が重いかもしれない。

 落ち着け、冷静に考えろ。

 永久なる聖域(エターナルエデン)の完成前にランスの侵攻を許せば、俺達のゴールデンマドールは倒され、チームの敗北が決まる。

 現実問題、このペースで鏡の壁を破られ続けたらどうなる?

 ランスが全ての壁を突破する前に聖域の完成は間に合うか?

 この先の盤面を予測してみるが、大分際どい。

 もはや判断の遅れは許されない。

 水零を援護するなら今すぐにでも決断すべきだ。

 ならばなりふり構ってはいられない、こちらも手札(カード)を切る!

 俺は夜宵に指示を飛ばした。


「ヴァンピィ! クラッシュだ!」

「っ!」


 俺の言葉を聞いて、夜宵は目を丸くする。

 無理もない。しかし彼女には申し訳ないが、今はこの手しかない。


「わかったよヒナ」


 そして彼女は静かに頷いた。

 そうしている間にもランスの猛攻は続く。

 魔法陣から伸びるオーロラの障壁は水晶の魔法使い(クリスタル・メイジ)の倍ほどの高さまで成長しつつある。

 それが完全なドーム型になれば永久なる聖域(エターナルエデン)の完成なのだが。


「水姫、聖域の完成まであとどれくらいかかる?」

「あと、十秒」


 苦しげに彼女は答える。

 そこでランスはいよいよ九枚目となる鏡の壁を突破した。


『あと一枚! ライオンハートよ、覚悟を決めよ! 二重槍殺(デュアルペネトレイト)おお!』


 そして十回目の突進攻撃! ユニコーンの角と騎士の槍は最後の壁を打ち砕き、鏡の破片がその場に散らばる。

 聖域を形作るオーロラの防壁はまだ実体化していない。

 もはやゴールデンクイーンマドールとグランドランス・ユニコーンの間を阻む物はない。

 俺はもう一度彼女に問いかける。


「水姫、聖域は」

「ごめん。あと、五秒」


 申し訳なさそうに告げる水零とは対照的に、ランスの興奮した声が響く。


『トドメだ! 我が槍に貫かれることを光栄に思うがいい!』


 グランドランス・ユニコーンが槍を構え、クイーンへ狙いを定めたその時――

 一筋の閃光が空気を切り裂き、騎士の胸を貫いた。


『な、に?』


 ランスが絶句する。

 どこからともなく飛んできた光線に撃ち抜かれた瞬間、グランドランス・ユニコーンの体に電流が走り、動きが止まる。

 そこに楽しげな少女の声が割り込む。


天罰の光(パニッシュ・レーザー)。この光線を受けたマドールは五秒間、停止(フェイリア)状態になり操作不能となります」


 五秒。

 そう、欲しかった五秒がようやく手に入った。

 間に合った。

 俺はバトルフィールドの北端を見る。

 さっきまで夜宵とクロリスが戦っていたその場所では、ジャック・ザ・ヴァンパイアが自らの剣で胸を貫き、木に背を預けながら倒れていた。

 自滅による停止交代クラッシュアンドダウンリリーフにより、控えのマドールが交代地点(リリーフスポット)からバトルに参戦し、ここまで駆けつけてくれたのだ。

 両手に拳銃を持ったウサギのガンマンがその場に降り立つ。

 俺の自慢の妹は、ピストル型コントローラーを構えながら得意気に言葉を吐き出した。


「お待たせしましたお兄様、水姫さん。私とラビット・バレットが来たからにはもう安心ですよ」


 そして魔法陣が生み出すバリアは遂に天井を覆い尽くし、虹色に輝き出す。

 それを見て、水零は満足気に微笑んだ。


「ありがとう、ひよこちゃん。これで、永久なる聖域(エターナルエデン)! 完成!」

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