プロローグ
カーテンの隙間から、天井にいくつか光が伸びている。
壁にぶつかるまでまっすぐ伸びるはずが、光が一つ屈折した。下に伸びる光は、金具を照らし、縄の輪を照らす。
ガザ……ザザ……
ゴミが散らかっている部屋に男性が入ってくる。彼は電気を付けず、照らされている縄をただ眺めている。
伸びっぱなしの髭と髪はべたついている。ヨレヨレで少し変色しているスウェット。恐らく、何日も風呂は入っていないだろう。
男性は近くの椅子に手を置き、それを引きずりながら縄の下に着く。
足でゴミをどかし、椅子を自分の前に置く。
椅子の上に乗り、目線が合った縄を両手でつかんで、そのまま頭を通す。
「ごめん……また」
男性はつぶやくと同時に、椅子を足でけった。
◇
「死後の世界へようこそ。後悔なき人生を送れましたか?」
白い空間に、どこからともなく真っ白な大きな羽の生えた女性が現れた。糸目で、にっこりしている彼女は、突然そう聞いてきた。
「それ、毎回言う決まりなのか?」
「はい。死んだ者は本来、ここの記憶がないので、説明も兼ねての挨拶のはずなんですけど……」
にっこりしていた口の口角が下がった。それでも彼女の目は見えない。
「斎藤瑞花さん! あなた、何回自殺をするつもりなんですか!?」
そう。実は彼女、アドニス・アムールとは初めましてではない。
俺には、前世の記憶しかないけど、今までに9回死んでいるらしい。だから、ここの管理者である彼女に、とてもお世話になっている。
「うるさいな! 俺の人生なんだから、自殺したっていいだろ!」
「それはそうですが、あまりにもやりすぎです。もちろん、自殺してしまいたいくらい辛い人生の者います。でも、あなたは今回で十回目ですよ! 十回! しかも、今回はあなたが少しでも楽をできるように、前世の記憶を残したのに、まだ三十路も言ってないじゃないですか! いい加減、ちゃんと生きてください!」
そんなに色々強調しなくても、分かっている。
そもそも生きていたくないのだから、仕方ないのだろう。俺には生きる才能がないってことにして、さっさと諦めてくれないかな。
前の人生は家庭まで持っていたが、すべてがうまくいかなくなって一家心中をしようとした。でも、怖くなって結局一人で、寂しく山奥で死んだ。今回は家庭を持たないようにしたら、失敗した。一人だと、さらに死にやすくなることが分かったよ。
こんな俺のことなんか無視して、アドニスは勝手に話を進めている。ほら、ここですら俺の居場所はない。
「分かりました。そこまで、自殺を続けると言うのなら、今度は死ねないようにしちゃいますよ。いいですか?」
ふん、俺は鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
アドニスには、それが承諾に見えたのか、勝手に呪文を唱え始めた。
俺の下に大きな魔方陣が現れて、壁を作るように周りが光りだした。もう二度目のことだから驚かないが、今回の魔方陣も光も前のものと違う。
「それでは。最後の人生がいいものになりますように」
祈るように、最後に彼女は言った。