~戦闘と経緯と~
『隊長!! ウサギのお客はんが2匹のアリと交戦したで! なんやあの獣人、めっちゃ強いやん! もしかしてアレ使わんくてもええんちゃいますか? 』
「いや……アリは5匹で1ユニットだ。試運転の相手には丁度いい。そもそも彼女1人に任せる訳にはいかないだろう! 全員出撃!!」
「「「「「了解!」」」」」
――パアァァァン。
甲高い発砲音と同時に砂丘を滑るレイラ。その身のこなしは明らかにこの砂漠でも戦い慣れしている様に見える。砂丘の凹凸を利用し、眼前に迫る巨大なアリの突進を華麗にいなす。体が砂だらけになるのもお構いなしに砂の上を転がりながら体長3メートル近いアリの関節部に発砲を繰り返す。
「さすがに硬いわね。面倒だけど……」
レイラの視線の先にサクラ達の装甲車が飛び出す。重々しい音と共に装甲が変形し重火器を内部から露わにする。ひゅうと口笛を吹きながらアリの腹部に滑り込み腹部を打ち抜いたレイラは装甲車に向かって走り出す。
『お客はん! ええ判断やで!』
スピーカーから聞こえた声を聞いたレイラはスライディングで装甲車の下に潜り込む。タイミングを合わせる様に装甲車のマルズフラッシュがアリの外皮を砕きグズグズの肉片に変える。2匹、3匹と仕留め辺りが静まると装甲車の扉が開く。
「レイラ! 大丈夫か!?」
『アカンお客さん! まだもう1匹――』
静止の声も虚しくユーリの正面の地面が盛り上がりユニット最後の1匹が姿を現す。赤黒い合金を思わす外皮に鉄骨の様な6本の脚。頭、胸、腹で構成されるところは我々の良く知る蟻と酷似しているが、体長だけでも3メートル、頭の2倍近くある大顎を鳴らしながら迫るソレは最早蟻などと気軽に言える存在ではない。
ユーリから遅れて扉から駈け出したキャラバン一行。その眼前ではユーリの前に躍り出るアリとそれに対峙する彼の姿。
「まずい! モミジ君!!」
『アカン! アリとの距離が近すぎるッ。これじゃあコイツは使えんで隊長!!』
「ちぃっ……アザミ君援護を頼む。サクラ君とスズナ君は俺と来い!」
「あいよッ!!」
「――必要ないわ」
カムイに続いて2人が駈け出そうとしたのをレイラが止めた。唐突に放たれた言葉に思わず動きが止まる。5人の前でユーリが見せた動きにレイラ以外が思わず息を飲んだ。
左手を腰に当て、右手は左手の前……居合の構えを思わすが彼の手には何もない。しかし、それを見たサクラが驚きの声を上げる。
「ユーリさん!」
「――斬ッ」
凄絶な気合いがほとばしり白刃が閃いた。ユーリの手には存在しない筈の武器、鉄を薄く鍛えた刃物――カタナがある。抜く手も見えず返す手も見せない完璧な居合だ。チンと鍔鳴りが聞こえると同時に彼の両脇に内部から体液をまき散らしながら真っ二つになるアリ。それを確認もせず振り返り、装甲車に戻るユーリ。左手には先程のカタナも握られている。
「流石ねユーリ」
「まあな」
パンッとハイタッチを交わしたの2人。それを迎えたカムイ達は何とも神妙な顔つきで迎えた。少しの沈黙と破ったのはやはりお喋りなサクラだった。
「流石ウォーカーですね! 物質の粒子化も出来るなんて! それにその居合の技!! 私の師匠みたいです! 皆さん見ましたか!? あのアリを外皮ごとスパッと一刀両断、一呼吸で抜いて斬って戻す。理想の居合ですよ! 私の理想です! 本当に凄いです!」
「あ、ああ……」
キャビンの中でも見たランランと輝く瞳で2人に話しかけるサクラ。同年代からまるでヒーローを見る子供の様な羨望の眼差しを向けられたユーリは何とも歯痒そうな表情でサクラとレイラを見比べる。
「良かったじゃない。モテモテで」
「モテモテって……」
レイラの台詞に言葉を詰まらせるユーリ。その表情はさっきの面影はなく少し情けなくも見える。そんな2人の会話が終わったのを見計らったカムイが近づく。
「お疲れ様……って言っていいのかな? 本当に凄い力を持ってるんだなウォーカーは。これじゃまるで俺たちが遭難者みたいな立場だよ」
「本当ですね隊長。これがウォーカーの力……。噂通り、いや噂以上ですよ」
2人の健闘を讃えつつ、装甲車に乗り込む一同。先に戻っていたメンバーに加えてようやく声だけの人物と対面した。
「お疲れ様です隊長、それにお2人はんも大活躍でしたな。ウサギはんの軽やかな身のこなしにお兄はんの抜刀術! いやぁおみそれしました~。……あ、うちはモミジ言います。どうぞよろしく」
夜営場所を変えるために移動する装甲車の中で、整備士の様な服装で2人を迎えたモミジはオイルで黒くなった肌とは裏腹に真っ白な歯でにかりと笑う。ガシャガシャと腰に巻いたベルトを外しながら話しかける。
しばらく走り、夜営のポジションを見つけたらしく装甲車がとまる。運転席からカムイとアザミがキャビンに移動する。
「近くに大きな生き物はいない様だから。今日はここで一晩過ごす事にするよ。狭い車内だけど休んでくれ。明日には街に付く予定だからそこまで我慢してくれ」
「充分よ、ありがとう」
「……ひとついいかしら?」
アザミの低い声がキャビンに響く。声音からあまりユーモアの効いた話ではないだろう。そんな雰囲気を感じた2人の視線がアザミに向けられる。
「ここは観光で来るような世界ではないし、ましてやあんな砂漠の真ん中。何か訳があるのかしら?」
「……」
2人揃って口を閉じる。今回の沈黙は立場が非常に悪くなるのも重々承知だろう。それでも口を開こうとしない彼等に対しアザミの手が動く。
「――ッ!」
アザミの右手に握られた拳銃。コンマ1秒もない早業だったが、アザミの視界にはレイラの抜いた銃口が既に彼女に向けられていた。アザミの行為を止める――止めれる者がいなかったが、それ以上の早業が目の前で起きた。唖然とするキャラバンメンバーだったが、カムイが口を開く。
「アザミ君。君の性分には合わないだろうが、この2人の事情にあまり踏み込まない方が良さそうだ。それに……。何よりここで君が傷つく所を俺は見たくない」
アザミの拳銃に手を置いたカムイ。アザミも自分の状況を判断した様で大人しく胸のホルスターにッ拳銃をしまう。
「よせ、レイラ。この人達だって知りたいのは当然だ。……全部は話せ無いけど、少しだけならお話します」
一呼吸おいてユーリが重々しく口を開いた。