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約束  作者: カモミール
1/1

前編

暇つぶしにどうぞ



『理央。明香里のこと・・、俺の代わりに守ってやってくれ』

『・・うんっ!俺が守る!!』

『グスッ、お父さん!!!()だよぉ・・』




 ピッ・・・・ピッ・・・・ピッ・・・・




 無機質な電子音と明香里の涙声。ベットに横たわる彼女の父親は縋りつく明香里の頭を優しく撫でていて、俺は子どもながらの小さな強がりで零れそうな涙を必死に我慢していた。


 肺癌だった。


 タバコ、俺も明香里も匂いが嫌いで、だから最近減らしていたって親父さん言ってたけど遅かったのかな。


 明香里の父親はバリバリのサラリーマンで大企業とはいかないけれどそこそこ大きな会社で、次期本部長とまで言われていたらしい。だからなのか仕事も忙しく、癌の発見が遅れてしまった。薬や放射線治療?ってのも試したけれど快調の兆しは見られず、日を追うごとにやせ細っていく明香里の父親を見るのが怖かった。


『沙羅...、ごめんな・・』

『貴方っ・・うぅ・・』


 あんなに元気だったのに。休日はキャッチボールもしてくれた。遊園地にだって連れて行ってくれたし、キャンプもした。あんなに、元気だったのに...。



ピッ・・・・・・・ピッ・・・・・・・



 明香里のお父さんは涙でぐちゃぐちゃな顔した沙羅さんに握られた手を見て、申し訳なさそうに、けど嬉しそうな、悲しそうな、優しく笑っていた。


『・・・・』

『・・・ああ、大丈夫。大丈夫だ。任せろ゛・・ッ!!』

『・・・』コクン


 もう言葉を話すのも出来ないのか後ろに立っていた父さんに目で何かを訴えたのだろう。父さんはボロボロと零れる涙を拭いもせず唇を噛み締めて頷いた。


 俺と明香里と同じように小さいころからの親友だったらしい。いつもあいつには負けねえって仕事も家事も頑張っていた。会うたびに会社での自慢、家庭での自慢、些細なことでも子どもみたいに言い合い、張り合い、それを母さんたちが恥ずかしそうに止める。そんな幸せな日々だった。


 父さんの言葉に満足したのか明香里の親父さんはもう一度、明香里と沙羅さんを見つめた。止まらない涙にまみれたその顔を、その眼に、その記憶に焼き付けるかのように。







 無機質で規則的になっていた電子音の長い、長い音が病室に鳴り響いた。













「りー君、ねえりー君起きて。遅刻しちゃうよ」

「うぅん、あとゼロ秒」

「じゃあ起きてよぉ~」


 微睡みの中。すぅーと意識が浮かび上がっていき俺は目を覚ました。


「あ、起きた。おはよ!」

「...はよ」


 いつもの天井。いつもの部屋に毎朝見る明香里の顔。ベットの横から顔を覗かせていた明香里の顔が下に引っ込み見えなくなる。まだ俺を夢の世界へと誘う温かい布団をのかして体を起こすと頭をこする天井。まだ小さい頃は平気だった二段ベットも体がでかくなった今、気を付けないと天井に穴を空けてしまいそうだ。実際何の夢かはもう覚えてないけれど、足を跳ね上げて天井を蹴り上げひやりとしたことは何度かある。


「あら理央。やっと起きたのね。なら早く朝ごはん食べちゃいなさい。明香里ちゃんいつもありがとね~。うちのバカ息子を起こしてくれて」

「いえいえ、私もあの手この手でりー君を起こすの楽しんでますし大丈夫です!」

「飼ってたクワガタに鼻を挟まれたことぜってー忘れない」

「あははっ、あれはやりすぎたかな~って反省してまーす」


 中学校くらいからかな。いや、嘘だ。小学校3年くらいからです。家が隣同士の彼女は朝起きるのが苦手な俺を起こしに来るようになった。そしてそのまま朝ご飯を俺たち家族と一緒に食べている。というのも沙羅さんはキャリアウーマンとして朝早くから仕事で忙しい。毎朝7時前には家を出なければならなず、明香里は一人になってしまう。当時小学生の明香里にそれは可哀そうだし心配だと言うことで、古くからの友人で親交もある(うち)が面倒を見ることになった。


「朝しっかり起きればいいだけでしょ?ほんとこの子は明香里ちゃんに甘えて...」

「そんなんじゃねーよ!」


 コロコロ笑う明香里にニヤニヤする母さん。くそう、朝から人を玩具にしやがって。


 まだ何かからかってくる母さんを無視して用意された卵焼きときつね色に焼かれた食パンを食べる。


―――ん?


「この卵焼き作ったの明香里か?」

「そだよー。よく分かったね。真由美さんに教わった通りの味付けだったんだけど、美味しくなかった?」

「いや、上手いよ」

「やた♪」

「あらあら・・愛、ね♪」

「ごほっ!?」


 飲んだ牛乳が鼻を遡る。ジロリ憎らし気に母さんを睨んでもどこ吹く風といった様子。むしろ楽しそうだ。


「・・・」

「はい」スッ

「さんきゅ...」


 気を利かした明香里が差し出したティッシュで鼻をぬぐう。


(はぁ・・)


 これ以上ここにいるとまたいいように揶揄われるだけだ。それに学校もある。俺は朝食を口の中に詰め込むように食べ終えると無言で洗「あたしがやっとくよ」おうとしたが明香里に取られてしまった。


 テキパキと食器を洗い片付ける制服姿の彼女の背中を数秒の間ボーっと見つめ、俺は自分の部屋に戻った。






「ねえねえりー君。大学どこにするか決めたの?」

「大学?まだ決めてねぇよ」

「ええー!!?まだ決めてないの!!? 今日提出しなさいって先生に言われてたでしょ?昨日の夜決めるって言ってたよね!?」

「そだなー。ま、適当なとこ書いとくよ」


 進路調査。高校三年の俺たちは順調にいけば来年卒業で、大学なり就職なりをすることになる。学校側として生徒の進路を把握しときたいのか、プリントの提出を求められる。明香里は俺の進路が気になるのかここ最近ずっと聞いてくるがそのたびに俺は適当な理由をつけて教えないでいた。


「もう、しっかりしてよね!」

「はいはい」

「はいは一回」

「はいはい」

「もー!」


 俺のどこか投げやりな返事に明香里は小さく頬を膨らましずずいっと身を寄せてきた。怒ってますのアピールなのだろうが全く怖くない。むしろ可愛い。


「よう!朝からお二人さん熱いねーー!」

「信二か。お前は相変わらず煩いな」

「信二君おはよー」

「元気こそが俺のアイデンティティよ!明香里ちゃんおはよう!!結婚して!」

「ごめんなさい」

「今日の即答頂きました!」


 毎回朝の通学中会うたびにする求婚を律義に断る明香里。ペコリと頭を下げるやり取りもいつものこと。信二も本気で言ってないしそのまま軽い足取りで先に歩いて行った。


「今年で三年目に突入。飽きもせずによくやるよな」

「あはは、最初はびっくりしたね~」



 あいつと初めて会ったのは入学式の日だった。


『そこの二人!その真新しい鞄に皴のない制服、新入生だよな!俺の名前は三階堂信二。よろしくな!』

『あ、ああよろしく』

『よろしく!』

『はぅあ!!!!』

『どうした?』

『?』

『女神だ...』


 わざわざ後ろから俺たちの前に回り込んできた信二は、明るく挨拶をした明香里を見て胸を押さえた。その動作と一言で俺はまたかとため息を吐いた。女神は初めてだが似たような反応は今までもあったからだ。しかし次の言葉は流石に予想外だったのを覚えてる。


『結婚してください!!!』

『えっと。ごめんなさい』


 秒だった。目を丸くして驚いていた明香里だったが返事は思いのほか早かった。


『まさかもうっ...!!?』


 何を悟ったのか交互に俺と明香里を見るこいつの態度で理解した。


『くっ、手遅れだとしても!この想いをっ、俺は捨てない!じゃあな!!』

『行っちゃった』

『だな』


 ぎゅっと胸の前、心臓を握るかのように手を強く握った信二はそのまま走り去っていった。まさかこのくだりを三年間続けることになるとは思いもよらなかったな。今では朝の挨拶見たくなってるし。



「じゃあね!大学決まったら携帯に連絡してよ?」

「・・・」

「返事!」

「はいはい」

「もう!」


 何故そこまで俺の進路を知りたがるのか。実は既に提出してたりする。俺も別に隠す必要なんてないけれど、何でだろう。明香里には教えなかった。


 ぷんすか怒る明香里と階段で別れた。俺は3年1組。明香里は3年4組。横に長い校舎でさらに階段、トイレ、自主室を挟むから教室は結構離れている。


 そのまま俺は教室に入り席に着く。教室の窓側ちょい後ろ。窓際やったぜと思ったのも数日だけ。二階だから景色はそんなに良くない。風が気持ちいいくらいだ。


 確か今日はこないだの中間テストの返却と、二週間後に迫る文化祭に何するかを決めるんだったな。テストはまあいつも通りだろうし、文化祭は事前アンケートを取った三つのうちのどれか。実行委員にも入ってないし、帰宅部だし、バイトも休み。今日はゆっくりできそうだな。


「おい」

「ん?ってまたお前か...。毎回毎回いい加減しつこいぞ」

「黙れ。こっちもいい加減うんざりしているんだ。さっきも見ていたがこれ以上明香里さんに付きまとうのは止めたらどうだ?」

「ストーカーかよ気持ちわりぃ」

「ストーカーなどと言う低俗な輩と一緒にしないで貰おうか。僕はただ見守っているだけだ。いついかなる時でも明香里さんを守るためにね。そして君がボロを出すその瞬間を捉えてやるのさ!!」

(心底キモイ・・)


 朝から俺にいちゃもんをつけてくるのは立花とか言う眼鏡。親はどこかの会社の社長でテストは常に一位。生徒会会長、にはなれなかった元副会長だ。まあ性格はお察しの通りこれなので逆によく副会長になれたなと思う。


 立花は二年の中頃から俺に、というより明香里に付きまとうようになった。そして今年、同じクラスになったのが運の尽き。何かと因縁を付けて突っかかってくるまじでめんどくさい奴だ。


「ふん、まあいい。生徒会も引退したことだし、今日くらいは勘弁してやる。だが僕は絶対に貴様と明香里さんの交際を認めない。絶対にだ」


 言いたいことをぶちまけて自らの席に戻っていく立花。言ってること何一つ当たってないし、そもそも俺は明香里にどうこうする気もした記憶も無い。てかお前の許可とか知るかよ。完全な独り相撲だ。


(しかしそうか、生徒会引退したのかめんどくせぇ。明香里にも一応気を付けるよう知らせとかないと・・)


 ああいう自分が絶対と思い込んでいる奴は危ない。ときに恐ろしいこともやってのけてしまう。現にその兆しが出てきているしな。


「はぁ...」


 朝から何故俺があんな奴のことで頭を悩ませないといけないのか。これが別のやつならどうでもいいんだが明香里が関係している以上無視は絶対にない。


「よっ!モテる彼女を持つと大変だねぇー」

「信二。さっきぶり」


 俺が頭を抱えていると信二が呑気に笑いながらやって来た。こいつ見てやがったな。ぶん殴るぞ?


「物騒な真似はやめて」

「しれっと心を読むな」

「お約束だろ?」

「ぶん殴るぞ?」

「問答無用!?」


 大げさに逃げる信二に握った拳を開く。


「立花もしつこいと言うか諦めが悪いと言うか。まあ相手が明香里ちゃんなら分からなくもないけどにゃ~」

「はぁ」


 信二の言うことは分かる。


 明香里は贔屓目に見なくても美人だ。それは幼いころから見てきた俺が一番よく知ってる。学年順位は10番以内に入り、体育でも活躍する。料理は昔から手伝いをしていて上手。そのうえスタイル、人当たりがよく、困っている人を見ると助けようとする。いやどこの超人だよって話だ。結果男子からの告白は数知れず、女子からの妬みは人知れず。よくあれだけ真っすぐな性格になったもんだと感心すらする。


(守ってくれ、か...)


 あの日の約束は覚えている。真剣な告白は何も言わなかったが、明香里に(よこしま)な気持ちで近づいてきたやつは排除してきた。


「ま、そこは彼氏さんが守ってくれるか!なっ?」

「言ってろ」


 パチンと下手糞なウインクをうつ信二。おちゃらけてはいるけど気にかけてくれているので有難い。明るくムードメーカーな信二の交友関係は広い。今までも何度かお世話になったこともあるし、何かあれば一番頼りになるのはこいつだ。絶対口に出さないけども。




キーンコーンカーンコーン



「じゃな!」

「おう」


 丁度チャイムが鳴り担任がやって来た。信二は席へと帰りHRが始まった。







「ガヤガヤガヤガヤ」

「えっと、11きゅ」

「ストーップ!!危ね、ほんとに押してんじゃねえか!!?」

「おい携帯を返せ。人の親切は受け取れよ?」

「ああ、そうだよな。ありがとうってならないから!お前も怒られるからな!?」


 放課後。中庭で何も書かれていない看板を前に、突然バグった信二のために救急車を呼ぼうとした。あと9を押せば信二は病院へ搬送されていただろう。すんでのところで防がれたが。


「にしても、人の目に留まるような看板をよろしくってどうすんのよ?」

「俺は別に絵が得意って訳じゃないのに...押し付けやがって」

「ボーっとしてる理央っちが悪いんじゃねえーの?」

「はぁ。違いない」


 文化祭で我らが一組の出し物はシンプルに喫茶店となった。コスプレやメイドといった案も出たが、比較的まじめな一組の面々はそちらに予算を使うよりメニューや内装に力を入れようと言う話で落ち着いた。

 現在教室では真面目な話し合いが繰り広げられていることだろう。


 そして俺はというと見ての通り3年1組の出し物をアピールする看板作りに任命されてしまった。大きさはベニヤ板(910mm×1820mm)一枚。ここに絵を描いていくのだが、


(そもそも初日に書けと言われても現状一組がどんな喫茶店になるのか分かってないから描きよう無くないか? 適当にコーヒーやホットケーキの絵でも書いとくか?)


 真ん中にドンと本格喫茶店と書いて余白を適当なイラストで埋める。・・・うん。それでよくね?


「あ、りー君!こんなところにいた!!」

「ん?明香里。どうした?」

「どうした?じゃないよ!何で教えてくれないの~!私待ってたのにー」

「あ、忘れてた。すまん」


 進路のことだろうが勿論嘘だ。


「むー!!もういい!で、どこにしたの?」

「秘密ー。そんなことより明香里はこんな所で何してんだよ。クラスの出し物、確か劇だっけ?打合せとかあるだろ?」

「あ~、それなんだけどね。劇は『桜の花束』って言う学園ものになったんだけど、配役を決めるのに男子が盛り上がって...」

「何々?明香里ちゃんとこのクラス『桜の花束』をやるの?え゛、明香里ちゃん的に大丈夫なの?」

「脚本を担当する子にはラストのシーンは変えてってお願いしてるから、大丈夫だと思う...よ?」


 この感じだとやっぱり主役(ヒロイン)は明香里なんだな。これはまあ、何というか予想通りだ。小中とこれまで演劇の類をやる場合は必ず明香里が主役もしくはヒロインを務めてきた。今回もそうなることは分かる。

 そして始まる男子の争い。あ~なるほど、理解した。


「それでまだ決まらないのか。―――ん?そう言えばその作品のラストって...」

「・・うん。・・・キスシーン」

「・・・」


 少し考えたら分かることだ。原作はこってこての学園恋愛もの。ヒロインと主人公がキスして終わるお約束と言っていい結末。・・・え?しちゃうの?


「しっ、しないよ!!?」

「お、おう。そうか...」


 顔に出てたのか明香里が真っ赤になって否定する。ニヤニヤする信二はやっぱりぶん殴る。


「彼氏さん彼氏さん。いいの?いいの?」

「・・・」ゴンッ!!

「・・・・痛い」


 有想実行。


「そ、それで一応りー君に許可と言うか、確認と言うか...えっと・・」


 俺が怒るとでも思っているのか明香里は小さく体を縮こませ上目遣いで見つめてくる。今までは彼氏なんだからと周りが囃し立ててきて劇などの相方は俺がしてきた。だけど今回は他クラス。俺が出るわけにはいかない。


「他クラスの出し物にとやかく口出すのは気が引けるし、そもそもの話俺にそんな権限ないだろ?」

「...そうだけど」

「ま、俺も観客としてしっかり見てやるよ。もし明香里に変な事したらその劇潰してでも止めてやる」

「ピュ~♪」

「(パァァ)分かった!!伝えてくるね!!」


 花開く笑顔を浮かべぶんぶんと大きく手を振り走り去っていった明香里。


「へ~、懐広いじゃん」

「何かあったらそいつ潰すけどな」

「...こわっ」


 俺の目を見て若干引いてしまった信二だった。




 そんなこんなで始まった文化祭。土、日と二日にかけて行われる祭りは一般の人も招待状、もしくは身分証明を提示すれば参加することが出来る。開始当初はまばらだった人も一時間もすれば人混みが出来るほど多くの人が訪れていた。高々学生の祭りだと言うのに有難いことである。


 そんな中、俺は楽しそうにはしゃぐ小さい男の子をよけてプラカード片手に校内を巡回していた。

 

「3年1組、喫茶『憩いの教室』やってまーす。美味しいホットケーキにあったかいコーヒー。ジュースもあるよー」


 適当な声掛けをしつつ他クラスを冷やかす。看板作りを俺と信二だけでやった功績で接客や調理に回されなかったのがよかったな。宣伝なんて適当にすればいいだけだし。


 俺たちの出し物。喫茶『憩いの教室』は本格派をテーマにしたせいか、気合の入り方が他のクラスと違った。

 まずは内装。教室の後ろや横ににある棚は空き教室に移動させスペースを少しでも広くなるようにした。壁に貼られている掲示物はコンセプトもあり敢えて剥がさずそのままに残したものと、何故か額ふちに飾られているものがある。後ろの黒板には美術部がアート文字で店の名前をでかでかと描かれていた。


 他にもテーブルは複数合わせるとどうしても溝が埋まれるので、硬い厚紙を貼り付けその上からテーブルクロスをかぶせ違和感が無いようにしたり、カウンター席を作り出したりと少ない予算の中での工夫が施されている。

 いつもの教室の電気は付けず暖かく柔らかな光のライトを設置したり、床は前日に態々ワックスをかけピカピカにしたりと、高校の学際にしてはそれなりに雰囲気のある教室が出来上がった。


 そしてメニュー。誰かが持参したコーヒーメーカーで簡単だが美味しいコーヒーやカフェオレが提供でき、火の扱いが制限される中、電源式のホットサンドメーカーを使うことでその問題点を解決。簡単で綺麗な焼き色のホットケーキやハムとチーズを挟んだホットサンドが作れるようになった。

 

 おかげでお客は常に満席状態だ。


「りー君♪」

「明香里か」


 トンと後ろから肩をたたかれ振り向くとご機嫌な様子の明香里がいた。確か彼女の劇は14時からだったはず。今現在11時を過ぎた頃。それまで暇を持て余しているのか?


「一緒に回るか?」

「うん♪」


 何となく彼女もそのつもりで話しかけたのだろうと誘ってみると大正解だったらしい。満開の花が咲き誇るかのようなとびっきりの笑顔を見せた。おい、周りの男が大変なことになってるぞ。あぁ階段を踏み外して消えてった...。大丈夫か?


「ねね、どこから回る??」

「そうだなー。定番のお化け屋敷行ってみるか?」

「いいよ!行こ行こ!」


 お化け屋敷。文化祭では定番も定番の出し物は3年2組がやっていて四階音楽室を利用している。明香里と二人でたどり着いたそこには長蛇の列。目玉でもあるし当たり前か。


「結構並んでるね~。怖いのかな?」

「どうだろうな。つっても学生の出し物にそこまでのクオリティが――」

『きゃああああぁぁーーーーー』

「―――あるみたいだな」


 ラストに何があったのか。出口から飛び出してきた女子生徒3人は息を整えて思い思いの感想を言い合う。流石に列の近くでネタバレをするようなマナー知らずではなかったが口をそろえて「ヤバイ」「怖すぎ」と言っていた。


「急に怖くなってきた...」

「期待できそうだな」


 列に並ぶ他の客も楽しそうに笑う者の他に不安そうな顔をした人が増える。明香里もさっきの3人の様子から怖気づいたのか俺の制服の袖をちょんと摘まむ。ここでわっ!と脅かすとどうなるのかムクムクと沸いてきた悪戯心をぐっと堪える。きっと(へそ)を曲げてしまうのは確かだ。


「そう言えば劇のセリフとか演技は完璧か?」

「え?うん。ばっちしだよ!!りー君も見に来てくれるし私も頑張る!」

「俺も原作は読んできたし、どうアレンジされるのか楽しみにしとくよ」

「え!りー君『桜の花束』読んだの?珍しいねー、あんまり漫画とかゲームしないのに」

「そうだったか?」

「そうだよー。じゃあさどのシーンが好きとかあった?」

「ああ~主人公の奏が―――」


 明香里に不安気な顔は似合わない。咄嗟に出た話題に気持ちいいくらい乗ってきた彼女と語り合う。どのシーンが感動した。あそこは悲しかった。その都度その都度表情がコロコロと変わる明香里と話している内にあっという間に列は進む。


「い、いよいよだね...」

「だな」

「ふぅ」


 流石にいざ突入するとなると、誤魔化しようが無い。俺たちの前に並んでいた男子生徒二人組が入りいよいよ俺たちの番。俺は恐怖心を抑えようとしているのか深呼吸をしている明香里の手を握った。


「...っ」ぴくっ

「大丈夫だ」


 俺を見上げる明香里に笑みを見せ繋いだ手をギュッと握る。


 安心しろ。怖くないと伝わるように。


「...ぅん」


 すると明香里は同じように手を握り返し、恥ずかしそうに頬を染めて(うつむ)いた。


「ではでは、恐怖をお楽しみください...」


 ガラガラと扉を潜ると薄暗闇の空間。音楽室と言うのもあり外のガヤガヤとした人の騒動は微かにしか聞こえない。代わりにピアノの音がポロン、ポロンと聞こえていた。


「暗くて進む順路が分かりづらいね」

「だな。まあゆっくり気を付けて進めばいいだろ」


 どのような工夫を凝らしたのか、思っていたよりも部屋が暗い。


「そ、そうだ「ようこそおいでくださいました」ひっっ!!?」

「ッ!」


 明香里がいざ進もうとしたその瞬間、横から係の者が消えかけのペンライトを持って現れた。嘘だろ。全然気が付かなかった。

 いきなり現れるのはどんなに心構えしていても驚く。ホラーの鉄板だ。そして相手の意表を突けばその効果は絶大なものとなる。その証拠にほらこの通り。明香里はぶるぶるとがっちりと俺の腕を掴んで離さない。


「ここは『呪いの音楽室』。いじめを受け、ストレスから聴覚を失い絶望の果てに自殺してしまったある天才ピアニストの怨念が彷徨う教室。彼女が抱えた悲しみと怒り。何で私がこんな目に、ねえ何で?何で何で何で何で何で何で何で・・・・」


 

 ナンデ?



「ひぃっ!!!??」

「うお!!?」


 ゴトンッと説明していた女生徒の首が落ち、カランっとペンライトが床を転がる。


「きぃ~ら、きぃ~ら。きらきら?もう聞こえない...」

(マ、マネキンの首...か?)


 そっと床を転がる頭を拾った女生徒は暗闇の中に消えていった。残されたのはわざと光量をギリギリにしてある消えかけのペンライト。


(ブルブル)

「行くか?」

「...うん」コクン


 (これは舐めて掛かると痛い目見るかもな...)


 さっきのはホラー系が平気な俺でも普通にビビる。腕に伝わる震えからしてすでに限界を迎えていそうな明香里だがまだ進む気でいるようだ。

 まあまだ入り口から一歩しか進んでないしな。と言うかここ小学生低学年、下手すりゃ大人も逃げ出すんじゃないか?これよく学校からの許可下りたな...。

 後日聞いた話だと入場者によってホラーの度合いを変更していたらしく、高校生以上からがガチの内容になるらしい。


 そんな事情など知っているはずもない俺は床に転がるペンライトを拾い上げる。


(冷たっ!)


 不自然なほど冷えたペンライトだったので思わず落としそうになる。芸が細かいと言うか何というか。


「ど、どうしたの?」

「いや。何でもない」


 俺の僅かな動揺を察知したのか明香里が不安げな声を出すも何て事ないように取り繕う。気を取り直して俺は明香里の手を引き真っ暗な道をペンライトの僅かな光を頼りに進み始める。道幅はそんなに広くない。音楽室は普段の教室に比べれば広いがお化け屋敷を作るにあたり余裕がある広さとは言えない。限られたスペースでどうお客を怖がらせるのか。明香里には申し訳ないがちょっとわくわくしている俺がいた。


「ねえ、ちょっと寒くない?」

「確かに少し肌寒いな。冷房でも効かしてるのかもな。これ着とけ」

「あ、ありがと...」


 来ていた制服の上着を明香里に渡す。秋も深まり冬へと季節が変わり、早い家庭では暖房をつけてもおかしくない時期だがこの部屋は冷えている。憎いたらしい演出だ。


ガサ、ガササッ、ガサッ


 ギュッ

(・・・)


ドンッドンッドンドンドンドンッ


 ビクッ!

(・・・)


 ふふっ


 板や布によって仕切られた狭い通路を進むと様々な方法で俺たち(お客)を怖がらせに来る。大きな音や何かが擦れる音。そして定期的に聞こえる最初の女生徒の声。


(ま、普通だな)


 今のところ最初以外は予想通りの方法と言えた。明香里は場の雰囲気に呑まれたのか些細なことでもビクビクと体を震わしているが、俺は流れるピアノの音をBGMにしながら腕に伝わる有難い感触を楽しむ余裕すらあった。


 しかしこのお化け屋敷の本領はまだまだこれからであった。


 ジグザクと順路通りに進み3回目の角を曲がった所だった。


「ロッカーに何か貼ってあるな」

「ほんとだ...」


 点滅する光に照らされた掃除道具を入れるロッカーの扉。そしてその扉に貼られた一枚の紙。ご丁寧に蛍光ペンも一緒に張られ闇に浮かんでいるように見えた。もうあからさまに何かありますよと言わんばかりのロッカーだが、一本道故に無視しては通れない。重たい足取りの明香里を引き連れながら俺たちは張られた紙を見る。


「何て書いてある?」

「うーん。字が汚くて読み辛いな、えっと――?」



う・ろに気・・付け・。追・つか・・ら呪・れる。追い・う・法はた・一つ。・の・アノで彼女の思い・の曲を・け。闇夜を照ら・。



「思い出の曲?」


 断片的だが伝えたいことは難しいことじゃない。後ろから何かが迫り、追いつかれれば呪われる。祓う方法は思い出の曲をおそらく弾くこと。ヒントは後半部分。


「りー君...。呪われるって...」

「後ろから来るって言う何かにな」

「後ろ・・」

「・・・何もいない、な」


 明香里と一緒に今来た通路を振り返る。確かに一番長い直線道だったが特に変わった様子はなく、何かが迫ってくることもない。


「進むか。・・・それともここ開けてみるか?」

「やだ!やめて!!先進む!!」

「分かった分かった。ごめんごめん」


 ちょっとした冗談のつもりで俺がロッカーの取手に手を伸ばすと、明香里の腕に抱きつく力が強まりそしてグイグイと引っ張られてしまう。その顔は必至で泣きそうで、冗談なんか通じない本気の訴えだった。


 そんな明香里の訴えを無視なんか出来るはずもなく大人しく俺たちは窓側の順路を沿って進む。今いる場所は入口から見て丁度窓側正面の角。窓と言っても黒い何かで覆われており僅かな光しか差し込まない。当然外も見えない。そしてそのまま突き当りの角を曲がるその時だった。






――――ガジャアアアァァァァァァンン・・・―――――






「「―――ッ!!!!??」」


 背後で何か硬い金属を落としたかのような、酷く不快でくぐもった音が薄暗闇の中響き渡った。二人揃って後ろを振り向くが何も変化は無く、不気味な存在感を放つローカーがあるだけだ。音は教室中に反響し空間に溶けるかのように消えていくと共に、先程まで聞こえていたピアノの音も止まってしまった。不気味な静寂が辺りを包み俺たちの間に緊張が走る。




タラタラタララン タラララン タラララン~




「...ピアノの曲が変わった」


 さっきまでの一音一音途切れ途切れで何の曲か分かりにくかったピアノが一転して、しっかりとした曲を奏でる。かのベートーヴェンが作曲したあの曲『エリーゼのために』だ。演出なのか所々音を外すせいで元々悲しい曲調がより不気味にアレンジされている。性格が悪いとしか思えない。


(ブルブルブルブル)


 頭を押し付けるようにして引っ付く明香里の頭を撫で何とか落ち着かせようと試みる。しかしそんな悠長なことをしている時間をこのお化け屋敷はくれないみたいだった。




 バンッ!!!




「「!!」」


 今度ははっきりとその音が何なのかが嫌でも理解してしまった。


「逃げるぞ」

「やだ......やだやだやああぁぁ――」


 音の正体。それは閉じられていたはずのロッカーから崩れ落ちるように現れた女生徒が出した音であった。そしてその女生徒はズリズリとゆっくり、しかしこちらをじっと見つめて床を這いずってくる。


(あれが呪いをかけてくる奴か。いや確かにあれは怖い)


 髪は長くそれに暗いため表情は伺えない。軍隊のように匍匐前進するわけでなくゆっくりと這いずっているので歩いてでも逃げられる。ただ肘を立て力を籠めるもばたりと倒れたり、震える手をこちらに伸ばしたりと動きが無駄にリアルだ。それこそ本当にボロボロの体でされど必死に進もうとしている者の様に。


「やだやだやだっ」

「・・・」


 っと、ここで(かが)まないと進めない低いトンネルが出てきてしまった。さっきまでの明香里なら俺か明香里かどっちが先に入るか聞いてきただろう。しかし今は後ろの奴から逃げるのに必死で戸惑いなく手と膝をつけて潜り込んで行く。

 ちらりと後ろを見れば角から女生徒が顔だけ覗かせてこちらを見ていた。


――いや怖っ!!


 

 流石に背筋が凍った俺も明香里の後に続く。目の前に女子のお尻があろうと、この時の俺は雰囲気に呑まれ始めていたのか邪な気持ちは浮かばず進むことだけを考えていた。


 しかし恐怖は止まらない。






 許さないもういやだ絶対に聞こえない殺してやる好きだったのにどこにいる助けて・・・






「ひぅ!?」

「ぶっ!?」


 ブツブツとした女生徒の声が聞こえトンネルの出口から足が映り込む。ぴちゃぴちゃと濡れた素足で立ち止まったそれはうろうろと出口付近をうろつく。

 明香里は咄嗟に後ろに進もうとしたのだろう。下がってきた明香里のお尻に顔を打たれ鼻を押さえる俺。

 幸い女生徒はそのまま立ち去っていく。


「明香里、先に進んでくれ」ボソボソ

「で、でもまだいるかも」ボソボソ

「ここにいたんだぁぁ」

「うおぉ!?」

「きゃあ!!」


 肩越しに後ろを見ればトンネル入り口の上から覗き込むようにしてこちらを見る女生徒。浮かべる表情はにちゃっとした笑み。


「早く!!」

「―――っっっ!!」


 バタバタとトンネルを抜ける明香里に続く俺。


「行くぞ!」

「う゛んっ!」


 背後からの「待って」の声に耳を貸さず俺たちは急いで道を進む。物音程度の演出など無視だ。


 そしてついに辿り着いてしまった。


「ピアノ...」


 最後の空間にポツンと置かれたピアノ。音は鳴っておらず、沈黙している。ピアノの四方を囲むように僅かな明かりが照らしていた。


「あっ、りー君!出口だよ!!」


 明香里が顔に喜色を浮かべ、指を指す。ちらりと見えるのは出口の扉。確かにこのまま出ることも可能なのだろうが、果たしてこのまま出ていいのか? 最後の最後にこれでは味気ない気がするの俺だけか?気になるのは勿論あの紙に書かれていた思い出の曲を弾くと言うこと。


「ね、ねえりー君早く出よう!?」




 なんで酷い聞こえないどうしていやだ同じ目にやめて・・・




 徐々に近づく声と足音に焦る明香里。


――倒れてたんじゃねえのかよ!


 初めは這いずっていたのに今は歩いているのはどういう設定だと突っ込みたいが今は違う。立ち止まった俺の腕を明香里はクイクイと引っ張る。


(ピアノ。途中で曲が変わった。ああくそ、途切れ途切れすぎて何の曲か分からん。道中のヒントは闇夜を照ら...せ?照らせ?どうやって?)


「ねえってば!」

「...明香里、最初首取れたあいつ。最後になんて言ってたか覚えてるか?」

「それどころじゃないよ!」

「頼む!」

「・・ううぅ~確かきらきらとかもう聞こえないとか言ってたよ?」

(・・きらきら、聞こえない。彼女は・・・もしかして!)


 とある結論に至った俺はピアノに近寄り鍵盤に手を添えた。ご丁寧に階名が書かれたシールが鍵盤に貼られている。ただこれ曲を知ってないと引けなくないか?




 どうして悲しい許さないごめんなさい私は・・・




「ひぅっ!? き、来たよ!りー君!どうするの!?」

「決まってるだろ」




 同じ目に許さ――っピアノに触るなあああああぁぁあぁぁぁぁ!!!!




(ギュッ!)


 俺たちを追ってきていた彼女が曲がり角から姿を現す。目に入ったのは鍵盤に指を置いている俺。彼女は俺を見るや否や感情を爆発させ向かってきた。俺の腕を掴む明香里の力が強まる。



ド ド ソ ソ ラ ラ ソ~♪



 最早手の届く距離まで迫った彼女は俺が引いたピアノの音を聞くとピタリと停止した。俺は内心冷や汗を流しつつも演奏を続けた。途中音を外してしまっても彼女は襲っては来ない。



ファ ファ ミ ミ レ レ ド~♪



 指一本と何とも情けない演奏だが俺は『きらきら星』を弾き終える。そして恐る恐る静止した彼女の反応を伺った。



カラン、カラン・・



 すると彼女の手から何かが滑り落ち、そしてそのまま何も言わず去って行った。ストンと明香里がその場に座り込んでしまう。


「立てるか?」

「えへへ、なんか気が抜けちゃって。手貸して?」

「ほらよ」

「ありがと」


 俺たちは彼女が落とした物を拾い上げる。それは何の変哲もないピアノのキーホルダーで付けられたタグには「ありがとう」と書かれていた。


「ぉめでとぅござぃます」

「うおぅ!!」

「きゃあ!!?」


 何とかTRUE ENDを迎えることができ、余韻に浸っていた俺たちの背後から係の生徒が声をかける。顔の下からライトを当てているそいつは出口の方へと手を向けた。


「あ、ああ。そうだな。後が(つか)えるからな。明香里、行くぞ」

「う゛んっ、出る!!」


 若干涙声になってしまった明香里の手を引き俺たちはお化け屋敷を後にした。




 結論。お化け屋敷は最後まで気を抜いてはいけない。





―――――





「怖かった~!もう何回驚いたか分かんないや!」

「確かに気合入ってたなー。普通に怖かったし」

「ね!」


 3年2組のお化け屋敷を出た俺たちは校舎外に設置されているベンチで休憩することにした。さっきまで薄暗闇の中にいたから青空が気持ちいい。内容が濃かったせいか居たのは数分だが体感もっと時間が経っていると感じたもんだ。



 隣で思いっきり体を伸ばしている明香里もリラックスしているのか晴れやかな表情だ。足をパタパタしている姿が微笑ましい。そんな彼女の髪をさやさやと吹く秋風が揺らす。小さいころからずっと見てきた横顔は誰もが認める美人へと成長した。今更ながら見とれてしまったのが恥ずかしく、誤魔化すように視線を背けた。


「な~に見てるの?」


 すると明香里が身を寄せて俺が見ていた景色へと視線を向ける。こうした何気ない仕草にはいつもドキリとさせられる。


「秋だな・・って」


 周りの木々の紅葉は進みだいぶ散ってしまっているのが少しの物寂しさを感じさせる。もうすぐ3年間の高校生活も終わる。色々楽しかったし大変だった。そして明香里との関係も・・・。


「紅葉狩り行ったね~。お饅頭美味しかった!」

「あれは絶品だったな。そう言えば沙羅さんから聞いたけどあの日の夜、風呂場から悩まし気な声が聞こえたとかなんとか...」

「えっ!!?ちょっと!お母さんりー君に何吹き込んでんの!!??」

「大丈夫だよきっと」

「う、うるさい!もう元に戻ったもん!我慢したもん!」


 紅葉に負けないくらい顔を紅潮(こうちょう)させ必死に抗議してくる明香里に思わず頬が緩む。何とも揶揄い甲斐のある奴だ。 


「むぅぅぅ~~~。 馬鹿にしてる..」

「悪かったって。ほらこれ」

「あっ、あのキーホルダー!くれるの!」

「二つあるしな」

「イエ~イ!りー君とお揃いだね♪」


 貰ったキーホルダーは二つ。黒色のシンプルな色と薄ピンク色。明香里は薄ピンク色の方を手に取り楽しそうに様々な角度から眺める。音が出るような仕掛けはないが、鼻歌を歌いながら鍵盤を弾くように指を動かす。


「そうだ! 何であの曲が思い出の曲って分かったの?」


 ふと隣に座る彼女が聞いてきた。


「ああそれはだな――」


 思い出してみるとヒントは色々と出されていた。最初に首を落とした奴の言葉や、一音一音鳴っていた音。正直テンポが遅すぎてあの時は分からなかったが、今思い出して頭の中で音階を並べたらそのまんま「きらきら星」だった。

 だから正解は【いじめで自殺してしまった彼女のために、思い出の曲であるきらきら星を弾く。】だったのだろう。細かいところを疑問も出てくるが、タグの文字を見るに大きく外れていないのだろう。がばがばな設定に突っ込むのは野暮と言うもの。


 簡単にした俺の説明及び考察を明香里は「ほぇ~」と驚きながら聞いていた。


「ほわぁ・・。流石りー君。私逃げることで一杯一杯だったよ」

「でも明香里がちゃんと最初の言葉を覚えていてくれたから分かったんだぜ?」

「そうなの?ならよかった! ねえねえ、このキーホルダーどこにつける?」

「鞄でいいだろ?」

「え~、外れちゃったりしないかな?」

「と言っても他にどこ着けるよ?」

「う~んそれもそうだね!でもなくしちゃだめだよ」

「気を付けるよ」


 キーホルダーを着ける場所の候補は多くない。精々鞄か筆箱か。明香里も少し考えたみたいだが思いつかなかったようですぐに納得した。


「よし。休憩終わり!行こ?」

「了解」


 そう軽やかにベンチから立ち上がった明香里に引っ張られ俺は彼女のクラスで行う劇の時間まで文化祭を満喫したのだった。






―――――






「そろそろ時間だな」

「もうそんな時間?あっという間だったね!」

「そうか?」

「もう!そこは「そうだな」って言ってよ!!」


 現在時間は13時40分。二人で色んな店を冷やかし歩き回っていると時間は確かにあっという間だった。明香里といると時間がたつのが早い。何年も一緒に過ごしてきたけれど二人でいる時間はいつも特別だった。


「りー君!ちゃんと見ててね!!」

「はいはい。セリフ噛むなよ?」

「そんなへまはしませんよ~っだ」


 アッカンベーッと小さく舌を出し体育館の舞台裏へ入って行った明香里。そんな幼い言動も美人がすると男としては何も言い返せないもの。高鳴る鼓動を押さえるために深く息を吐いた俺は空いている席を探す。しかし直前ともなれば中々いい席は埋まっており、こうなれば壁際で立ち見するかと移動する俺に声が掛かった。


「そこのお兄さん!俺の隣空いてるぜ?」


 声の方へ向くと前から三列目、やや左と絶好のポジションにて信二が大きく手を振っていた。


「信二...、これが苦渋の決断というやつか」

「嘘だろ!?そんなに嫌なの!?礼言われてもいい筈なのに!!」

「冗談だったらよかったのにな」

「まさかの本音!!」


 打てば響く返しをしてくる信二いじりを終え有難く隣に座ると証明が徐々に暗転していく。


「さてさて、どんな劇に仕上がってるのか楽しみだねぇ」

「明香里の方は問題ないだろうな。あいつこういう場面でとちったことないし」

「彼氏さん絶賛の明香里ちゃんの演技かぁ、録画せねば!」


 ハンディカメラを取り出し撮影し始める信二。俺も観客として明香里たち4組の演技を観賞するのだった。




・・・




「俺と付き合えよ」

「いや、僕と付き合って?」

「君が好きだ!俺のすべてで君を愛すると誓う!!」


 今、私の目の前でそれぞれタイプの違う男子たちが手を差し出す。そんな熱い想いを向けてくる彼らを私は威風堂々真っすぐに見つめていたのだが、内心少し困っていた。


 『桜の花束』。去年ドラマ化し流行った学園ラブストーリーで、とある有名高校に転入してきた女子生徒(私)が中庭に植えられた巨大な桜の木の下で三人のイケメン男子生徒と出会うことがきっかけで始まる恋愛物語。そして主人公である私は天然王子様キャラとして彼らを揺さぶり、笑いあり涙ありで日常が発展していく。彼らの想いに気づかない私をあの手この手で堕とそうとするイケメン三人の話が色々と話題となったりした。


 そんな『桜の花束』を題材にした劇だけど、見てくれているお客さんの反応は良かった。静かに、真剣な様子で私たちの劇を見てくれていた。四組のみんなもしっかりと練習をしてきていてここまで大きなミスは無い。真っ先に見つけたりー君も見てくれているし最後のシーンは大事。


 だと言うのに!!


 おのれ美緒ちゃん(台本担当)め!この部分だけ当日に変更するなんて悪戯を!!


 今日になってここ少し変わったよ、と渡された台本には『堂本君(三番目)の手を取る』から『明香里の好みの男子の手を取る』っていう中々実行しにくい内容に差し替えられていた。


(もう最初の台本通りでいいよね?)


 美緒ちゃんの悪戯も困ったものだけど、話の流れをこれ以上止めるのは良くない。私はため息つきたくなる内心を表情には出さず、ゆっくりと堂本君の手を取った。どこからか黄色い悲鳴が聞こえてくる。


 ホントは演劇であろうとも誰かの告白を受けるなんてしたくは無かった。それもりー君が見ている前で。けど、みんな楽しそうで我儘は言えなかった。りー君にも頑張れって応援されたし、最後までやり切らないとって納得させた。


(りー君が相手だったらよかったのに...)


 昔からずっとそうだった。劇をする際、私のパートナーは決まってりー君だった。周りの配慮とかそんな感じで決まった役だったけど、私は嬉しかった。例え演技でもりー君から愛の告白をしてくれるんだもん。その度に一人私は恥ずかしいくらい舞い上がって、だらしない顔をしちゃって、そしてその日の夜は眠れなくなっちゃってた。


「お、俺...?やった、やったぁぁぁーーー!!!!」

「え?きゃ!?」


 そんな劇と関係のないことを考えていた私の体を堂本君が急に抱きしめる。台本にない行動。真っ白になる頭。ワァァ―――、パチパチパチと体育館中に鳴り響く拍手も歓声もどこか遠くの方で聞こえているかのようだった。

 まだ演劇は終わりじゃない。このまま振ってしまった二人を放置するようでは王子様キャラ失格と言える。けれど続く言葉(セリフ)は浮かんでこなくて―――。







「明香里ッ!!!!」







「ッ!!」


 声が聞こえた。小さいころからずっと近くにいて、誰よりも安心できて、大好きな人の声。あの人がいたから今の私があると言っても過言じゃない。あの人が見てくれるから頑張れる。緊張もしない。笑顔でいられる。乗り越えられた。

 真っ白に染まった思考もそのたった一声で気持ちのいいくらい鮮明に回りだす。


「少し、失礼するよ」

「痛ッ! あ、ああ。すまない」


 そっと堂本君から体を離す。調子に乗って観客に手を振っていた彼も我に返ったのか素直に離れてくれた。・・・観客から見えない位置で彼の腕をきつく摘まんだのは内緒。


「こんな私に好意を持ってくれたこと―――」


 そこからは特に予想外な出来事も起きず、劇を無事終えることが出来たのだった。





――――――――





「りー君!!」

「お、明香里。おつかr――ッ!?」


 明香里のクラスの劇が終わり、信二とさながら出待ちしていたのだが出てきた明香里がいきなり飛びついてきた。既に衣装からは着替えいつもの制服姿なのだが、彼女の汗のにおいが鼻腔をくすぐり如何ともしがたい気持ちにさせる。

 勿論そんなこと(おくび)にも出さず、努めて冷静に彼女を宥める為に頭をポンポンとタップする。

 

「どうしたよ?」

「うぅ~、ありがと」

「・・ああ、まあ。よく頑張ったな」

「うん」


 漸く落ち着いたのか明香里はおずおずと俺から離れ、照れくさそうに笑った。


「お二人さん。凄くいい雰囲気のところ悪いんだけど注目されてやすぜ?」

「知ってる」

「ふぁ!?」


 俺たちが居たのは体育館の入口近く。体育館で行われる演目はまだあり、当然それを見に他の人もやってくる。信二の言う通り俺たちはかなりの注目を浴びていた。

 最初から気付いていた俺と違い、信二に言われて気が付いた明香里はその綺麗な肌を薄赤く染め上げ唸りながら俺の背中に隠れてしまった。


「お? 彼氏さんは余裕だね~♪」

「こういう視線は昔から慣れてる」

「モテる彼女を持つと大変だね~」

「はいはい」


 信二の軽口に適当に相槌を入れた俺はふと周りとは毛色の違う感情を向ける者と目が合ってしまった。


(立花・・・)


 前生徒会副会長である立花は、隠すつもりのない敵愾心の籠った眼をしていた。




後編の展開は大雑把に決めている程度です。面白いと思った方は是非コメント、評価をお願いします。それ見て頑張ります。

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