私が愛人をやめたわけ
シャロットがウィリアム王太子殿下の愛人だったのは二年間。
王宮内の人間なら、おそらく知らない者はいないはずだ。両親はもちろん、スタシアも。
ルイの耳にまで入っていたのは姉としては心が痛かった。それでもあの子はシャロットを大好きな姉として変わる事なく見てくれる。
愛人だった事はウィリアムの妃、グレースも承知しているし、シャロットがその事で嫌な思いをしたのはただの一度もない。
グレースは女のシャロットから見ても妃という名に相応しい華やかなオーラを放ち、誰にも隙を見せない貫禄を持っている。あの透き通るような白い肌と吸い込まれそうなブルーの瞳、腰まで緩くうねった輝く金髪。
――この世に女神がいるとしたら、あの方を言うのだと思うわ。
ウィリアムとグレースの間には二歳になる娘のエリスがいる。
二人にとても良く似た可愛いらしい子だ。娘だから継承権は持っていないのだが。
王宮の人間やこの国の安泰を願って、早く息子をと急かすのはどこの国でも同じなのかもしれない。
それを狙ってなのか、ウィリアムのもう一人の愛人ジェシカのお腹には息子か娘のどちらかがいる。おそらく息子を産めば、グレースより上の立場になれる可能性があるから必死なのだろう。
彼女はシャロットやグレースより二つ三つ若く、野心に燃える人間だ。
ウィリアムとジェシカの出会いは夜会。
愛人になりたくて彼に迫ったようだ。それが成功し、今では国の未来を脅かす存在にまでなりつつある。
夜会というのは貴族達の出会いの場でもある。
男達の中には一夜の相手を求める遊び目的もいれば、ジェシカのような女も。
シャロットとウィリアムも夜会だった。もちろんそんな野心目的で参加したのではない。
昔から豊満なそれが悩みの種だったシャロット、ドレスでどれだけ隠しても隠せないし、隠せば逆に目立ってしまう。
そこで開き直ってみたのだ。
すると、今度は夜会への招待状がひっきりなし。どう見ても殿方達の遊び相手に誘われているようなもの。
まぁ、女達のやっかみや妬みはずっとついてまわるものだし、仕方ないと思って諦めるに至った。
そこで興味を示したのがあのウィリアム王太子殿下だ。
彼はシャロットの、受けて立ってやる的な態度が好ましいと思ったらしい。
気づけばあっという間に王宮で愛人暮らし。
――どうして私が選ばれたの?
ウィリアムは毎夜毎夜、グレースやジェシカを放ってシャロットの寝室を訪れるようになった。
彼は言った。
『シャロンがいいのさ』
――私の何がウィルを夢中にさせたの?
次第に彼は言うようになった。
『僕達の子が欲しい』
グレースとの間に娘がいて、ジェシカもいるというのに。ウィリアムの子を産めと? 後の国王の母になれと? 戦の火種になるかもしれないのに。
シャロットは悩んだ。
このまま彼の愛人でいていいのかどうか。
彼女にとってグレースは邪魔者ではない。寧ろ、尊敬すべき存在なのだ。どういうわけかシャロットにいつも親切で、まるで妹にでもなったかのよう。
ジェシカにはそんな態度を見せた事がなく、シャロットは罪悪感と安心感の両方を感じていた。
だから、そんな方の憂いの元になるような真似はしたくなかったのだ。
ウィリアムの側から離れなければグレースを更に苦しめる事になるのではないかと。
――そうね、確かに第一王子から第三王子へと乗り替えたわ。だから悪女と呼ばれるのよね。私もそう思っているから何も言い返せない。
アシュリーに言われた言葉が脳裏をよぎる。
『俺と結婚すればいい』
――私はずる賢い女よ。そうすれば少なくともウィルと会える、そう思ったの。
アシュリーは言った。
『君のような、ウィリアムの手垢のついた女には全く興味無い。あるとしたらあいつの悔しそうな顔だけだ』
☆ ☆ ☆
ウィリアムに告げた数日後、グレースに会った時の事だ。今も忘れられない。
『どうしてなのかしら』
『グレース様、どうしてと言いますと?』
『貴方はウィリアムがお好きだったはずよ』
『愛人から妻に格上げになりたくなったのです』
『シャロット様、貴方はそんな風に考える方ではないわ』
『愛人の私に良くして下さったグレース様は本当に女神のような方です』
『私は真面目に話しているのよ。貴方は今でもウィリアムを愛していらっしゃる』
『人の気持ちは変わるものです』
『私はウィリアムを愛しているわ。そしてウィリアムを想う貴方の事もね』
『ありがとうございます、グレース様』
『私はジェシカは嫌いよ。あの方はウィリアムを愛してなどいないもの』
『まだ幼いのでしょう』
『子供は作るのに? あの方が好きなのは自分だけなのよ』
『グレース様……』
『シャロット様、何も心配いらないわ。未来の国王なら私が必ず産むから』
――グレース様のお腹にはいらっしゃる。エリスさまの妹か、おそらくは弟。
『ねぇ、戻っていらっしゃい。貴方はアシュリーを愛していないのでしょう?』